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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第五章 始まりの施設

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第五十一話 未排除対象

奥のハッチが開く音は、思ったより長く続いた。

ごごご、と施設全体を揺らすような低い音。

天井から細かい埃が落ちる。

床に積もった銀色の粉が、わずかに震えた。

康生は思わず上を見た。


「これ、崩れないよな」

「構造体負荷は許容範囲内です」

「その言い方、リン回収施設でも何回か聞いた気がする」

「許容範囲は安全を保証するものではありません」

「保証してくれ」

「できません」

「知ってた」


ハッチの向こうは、さらに暗かった。

旧中枢区画よりも照明が少ない。

壁際の誘導灯は半分以上消えている。

奥へ続く通路は広い。

人が通るための廊下というより、何かを運ぶための搬送路だった。

床には太いレールが二本走り、天井には古いクレーンのようなものがぶら下がっている。

壁には、色褪せた黄色い線が続いていた。


――格納区画搬送路。

――作業艇搬出ライン。

――未承認立入禁止。


康生はその文字を見た。


「作業艇搬出ライン」

「はい」


アオイが頷く。


「この先が格納区画です」

「反重力の作業艇があるかもしれない場所」

「はい」

「行きたいような、行きたくないような」

「行く必要があります」

「だよな」


亮太が後ろから搬送路を覗く。


「広いな」

「何かを運んでいたんだろうな」


康生はレールを見た。

錆びている。

ところどころ歪んでいる。

だが、完全に崩れてはいない。


「これ、まだ動くのか」

「搬送機構の一部に電力反応があります」

「それはいいこと?」

「場合によります」

「またそれか」


アオイの瞳が淡く光った。


「注意。搬送路奥に未排除対象反応」


康生は眉を寄せた。


「さっきのやつか」

「可能性が高いです」

「中型以上って言ってたやつ」

「はい」


千田が槍を構える。

真衣が弓を引ける位置へ移動する。

亮太は測量杭を持ったまま、壁側に下がった。

ちゃんと前には出ていない。

康生は少しだけ安心した。


「反応、どこ」

「搬送路中央。停止中」

「待ち伏せ?」

「不明です」

「害獣の気持ちはわからないよな」

「分類上は外来群体個体です」

「そこは害獣でいいんだよ」


搬送路へ入る。

一歩踏み込んだだけで、音が変わった。

広い空間に、靴音が響く。

かつん。

かつん。

その音が、奥へ吸い込まれていく。

康生は無意識に息を潜めた。

ここで大声を出すのはまずい気がした。

少し進むと、床に古い荷台が転がっていた。

車輪のようなものはない。

レールに沿って滑る台らしい。

その上には、壊れた外装部品や、工具箱のようなものが載っている。

康生は足を止めた。


「これ、使える?」


アオイが荷台を見た。


「工具類は劣化しています。ただし、一部金属部材は使用可能です」

「武器になる?」

「重量物としては利用可能です」

「つまり投げる」

「はい」

「雑だな」


亮太が荷台を押してみる。

ぎ、と音を立てて、少しだけ動いた。


「動くぞ」

「亮太、腕」

「右手だけだ」

「そういう問題じゃない」

「押すだけならできる」


亮太はそう言いながら、無理には押さなかった。

少しは学んでいる。

康生は荷台を見る。

レール。

荷台。

奥にいる未排除対象。

何かに使えそうな気はする。

その時、奥で音がした。

ごり。

金属を擦る音。

それから、床を叩く鈍い音。

どん。

真衣が息を呑む。


「来ます」


暗がりの中で、何かが動いた。

最初に見えたのは、脚だった。

細い。

長い。

節が多い。

虫の脚に似ている。

だが、表面は金属のように鈍く光っていた。

次に見えたのは、胴体。

黒い甲殻。

ところどころに銀色の粉が付着している。

背中には、古い施設部品のような金属片が刺さっていた。

いや、刺さっているのではない。

取り込んでいるように見えた。

康生は顔をしかめた。


「何だよ、あれ」

「外来群体個体。施設部材および劣化ピコマシン残渣を付着、または取り込み中」

「分かるように」

「施設内の残骸をまとった中型クリーチャーです」

「最悪だな」


クリーチャーは、ゆっくり頭部を上げた。

目らしきものはない。

代わりに、顔の前面に細い触角が何本も揺れている。

口は、縦に裂けていた。

白い粉まみれの顎が、ぎち、と鳴る。


「こいつ、さっき隔壁叩いてたやつか」

「はい」

「倒せる?」

「可能です。ただし、搬送路内での戦闘は構造物損傷および退路遮断リスクがあります」

「つまり暴れたらまずい」

「はい」


千田が低く言う。


「なら、退かせますか」

「退くなら助かるけど」


クリーチャーは、こちらを見たまま動かない。

いや、触角が揺れている。

こちらを探っている。


「アオイ、あいつ目がないのか」

「視覚器官は確認できません。振動、熱、化学物質に反応している可能性があります」

「じゃあ、音で釣れる?」

「可能性があります」


康生は荷台を見た。


「これ、囮にできるか」


アオイも荷台を見る。


「搬送レールに沿って移動可能です。金属音を発生させれば、反応を誘導できる可能性があります」

「やろう」


亮太がすぐに言った。


「俺が押す」

「腕」

「右手だけで押せる」

「だから」

「戦闘じゃない」


康生は言い返そうとして止めた。

確かに、戦闘ではない。

だが危ない。


「俺が押す」

「康生さんが前に出たら、来るだろ」


亮太は真剣だった。


「俺は壁際から押してすぐ下がる。千田さんと真衣が見てれば逃げられる」


千田が頷く。


「私が藤倉を引き戻します」


真衣も弓を構える。


「接近したら撃ちます」


康生は迷った。

亮太の言うことは正しい。

康生が前に出ると、クリーチャーは康生へ反応する可能性が高い。

亮太が壁側から荷台を押し出し、すぐ戻る方が安全かもしれない。

安全かもしれない。

その言葉が嫌だった。


「無理するなよ」

「分かってる」

「今度こそ本当に?」

「分かってる」

「…頼む」


亮太は頷いた。

そして、荷台の横へ移動する。

右手だけで荷台を押す。

古いレールが軋み、金属音が搬送路に響いた。

ぎぎぎ。

クリーチャーの触角が、一斉にそちらへ向いた。


「反応しました」


アオイが言う。


「亮太、下がれ」


康生が言うより早く、亮太は荷台から手を離した。

千田が亮太の襟を掴み、壁際へ引き戻す。

荷台は、レールに沿ってゆっくり進んでいく。

ぎぎぎ。

ぎぎぎ。

クリーチャーが動いた。

細い脚を何本も使い、床を滑るように前へ出る。

動きが気持ち悪い。

速くはないが、不規則だ。

荷台へ近づく。

触角が荷台に触れる。

次の瞬間、クリーチャーは荷台へ噛みついた。

ばきん、と音がした。


「今だ」


アオイが言う。


「何をするんだ」

「搬送路左側の補助隔壁を落とします。対象を旧搬送溝へ誘導可能です」

「先に言え」

「説明時間を短縮しました」

「短縮しすぎだろ」


壁際の古い端末が光る。


――補助隔壁、動作不良。

――手動補助を要求。

――固定ピン、解除不可。


アオイが康生を見る。


「康生」

「俺の指だな」

「はい」

「ですよね」


康生は走った。

クリーチャーは荷台に噛みついたまま、金属を引き裂いている。

まだこちらへは来ていない。

左側の壁に、半分落ちかけた隔壁がある。

その上部の固定ピンが錆びついていた。

アオイが黄色い線を表示する。


「ここを切断してください」

「分かった」


康生は指先に意識を集めた。

青白い光が灯る。

空気が鳴る。


「工具」


康生は小さく呟いた。


「工具です」


千田が後ろで言った。


「ありがとうございます」

「礼を言われると変な気分になる」


康生は固定ピンにプラズマを当てた。

じゅ、と音がする。

錆びた金属が赤くなり、溶ける。

だが、厚い。

思ったより時間がかかる。


「急げるか」


亮太が言う。


「急いでる!」


クリーチャーが荷台を引き裂き終えた。

金属片が床に散る。

触角が、また揺れる。

こちらへ向く。


「まずい」


真衣が矢を放った。

矢はクリーチャーの触角の一本を切った。

細い触角が床に落ちる。

クリーチャーが甲殻を鳴らした。


「怒った?」

「刺激反応、上昇」

「つまり怒ったんだな!」


固定ピンがようやく切れた。

康生はすぐに下がる。

アオイが端末を操作する。


「補助隔壁、落下します」


壁の上部で、重い金属板が動いた。

がくん。

一度止まる。


「止まったぞ!」

「二番ピンが残っています」

「先に言え!」

「表示します」


康生の視界に、もう一本のピンが黄色く光る。

クリーチャーがこちらへ向かって走り出した。

速い。

さっきまでの鈍さが嘘のようだった。


「康生!」


亮太が叫ぶ。

康生は二番ピンへ指を伸ばす。

間に合うか。

いや、間に合わせるしかない。

青白い光を当てる。

金属が赤くなる。

クリーチャーの脚音が近づく。

千田が前へ出ようとした。


「出るな!」


康生が叫ぶ。


「槍ごと持っていかれる!」


千田は踏みとどまった。

代わりに、真衣が二本目の矢を放つ。

矢はクリーチャーの前脚の関節に当たり、少しだけ動きを乱した。

一瞬。

その一瞬で十分だった。

ピンが切れた。

重い隔壁が落ちる。

ごん、と床を揺らす音。

クリーチャーは隔壁に押される形で横へ弾かれ、搬送路の脇に開いていた古い溝へ落ちた。

深い溝ではない。

だが、底は搬送用の狭い空間になっているらしく、クリーチャーの脚がうまく広がらない。

ぎちぎちと音を立てて暴れる。

康生は肩で息をした。


「落ちた?」

「一時的に拘束成功」


アオイが答える。


「一時的か」

「はい」

「永久にしよう」

「補助隔壁をさらに固定すれば、当面の封じ込めが可能です」

「また俺の指?」

「はい」

「工具、過労じゃないか?」

「局所プラズマ発生サブルーチンに疲労概念はありません」

「俺にはある」

「構成体負荷は中程度です」

「そういう問題じゃない」


それでも、やるしかない。

康生は溝の上に落ちた隔壁の縁を、プラズマで焼き固めた。

雑な溶接。

歪んだ金属。

その下で暴れる中型個体。

音はひどい。

ぎちぎち。

がりがり。

ごん。

だが、隔壁は持っている。


「これでどのくらい」

「短期的には封じ込め可能です。長期的には不明」

「長期的に来る予定はない」

「ただし、帰路で再接近する可能性があります」

「嫌なこと言うな」

「必要です」

「知ってる」


康生は青白い光を消した。

指先が熱い。

今日はもう、何度使ったか分からない。


「大丈夫か」


亮太が聞く。


「大丈夫じゃないけど、動ける」

「それ、便利に使いすぎだぞ」

「便利だからな」


亮太は苦笑した。


「俺の台詞、返すな」

「便利だからな」


アオイが言う。


「搬送路の未排除対象を一時封じ込めました。格納区画への経路、開放可能です」

「よし」


康生は溝の中で暴れるクリーチャーを見ないようにして、奥へ向かった。


     *


搬送路の奥には、大きな扉があった。

これまでの扉とは違う。

ただの隔壁ではない。

横に広く、天井まで届く厚い扉。

中央には古い企業ロゴ。

その下に、文字が残っている。


――小型作業艇格納庫。

――反重力試験機材保管。

――衛星保守補助艇、一号機。

――関係者以外立入禁止。


康生は文字を見上げた。


「衛星保守補助艇」

「はい」


アオイが少しだけ近づく。


「記録と一致します」

「本当にあるのか」

「扉の奥に、低電力反応があります」


亮太が小さく息を吐いた。


「空を飛ぶ船か」

「船ではありません」


アオイが言う。


「旧文明小型長距離作業艇です」

「でも飛ぶんだろ」

「反重力ユニットが稼働すれば」

「じゃあ、飛ぶ船でいい」


アオイは一拍置いた。


「近似表現として、許容します」

「珍しく許した」


康生は扉の端末を見る。

古い。

だが、まだ点いている。

アオイが触れる。


――格納庫アクセス要求。

――旧中枢経由認証、確認。

――A.O.I.移動端末、部分一致。

――石田康生、生体識別不可。

――構成体識別、登録外。

――例外照合。

――再構成体識別、暫定承認。

――奥部格納庫、開放準備。


康生は画面を見た。


「今、俺、登録外って言われた?」

「はい」

「なのに暫定承認?」

「再構成体として例外照合されました」

「例外ばっかりだな、俺」

「はい」

「否定してほしかった」

「現状に一致しています」


重い音が響いた。

格納庫の扉が、ゆっくり開き始める。

隙間から、冷たい空気が流れ出した。

埃。

油。

古い金属。

そして、どこか懐かしいような、機械の匂い。

康生は思わず息を止めた。

扉の向こうに、薄暗い空間が広がっている。

小型ハンガー。

天井にはレール。

壁には工具。

奥には、古い整備台。

そして中央に、何かが置かれていた。

車輪はない。

船とも車とも言いにくい。

前方に小さな操縦席。

後ろに座席らしきもの。

屋根の骨組み。

側面の曲線。

妙に見覚えのある形。

康生は、しばらく黙った。

それから、ぽつりと言った。


「…トゥクトゥク?」


亮太が首を傾げる。


「何だ、それ」

「俺の時代にあった、三輪タクシーみたいな乗り物」

「車輪、ないぞ」

「だから余計に変なんだよ」


アオイが格納庫内を見ながら言う。


「旧文明小型長距離作業艇。反重力ユニット搭載試験機。衛星保守補助用途」


康生は作業艇を見つめた。

どう見ても、タイヤのないトゥクトゥクだった。


「なんで、トゥクトゥク形状なんだ」

「外観設計に個人の趣向が反映されている可能性があります」

「つまり、設計者の趣味」

「はい」

「設計者の癖が強い」


格納庫の奥で、古い端末が点灯する。


――衛星保守補助艇一号機。

――機体名、未登録。

――主電源、低下。

――反重力ユニット、休眠中。

――燃料系統、空。

――外部給電を要求。


康生は画面を見た。


「燃料切れ?」

「はい」

「動かない?」

「現状では」

「外部給電って」


アオイが康生を見る。

康生は嫌な予感がした。


「俺?」

「あなたの中核特異点炉から一時供給すれば、起動試験は可能です」

「やっぱり俺じゃねえか!」


亮太がトゥクトゥク風作業艇を見ながら言う。


「これ、村長に見られたら終わるな」


康生は即答した。


「見せない」

「無理だろ」

「なんでだよ」

「空を飛ぶ乗り物だぞ」


康生は作業艇を見た。

タイヤのないトゥクトゥク。

反重力ユニット。

衛星保守補助艇。

そして、村の外にいる麻生守。

想像した。

麻生の顔。

村人たちの目。

天輪様が空の御車を得た、とか言い出す未来。

康生は両手で顔を覆った。


「…次の神格化ネタ、もう見えた」


アオイが淡々と言う。


「予測精度、高」

「やめろ」


格納庫の中央で、タイヤのないトゥクトゥクは静かに眠っていた。

まるで、出番を待っていたように。

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