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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第六章 冷えた空

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第五十四話 空の御車はまだ早い

村へ戻る道は、徒歩だった。

康生は、久しぶりに地面を踏んでいる安心感を覚えていた。

ついさっきまで、タイヤのないトゥクトゥクに給電アームでつながれ、森の中を低空で滑っていたのだ。

あれに比べれば、足で歩くという行為は、ひどくまともだった。


「歩くって、いいな」


康生がぽつりと言うと、亮太が横から見上げた。


「そんなに嫌だったのか」

「嫌というか、怖い」

「浮くのに?」

「浮くから怖いんだよ」

「便利そうだったけどな」

「便利なものは、だいたい面倒も連れてくる」


アオイが隣で頷いた。


「適切な認識です」

「褒められても嬉しくない」


村の柵が見えてきた。

見張り台にいた防人がこちらに気づき、手を振る。

康生たちが旧施設から戻ったと知ると、村の中が少しざわついた。

康生は反射的に身構えた。

手は透けていない。

光輪も出ていない。

指先からプラズマも出していない。

今日はまだ、何も見せていない。

何も見せていないはずだった。


「天輪様、お戻りだ!」


見張り台から声が飛んだ。

康生は肩を落とした。


「何もしてないのに」

「呼称は既に定着しています」

「定着すんな」


村の子供たちが駆け寄ってくる。


「ぷらずまは?」

「今日は浄火しないの?」

「天輪様、旧施設やっつけた?」

「やっつけてない。あと浄火って言うな。ぷらずまも今日はない」


康生が答えると、子供たちは少し残念そうな顔をした。

残念がるな。

むしろ安心しろ。

そう言いかけたが、言っても伝わらない気がしたのでやめた。

麻生守は、村長の屋敷ではなく、集会所の前で待っていた。

康生たちの姿を見ると、深く頭を下げる。


「お帰りなさいませ、康生殿」

「ただいま戻りました」

「旧施設の調査は、いかがでしたか」


康生は少し迷った。

どこから話すべきか。

再構成槽。

アオイの旧中枢。

康生の生成ログ欠損。

反重力作業艇。

米軍由来らしきユニット。

施設内にまだ残る害獣。

全部まとめて話すには、あまりに重い。


「…いろいろありました」

「でしょうな」


麻生は静かに頷く。


「お顔に出ております」

「そんなに?」

「はい」


亮太が横から言った。


「康生さん、帰り道ずっと胃が痛そうな顔してた」

「言うな」


アオイが淡々と補足する。


「心理的負荷は高めでした」

「お前も言うな」


麻生は康生たちを集会所の奥へ案内した。

全員へ話すには早い。

そう判断したのだろう。

中に入ったのは、康生、アオイ、亮太、千田、真衣、そして麻生だけだった。

麻生は戸を閉め、座る。


「では、伺いましょう」


康生は息を吐いた。


「旧施設の中に、未確認区画が残ってました。再構成区画と、アオイの旧中枢、それから格納区画です」


麻生の目がわずかに細くなる。


「康生殿と、アオイ殿の始まりの場所、ということですか」

「まあ、そうなります」


自分で言って、少し嫌な感じがした。

始まりの場所。

そう言えば聞こえはいいが、実際には透明な再構成槽と、欠損したログと、壊れた中枢があっただけだ。

アオイが続ける。


「康生の再構成に関する完全ログは欠損しています。再生成は困難です」


麻生の表情が硬くなった。


「再生成」

「康生が損壊した場合、同一個体として復元できる可能性は低い、という意味です」

「アオイ」


康生は低く言った。


「もう少し言い方」

「事実です」

「分かってるけど」


麻生はしばらく黙っていた。

やがて、深く息を吐く。


「つまり、康生殿は唯一の存在である、と」

「その言い方もやめてください」

「では、替えのきかぬ存在」

「もっとやめてください」


亮太が苦笑する。


「でも、そういうことだろ」

「そういうことだけど、言い方ってものがあるだろ」


康生は話を変えることにした。

ここで止まると、麻生が本格的に祈り始める気がする。


「あと、格納区画で旧文明の作業艇を見つけました」


麻生が顔を上げる。


「作業艇」

「はい。移動用です。旧文明の小型長距離作業艇。衛星保守補助用途らしいです」

「衛星」


麻生の目が少しだけ輝いた。

康生は嫌な予感がした。


「アオイ」

「はい。言語変換注意対象です」

「頼むぞ」


アオイが説明を引き継ぐ。


「当該作業艇は、反重力ユニットを搭載しています。短距離低速の起動確認に成功しました。現在は村外の旧資材置き場跡へ秘匿しています」


麻生の背筋が伸びた。


「反重力…空を渡る、ということですか」

「低高度で浮上移動する旧文明作業艇です」


康生は早口で言った。


「空を渡る御車とかではありません」


麻生は口を開きかけたまま止まった。

明らかに、今その言葉を言おうとしていた顔だった。


「今、言おうとしましたよね」

「いえ」

「絶対言おうとしましたよね」

「…旧文明作業艇、と理解しました」

「間が長い」


真衣が小さく笑った。

千田は真面目な顔で咳払いをした。


「村長。あれは確かに有用です。ですが、軽々しく村人に見せれば騒ぎになります」

「分かっています」


麻生は頷く。


「康生殿が懸念されることも、分かります」

「本当に?」

「はい。空を進む旧文明の作業艇を見れば、民は驚きます」

「そこで止まってください。神とか御車とか言わないでください」

「努力します」

「努力か…」


康生は不安になった。

アオイが端末を開く。


「作業艇の起動ログから、反重力ユニットの来歴情報が一部復元されました」


麻生の表情が変わる。

村長としての顔になった。


「来歴、ですか」

「はい。当該ユニットは、この施設で新規開発されたものではありません。損傷状態で外部から搬入され、日本側研究機関が復元、衛星保守

補助艇へ試験搭載した記録があります」


康生は頷く。


「旧米軍関連施設跡、って断片もありました」

「米軍」


麻生はその言葉を、慎重に繰り返した。


「旧文明の、海外の軍ですね」

「そうです」

「つまり、あの作業艇は、旧日本の技術だけで作られたものではない」

「たぶん」

「危険は」

「あります」


康生は即答した。


「便利だけど、危険もあります。俺が外部給電しないと長く動かないし、操作もアオイ頼みです。あと、施設の中にはまだ害獣が残ってます」

「旧施設は完全に安全ではない」

「はい。一体は駆除しました。でも全部じゃない。あそこはまた調べる必要があります」


麻生は静かに頷いた。


「承知しました。作業艇については、当面、村全体へは伏せましょう」


康生は少し驚いた。


「いいんですか」

「秘匿が必要なものもあります。民を不必要に騒がせることは、村長として望みません」

「助かります」

「ただし」

「ただし?」


麻生の目が真剣になる。


「その作業艇が村の生存率を高めるなら、いずれ使う必要があります」


康生は頭を掻いた。


「ですよね」

「隠し続けることはできません」

「分かってます」

「ならば、どう見せるか、どう説明するかを考えましょう」


麻生がそう言った時、康生は少しだけ意外に思った。

神格化一直線の人だと思っていたが、麻生は村長でもある。

村を守るために、騒ぎを抑える判断もする。

だから厄介なのだ。

信仰と実務が、同じ人間の中に同居している。


「まずは、次の調査先です」


アオイが話を進めた。


「リン回収施設の再調整により、旧文明環境保守施設が現在も地域環境へ過剰影響を与えている可能性が高まりました」

「次も、同じような施設か」


亮太が言う。


「はい。候補は奥飛騨方面の大気浄化施設、または炭素固定施設です」


康生は眉を寄せた。


「大気浄化」

「大戦後の汚染大気、煤、有害成分、温室効果ガス等を回収、固定するための施設です」

「聞くだけなら良い施設だな」

「当時は必要でした」


アオイは淡々と言う。


「しかし管理者不在で長期間稼働し続けた場合、炭素やエアロゾル、その他大気成分の過剰回収により、地域気候の寒冷化、植生回復阻害、農地生産性低下を引き起こしている可能性があります」


康生はしばらく黙った。

リン回収施設と同じだ。

必要だったもの。

善意の施設。

人間を救うために作られたもの。

それが、止まれないまま世界を痩せさせている。


「海の次は、空か」

「はい」

「きれいにしすぎて、冷やしてるかもしれないってことか」

「可能性は高いです」


麻生が低く呟く。


「冷えた空…」


その言葉に、康生は少しだけ嫌なものを感じた。

外の空は確かに青い。

昔より澄んでいるようにも見える。

だが、それは本当に良いことなのか。

海がきれいすぎて痩せるなら、空もまた、きれいすぎて冷えるのかもしれない。


「行くしかないか」


康生が言うと、アオイが頷いた。


「反重力作業艇を使用すれば、徒歩より短時間で到達可能です」

「またあれに乗るのか」

「はい」

「俺が給電するんだよな」

「はい」

「外部給電役、固定じゃねえか」

「現状では代替電源がありません」

「ですよね」


亮太が目を輝かせた。


「俺も行く」

「腕」


康生が即座に言う。

亮太は左腕を見た。


「乗ってるだけなら」

「前にも聞いたぞ、それ」

「今度は本当に乗ってるだけにする」

「信用が低い」


千田が口を開く。


「奥飛騨となると遠方です。人員は絞るべきでしょう」


真衣も頷く。


「作業艇の積載も限られます」


アオイが端末を見ながら言う。


「推奨人員は、康生、アオイ、亮太、補助要員一名。作業艇の状態確認後に再評価します」

「俺、入ってるのか」


亮太が少し嬉しそうに言った。


「藤倉亮太は現地判断補助、地形把握、防人経験に基づく危険察知に有用です」

「ほら」

「ただし、戦闘参加は禁止です」

「…はい」


康生は亮太を見る。


「今の間は何だ」

「納得する間」

「不満の間だろ」


麻生は少し考え込んだ。


「私は村に残ります」


康生は少し驚いた。


「来ないんですか」

「私が同行すれば、村の判断が滞ります。今は作業艇の存在も伏せねばなりません。村内調整は必要です」

「助かります」

「ただし、いずれ防衛隊や他の共同体と話す時には、同行が必要となるでしょう」

「その時はお願いします」

「承知しました」


康生は立ち上がった。

話すべきことは話した。

隠すべきことも決めた。

次の目的地も決まった。

奥飛騨の大気浄化施設。

冷えた空を作っているかもしれない旧文明の善意。

康生は少しだけ窓の外を見た。

夕方の空は、やけに澄んでいた。


「きれいなんだけどな」

「はい」


アオイが答える。


「きれいであることと、生存に適していることは一致しません」

「嫌な言い方だけど、その通りだな」


外では、子供たちがまだ何かを叫んでいた。


「ぷらずま!」

「浄火!」

「天輪様のぷらずま!」


康生は目を閉じた。

「…まず、あれを何とかしたい」

「優先度は低いです」

「俺の中では高いんだよ」


麻生が静かに言う。


「康生殿」

「はい」

「作業艇の件、民へ伝える時は、私が言葉を選びます」


康生は麻生を見た。


「本当にお願いします」

「はい。旧文明作業艇、と」

「はい」

「空を渡るもの、とは言わず」

「はい」

「御車、とも言わず」

「はい」


麻生は少しだけ目を伏せた。


「努力します」

「そこは断言してください」


アオイが記録するように言った。


「麻生守の努力を確認」

「確認するな。余計不安になる」


康生はため息をつき、集会所の戸を開けた。

外の空気は冷えていた。

海を痩せさせた施設の次は、空を冷やす施設。

人間が生きるために作ったものが、人間が生きる場所を削っている。

康生は空を見上げた。


「…世界って、面倒くさいな」

「はい」


アオイが隣で答える。


「だから、調整が必要です」

「俺が?」

「はい」

「やっぱり仕事じゃねえか」

「作業計画です」

「もっと嫌だ」


康生は肩を落としながら、村の中へ歩き出した。

次の旅は、空を確かめに行く旅になる。

その空が、どれだけ冷えているのか。

まだ誰も、知らなかった。

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