表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第五章 始まりの施設

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/116

第五十二話 タイヤのない作業艇

格納庫の中央に、タイヤのないトゥクトゥクが眠っていた。

いや、正確には違うのだろう。

旧文明の作業艇。

反重力ユニット搭載試験機。

衛星保守補助用途。

アオイはそう説明した。

だが、康生にはどう見てもトゥクトゥクにしか見えなかった。

三輪タクシーから車輪を取り外し、底面に妙な金属板を貼りつけ、屋根と座席と操縦席を未来っぽく整えたもの。

それが、薄暗い格納庫の中で静かに鎮座している。


「旧文明小型長距離作業艇。反重力ユニット搭載試験機。衛星保守補助用途」


康生は作業艇を見つめた。

どう見ても、タイヤのないトゥクトゥクだった。


「なんで、トゥクトゥク形状なんだ」

「外観設計に個人の趣向が反映されている可能性があります」

「つまり、設計者の趣味」

「はい」

「設計者の癖が強い」


亮太が横から覗き込む。


「とぅくとぅくって、何なんだ」

「俺の時代にあった乗り物。小さいタクシーみたいなやつ」

「これが?」

「形だけは」

「車輪、ないぞ」

「だから余計に変なんだよ」


搬送路の方で、ごん、と鈍い音がした。

さっき封じ込めた中型個体だ。

康生は肩をすくめる。


「長居はしたくないな」

「同意します」


アオイが作業艇の側面へ歩いた。


「状態確認を行います」

「勝手に飛んだりしないよな」

「主電源は低下しています。自律起動する可能性は低いです」

「低い、か」

「ゼロではありません」

「旧文明機械、毎回その言い方だな」


作業艇の外装は、思ったより綺麗だった。

塗装はくすみ、ところどころに傷はある。

屋根の縁には小さなへこみがあり、側面の金属板には細かな擦り傷も残っている。

だが、三百年以上前の機械にしては、あり得ないほど形を保っていた。

底面には、円形の金属板が四つ並んでいる。

中央には黒い箱のような構造物。

その周囲を、細い配線が走っていた。

アオイが作業艇の小さなパネルへ触れる。


――衛星保守補助艇一号機。

――主電源、低下。

――補助電源、残量二パーセント。

――反重力ユニット、封止状態。

――外部給電を要求。


「二パーセントって、ほぼ死んでるだろ」

「はい」

「外部給電」


アオイが康生を見る。

康生は顔をしかめた。


「俺を見るな」

「あなたの中核特異点炉から一時供給すれば、起動確認は可能です」

「絶対そう言うと思った」

「予測できていたなら説明効率が上がります」

「嫌な効率だな」


亮太が康生を見る。


「危ないのか」

「分からん」


康生はアオイを見た。


「危ない?」

「低出力の起動確認であれば、危険は限定的です」

「限定的」

「ただし、姿勢制御異常により格納庫内で浮上し、天井へ接触する可能性があります」

「天井にぶつかるって言え」

「天井にぶつかる可能性があります」

「それはそれで嫌だな」


千田が格納庫の天井を見る。


「ぶつかった場合は?」

「機体損傷、天井損傷、落下の可能性があります」

「全部嫌だ」


康生は作業艇を見た。

ここで起動確認をしなければ、これが本当に使えるのか分からない。

だが、起動確認をすれば、何かが起きるかもしれない。

旧文明の機械は、だいたいそうだ。

やらないと進まない。

やると面倒が起きる。


「…試すしかないか」


亮太が嫌そうな顔をする。


「ここで?」

「ここで」

「村長に見られないだけ、ここがましだ」

「それはそう」


作業艇の側面に、丸い接続口があった。

周囲に古い警告文字が残っている。


――高出力給電端子。

――認証外給電禁止。

――異常時、即時切断。


康生はその文字を見た。


「認証外給電禁止」

「はい」

「俺、認証されてるの?」

「されていません」

「駄目じゃねえか」

「ただし、再構成体識別による例外承認を取得可能です」

「例外ばっかりだな、俺」

「はい」

「否定してくれ」


アオイが端末へ触れる。


――外部給電要求。

――給電源識別。

――登録外。

――再構成体識別、暫定承認。

――中核特異点炉出力、制限付き接続。

――安全閾値、設定。

――異常時、強制切断。


「勝手に全部吸われるとかない?」

「ありません」

「本当に?」

「強制切断を設定しています」

「お前が切るの?」

「はい」

「信用していい?」

「はい」


康生は少し黙った。

信用するしかない。

そういう場面が、最近多すぎる。


「…分かった」


康生は右手を給電端子へ近づけた。

すると、作業艇の側面から細いアームが伸びてきた。


「うわ」


康生は反射的に引く。


「何これ」

「接続補助アームです」

「急に出るなよ」

「機体側の自動動作です」


細いアームの先端が、康生の手首近くで止まる。

冷たい金属が触れた。

痛みはない。

だが、自分の身体が機械に接続されている感覚は、かなり嫌だった。


「康生、出力を抑えてください。私は制御します」

「抑えるってどうやって」

「少しだけ電気を分けるつもりで」

「最初から分かりやすい」


康生は深く息を吐いた。

少しだけ。

ほんの少しだけ。

そう思う。

手首に触れた接続アームが、淡く光った。

作業艇の中から、低い音がした。

ん、と眠っていた機械が息を吸ったような音。

操縦席の計器が一つ、また一つと点灯していく。

青。

緑。

白。

古い画面に文字が浮かぶ。


――外部給電、確認。

――補助電源、回復中。

――姿勢制御板、起動準備。

――反重力ユニット、封止解除準備。

――外部給電モードで起動します。


亮太が目を丸くした。


「本当に動いた」

「俺もびっくりしてる」

「びっくりしながら動かすな」

「俺は給電してるだけ!」


アオイが操縦席へ乗り込んだ。

自然な動きだった。

まるで、最初からそこに座ることを想定していたみたいに。

康生は嫌な顔をする。


「お前、操作できるのか」

「制御系は旧日本規格に近いです。解析可能です」

「免許は?」

「免許制度は失効しています」

「そういう問題じゃない」

「操作支援モードで起動します」


作業艇の底面から、低い振動が広がった。

円形の制御板が淡く光る。

床に積もった銀色の粉が、わずかに浮いた。


「え、浮いてる?」


亮太が一歩下がる。

千田と真衣も距離を取った。

作業艇の影が、床からわずかに離れる。

ほんの数センチ。

だが、確かに浮いた。

車輪のないトゥクトゥクが、床から浮いている。

康生は息を呑んだ。


「…浮いた」

「反重力ユニット、最低出力で安定」


アオイが操縦席から言う。


「浮いています」

「見れば分かる!」


亮太は口を開けたまま作業艇を見ていた。


「これが、空を飛ぶ船」

「船ではありません。小型長距離作業艇です」

「浮いてるなら、船でいいだろ」

「近似表現として許容します」

「許容された」


作業艇は、格納庫の中でふわりと揺れた。

康生の手首には、まだ接続アームがつながっている。

エネルギーが外へ流れている感覚がある。

痛くはない。

だが、少し気持ち悪い。

自分の中の何かを、機械に分けているような感じがする。


「康生、出力安定。構成体損耗、なし」

「それはよかった」

「心理的負荷は高めです」

「測るな」

「確認です」


その時、搬送路側から音がした。

ごん。

封じ込めた中型個体の音だった。

全員が振り返る。

ごん。

もう一度。

さっきより近い。

アオイが操縦席から顔を上げる。


「封じ込め箇所に負荷上昇」

「まずい?」

「このまま放置した場合、搬送路および格納区画の再利用リスクが上昇します」

「つまり?」

「駆除または恒久隔離を推奨します」

「作業艇見つけて終わりじゃないのかよ」


アオイは淡々と答える。


「施設全体の害獣駆除は未完了です。ただし、搬送路の対象は格納区画利用の障害です」

「そいつだけでも処理しとけってことか」

「はい」


康生は搬送路の方を見た。

あの奥に、さっき封じ込めた中型個体がいる。

金属をまとった虫のようなやつ。

施設の残骸を取り込んだクリーチャー。

このまま帰れば、次に来た時また同じ問題になる。

いや、悪化しているかもしれない。

康生は嫌な顔をした。


「ここ、俺とお前の始まりの場所なんだろ」

「はい」

「だったら、変な虫の巣にしたまま帰るのは嫌だ」

「了解しました。作業計画に未排除対象の駆除を追加します」

「勝手に仕事を増やすな」

「康生が要求しました」

「したけどさ」


亮太が測量杭を握り直す。


「俺は?」

「前に出るな」

「まだ何も言ってない」

「言いそうだった」


千田が槍を構える。


「私が足止めを」

「足止めも最小限でお願いします」


アオイが作業艇の表示を操作する。


「対象を搬送溝へ再誘導し、隔離区画へ落とします。その後、旧施設の駆除処理を起動します」

「駆除処理って何」

「高温蒸気、圧縮隔壁、酸化処理の複合です」

「聞かなきゃよかった」

「直接視認は不要です」

「それは助かる」


ごん。

搬送路で、さらに大きな音がした。

アオイが短く言う。


「封じ込め、三十秒以内に破断する可能性」

「急に時間制限!」

「作業艇を使います。音と振動で誘導します」

「初起動で害獣駆除?」

「緊急時運用です」

「便利な言葉だな、緊急時!」


アオイが操縦席のレバーに触れた。

作業艇が、ふわりと横へ滑る。

床を擦る音はない。

車輪もない。

タイヤのないトゥクトゥクが、格納庫の中を静かに動いた。


「動くのは分かったけど、俺、つながったままなんだが」

「給電継続が必要です」

「俺も一緒に動くってこと?」

「はい」

「先に言え!」


作業艇がゆっくり搬送路側へ向かう。

康生は接続アームにつながったまま、作業艇の横を歩かされる形になった。


「これ、散歩じゃねえか」

「外部給電歩行です」

「変な名前をつけるな」


搬送路の封じ込め箇所が、目の前で揺れた。

ごん。

隔壁が歪む。

次の瞬間、金属板の隙間から細い脚が突き出た。


「来た!」


真衣が弓を構える。

アオイが作業艇の底面制御板を一瞬だけ強く光らせた。

低い振動が搬送路に響く。

ぶん、と空気が鳴った。

中型個体の触角が、一斉に作業艇の方を向く。


「反応しました」

「寄せてどうする」

「搬送溝へ落とします」


作業艇が後ろへ滑る。

中型個体が隔壁を押し破り、搬送路へ這い出した。

黒い甲殻。

金属片をまとった胴体。

銀色の粉をかぶった脚。

相変わらず気持ち悪い。


「できれば見たくなかった」


康生は呟いた。


「康生、右側固定ピンを切断してください」

「また俺の指か」

「はい」

「分かったよ」


アオイが黄色い線を表示する。

搬送路脇の古い隔離板。

その固定ピンが淡く光った。

康生は接続アームにつながったまま右手を伸ばした。


「給電しながらプラズマって、大丈夫なのか」

「出力制限内です」

「本当に?」

「はい」

「そのはいが怖い」


指先に青白い光が灯る。

じゅ、と固定ピンが焼ける。

中型個体が作業艇へ向かって走る。

速い。

だが、作業艇は床から浮いたまま、すっと横へ滑った。

車輪がないから、方向転換が早い。


「うわ、動きが気持ち悪いくらい滑らか」

「姿勢制御板、正常」

「褒めてるわけじゃない!」


真衣の矢が飛び、中型個体の触角を一本切った。

千田が槍で前脚を払う。

中型個体の姿勢が崩れた。

その瞬間、康生の焼いた固定ピンが切れる。

隔離板が落ちた。

ごん、と重い音。

中型個体は横へ押され、搬送路脇の溝へ落ちた。

ぎちぎちと脚を暴れさせる。


「落ちた!」

「隔離処理を実行します」


アオイが作業艇から旧施設端末へ信号を送る。


――搬送溝、閉鎖。

――隔離区画、接続。

――害獣駆除処理、起動。

――点検補助対象は離れてください。


「離れろって!」


全員が後退する。

重い隔壁が落ちる。

搬送溝の奥で、低い蒸気音が響いた。

しゅう、と嫌な音。

それから、金属を叩く音が数度。

ごん。

ごん。

ごん。

最後に、静かになった。

康生は息を止めていたことに気づいた。


「…駆除完了?」

「対象反応、消失」

「つまり?」

「少なくとも、この搬送路には戻れません」

「そういう曖昧な勝利、多いな」

「安全確認を継続します」


康生は肩の力を抜きかけた。

その瞬間、施設のさらに奥で、ばきん、と金属が割れる音がした。

全員が固まる。

アオイが顔を上げる。


「別個体反応。接近中」

「まだいるのかよ!」

「施設全体の害獣駆除は未完了です」

「今日全部やるのは?」

「推奨しません」

「だよな!」


搬送路の奥で、何かが走る音がした。

一体ではない。

複数かもしれない。

康生は作業艇を見る。

アオイが言った。


「徒歩撤退より、作業艇による搬出口脱出を推奨します」

「初運転で脱出?」

「緊急時運用です」

「便利な言葉だな、緊急時!」


亮太が作業艇を見る。


「乗れるのか」

「標準定員は三名です」

「今、五人いるぞ」

「緊急搬出モードで短距離低速移動なら可能です」

「可能と推奨は違うやつだろ」

「はい」

「はいじゃない!」


千田が即座に判断した。


「徒歩よりはましです」


真衣も頷く。


「後ろに掴まれます」


亮太は康生を見た。


「乗るしかないな」


康生は顔をしかめた。


「これ、絶対あとで神格化するやつだろ」

「今は生きて帰る方が先です」


亮太の返しは正しかった。

正しすぎた。


「乗れ!」


康生は叫んだ。

アオイが操縦席。

康生は給電アームにつながったまま前の縁を掴む。

亮太、千田、真衣は後部の工具荷台に乗り込んだ。

というより、しがみついた。


「これ、乗り物の乗り方じゃないだろ!」

「緊急搬出モードです」

「便利すぎる!」


アオイが操縦席の端末へ触れる。


――格納庫搬出口、開放要求。

――電力不足。

――外部給電継続により開放可能。

――開放します。


格納庫の奥の大扉が、重い音を立てて開き始めた。

外の光が細く差し込む。

夕方の森の色だった。

背後から、搬送路を走る音が近づいてくる。

かさかさ。

がりがり。

金属を引っ掻く音。


「アオイ!」

「搬出口開放率、六十二パーセント」

「通れる?」

「機体幅、ぎりぎりです」

「ぎりぎりって言うな!」


作業艇が浮き上がる。

さっきより高い。

だが、まだ床から一メートルもない。

低空で、ゆっくり前へ滑り出す。


「頭下げて!」


真衣が叫ぶ。

全員が身を低くした。

搬出口の上部を、屋根の骨組みがかすめる。

ぎ、と嫌な音がした。


「当たった!?」

「軽微接触」

「当たってるじゃねえか!」


次の瞬間、作業艇は格納庫の外へ抜けた。

車輪はない。

エンジン音もない。

ただ、空気を押し分けるように、古い森の中へ浮かび出る。

康生は給電アームにつながれたまま、片手で縁を掴んでいた。


「…これ、脱出できてるのか?」

「はい」

「初運転で脱出って、おかしくない?」

「緊急時運用です」

「便利な言葉だな、本当に!」


背後で、旧施設の奥から金属を叩く音が響いた。

ごん。

ごん。

だが、その音は少しずつ遠ざかっていく。

作業艇は、夕方の森へ出た。

タイヤのないトゥクトゥクは、低い高度でふわりと滑りながら、旧施設の影を離れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ