表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第五章 始まりの施設

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/116

第四十七話 戻りたくない場所

朝の防人村は、妙にざわついていた。

原因は分かっている。

康生の右手だ。

正確には、康生の右手から出た低出力プラズマだ。

もっと正確に言えば、アオイが休眠中に勝手に追加した局所プラズマ発生サブルーチンだ。

村人たちの解釈を通すと、天輪様の浄火だった。


「違うんだよなあ…」


康生は小屋の前で頭を抱えた。

少し離れた場所では、子供たちが木の枝を持って遊んでいる。


「ぷらずま!」

「じょうか!」

「天輪様のぷらずま!」

「違う! 危ないからやめろ!」


康生が叫ぶと、子供たちは一斉にこちらを見た。

そして、ぱっと姿勢を正す。


「はい!」


返事だけは良かった。

だが、目がきらきらしている。

絶対に分かっていない。

亮太が隣でため息をついた。


「広まったな」

「広めたくなかった」

「子供は早い」

「拡散力が高すぎる」


アオイが横で言う。


「村内における新機能認知率は、推定四十二パーセントです」

「測るな」

「昼までには六十パーセントを超える可能性があります」

「嫌な予報をするな」

「麻生守による説明が入れば、定着率はさらに上昇します」

「それが一番怖いんだよ」


その麻生守は、村の中央で何人かと話していた。

遠目にも分かる。

真剣な顔だ。

祈っている顔ではない。

村長の顔だ。

康生は少しだけ安心し、すぐに警戒した。

あの人は、村長の顔で神格化を進めることがある。

一番厄介なタイプだった。


「康生殿」


麻生がこちらへ歩いてくる。

康生は反射的に右手を後ろへ隠した。

麻生はそれを見た。


「御手を隠されずとも」

「だから御手じゃないです」

「では、工具を」

「工具は俺の手じゃないです」

「では、ぷらずまを」

「それも定着させないでください」


麻生は静かに頷いた。


「承知しました。浄火とは呼びません」

「今、呼んだ」

「訂正します」

「本当にお願いします」


亮太が小声で言う。


「今日は少し勝ってるな」

「これで勝ちなのか」

「昨日よりは」

「基準が低い」


麻生は表情を引き締めた。


「康生殿。旧施設への再調査について、村として準備を整えました」


康生は顔をしかめた。

来た。

やっぱり来た。


「…本当に行くんですね」

「必要です」

「俺、あそこから逃げてきたんですけど」

「はい」


アオイが頷く。


「旧施設からの離脱後、未確認区画が多数残存しています」

「そこ、淡々と肯定しないで」

「事実です」


康生は村の外れへ視線を向けた。

森の向こう。

崩れた旧道路の先。

最初に目覚めた施設がある。

アオイと出会い、クリーチャーから逃げ、訳の分からない身体になっていたことを知った場所。

康生にとって、あそこは出発点というより、事故現場に近い。


「戻りたくないな」

「戻る必要があります」


アオイは言った。


「未確認区画、旧中枢、ピコマシン高濃度区画、通信設備、保守資材。加えて、格納区画が残存している可能性があります」

「格納区画?」


康生は眉を寄せた。


「何があるんだ」

「記録が断片的です」

「断片的って嫌な言い方だな」

「ただし、移動用作業艇に関するログがあります」

「作業艇?」


亮太も反応した。


「船か?」

「厳密には船ではありません」


アオイが答える。


「旧文明の小型長距離作業艇です。反重力ユニットを搭載している可能性があります」

康生はしばらく黙った。

「反重力」

「はい」

「飛ぶやつ?」

「近似表現としては正しいです」

「そんなのあるなら先に言えよ!」

「情報の信頼度が低かったため、提示を保留していました」

「今は信頼できるのか」

「旧施設再調査により確認可能です」

「結局、行かないと分からないやつか」

「はい」


康生は頭を掻いた。

反重力の作業艇。

そんなものが本当に残っているなら、今後の移動は一気に楽になる。

これから先、またどこか遠くの施設へ向かうことになるなら、徒歩よりはずっとましだ。

けれど、それを取りに行く場所があの旧施設なのが嫌だった。


「あそこ、まだ何かいるかもしれないんだろ」

「はい」

「大型みたいなのが奥にいたよな」

「未確認大型反応は、当時の逃走時に確認しています」

「それ、今もいる?」

「不明です」

「不明が一番怖い」


亮太が静かに言った。


「だから調査がいる」


康生は亮太を見る。

亮太の左腕はまだ吊られている。

昨日より顔色は良い。

だが、戦える状態ではない。


「お前は来るなよ」

「案内はできる」

「旧施設の中、案内できるのか?」

「外まではできる。中は知らない」

「じゃあ外まででいい」

「中にも行く」

「腕」

「分かってる」


亮太は少しだけ悔しそうに言った。


「戦闘には出ない。経路確認と退路確保だけだ」


麻生が頷く。


「藤倉は後衛。戦闘参加は禁止する」

「はい」

「盾も持つな」

「…はい」


康生は少しだけ安心した。

亮太は前に出ると、本当に前に出る。

腕が折れていても、たぶん出る。

だから麻生が止めてくれるのは助かった。


「同行者は?」

「康生殿、A.O.I.、藤倉、そして防人二名。千田と真衣をつけます」

「またあの二人?」

「海での調査時、判断が安定していました」

「それは助かります」

「私は村に残ります」


康生は少し意外だった。


「麻生さんは来ないんですか」

「行くべきではありません」


麻生ははっきり言った。


「村長が村を空ける状況ではありません。リン回収施設の定期サンプル提出、食料記録、周辺警戒、防衛隊への報告準備があります」

「ちゃんと村長だ」

「何か」

「いえ、すごく助かります」


本当に助かる。

麻生が同行すると、何かあるたびに神話化が進む。

村に残ってくれるなら、それだけで康生の心理的安全が少し上がる。

アオイが言う。


「康生の心理的負荷、低下」

「言わなくていい」


麻生が少しだけ目を細めた。


「私が同行しないことが、康生殿の負担を減らすのであれば、それもまた村長の務めです」

「変な方向に理解しないでください」

「承知しています」


たぶん承知していない。

でも、今日はもう深掘りしない。

康生はため息をついた。


「で、いつ行くんですか」

「本日中に」

「早くない?」

「施設内の状態は時間とともに悪化する可能性があります」


アオイが即答した。


「加えて、局所プラズマ発生サブルーチンの動作確認が済んだ直後です。工具機能を活用するには適切です」

「勝手に入れた機能を、すぐ使う前提にするな」

「有効です」

「有効かどうかじゃないんだよ」

亮太が言う。

「でも、古い扉を開けるには使えるんだろ」

「使える」

「なら使うしかないな」

「お前までそっち側か」

「便利なものは便利だ」

「正論がつらい」


康生は右手を見る。

見た目は普通の手だ。

だが、指先に意識を向けると、昨日の青白い光の感覚がうっすら残っている。

工具機能。

戦闘用ではない。

そう思うと、少しだけ受け入れやすい。

ただし、勝手に追加されたことは許していない。


「アオイ」

「はい」

「今後、俺の身体に勝手な機能追加はするな」

「必要性が高い場合は提案します」

「提案だけだぞ」

「はい」

「本当に?」

「基本的には」

「今、余計な言葉がついた」

「緊急時は例外です」

「緊急時って便利な言葉だな」

「はい」

「褒めてない」

「承知しています」


康生は深く息を吐いた。

どうせまた勝てない。

だが、言っておくことは大事だ。

たぶん。


     *


出発の準備は、思ったより早く終わった。

水。

干し肉。

穀物を固めた携帯食。

縄。

測量杭。

古い布。

灯り。

採取瓶。

そして、アオイの端末。

千田は槍と短い鉈を持っていた。

真衣は弓と矢筒、それから細い金属杭を持っている。

亮太は盾を持っていない。

その代わり、測量杭と小さな短刀だけだった。


「本当に前に出るなよ」


康生が言うと、亮太は少しむっとした顔をした。


「分かってる」

「分かってるやつは、だいたい出る」

「康生さんもだろ」

「俺は出るしかない場合が多い」

「俺もそうだった」

「今は腕折れてる」

「分かってる」


亮太は少しだけ視線を逸らした。

康生は言いすぎたかと思った。

けれど、言わないと駄目だ。


「お前が前に出ると、こっちが怖いんだよ」


亮太がこちらを見る。


「康生さんが?」

「そうだよ」

「なんで」

「お前が怪我すると、俺が困る」

「…そうか」

亮太は少しだけ変な顔をした。

照れているのか、困っているのか分からない。


「じゃあ、なるべく困らせない」

「頼む」


アオイが横から言う。


「藤倉亮太の保全優先度を一時的に上げます」

「物みたいに言うな」


亮太が顔をしかめる。


「保全って何だ」

「守るって意味でいい」


康生が言う。


「アオイの言い方が悪いだけだ」

「そうか」

「はい。表現精度を調整します」

「お前も認めるのか」


村の門へ向かう途中、子供たちが集まっていた。

手には木の枝。

たぶん、ぷらずまごっこの続きだ。


「康生さま!」

「様じゃない」

「ぷらずま、また出す?」

「出さない」

「なんで?」

「危ないから」

「ちょっとだけ」

「駄目」

「浄火?」

「違う」

「工具?」

「そう、工具」


子供は真剣に頷いた。


「天輪様の工具」

「惜しいけど違う」


亮太が横で笑いをこらえている。

康生は睨んだ。


「笑うな」

「笑ってない」

「顔が笑ってる」


門の前では、麻生守が待っていた。

その後ろには、数人の村人がいる。

何か儀式でも始まりそうな雰囲気だったので、康生は足を止めた。


「麻生さん」

「はい」

「普通に見送ってください」

「承知しています」

「本当に?」

「はい。今回は旧施設調査です。村として、実務的に送り出します」

「助かります」


麻生は頷いた。

そして、深く頭を下げた。


「康生殿。どうかご無事で」

「ありがとうございます」


ここまでは普通だった。

麻生は顔を上げる。


「旧き胎より生まれし謎を、どうか――」

「普通に!」


麻生は口を閉じた。

亮太が小声で言う。


「惜しかったな」

「今のは負けかけた」

「止められたから勝ちだ」

「勝ちの基準が本当に低い」


麻生は少し咳払いした。


「旧施設の状態を、確認してきてください」

「はい。それでお願いします」

「必要なものがあれば、持ち帰ってください」

「分かりました」

「危険であれば、撤退を」


康生は少しだけ麻生を見直した。


「そこはちゃんと言ってくれるんですね」

「村長ですので」

「はい」

「康生殿が無理をすれば、村も困ります」

「便利屋扱いだ」

「違います」


麻生は真面目な顔で言った。


「今の村には、あなたが必要です」


康生は返事に困った。

神だと言われるよりはいい。

でも、必要だと言われるのも、それはそれで重い。

亮太が助け舟を出すように言った。


「だから無理するなってことだ」

「分かってる」

「分かってるやつは、だいたい無理する」

「さっき俺が言ったやつ返すな」

「便利だからな」


アオイが言う。


「出発を推奨します。日没前に旧施設外縁へ到着可能です」


康生は頷いた。


「行くか」


門が開く。

外の森が見えた。

最初に逃げてきた道。

戻りたくなかった場所へ続く道。

康生は一歩踏み出した。


     *


旧施設への道は、村からそう遠くない。

ただし、遠くないことと安全なことは別だった。

森は深く、足元には古い舗装路が途切れ途切れに残っている。

ところどころに、旧文明の柵や標識が倒れていた。

アオイが康生の斜め横を歩く。

亮太は少し後ろで、千田と真衣が左右を警戒していた。


「敵性反応は?」

「近距離には確認できません」

「遠距離は」

「小型反応が二。移動方向は逆です」

「よし」

「ただし、旧施設周辺は地下構造物が多く、走査精度が低下します」

「嫌な補足」

「必要です」

「知ってる」


道の途中に、崩れた標識があった。

文字は半分消えている。


――神代重工 環境材料研究区画

――関係者以外立入禁止


康生は足を止めた。


「神代重工」

「はい」


アオイが言う。


「旧施設の運営母体の一つです」

「俺を作った会社?」

「正確には、あなたの再構成に利用された施設を保有していた企業グループです」

「それ、だいたい同じだろ」

「厳密には異なります」

「厳密じゃなくていい時もある」


標識の下には、古いロゴが残っていた。

青い円。

その中に、細かい点が集まって形を作っているような図。

ピコマシンのイメージなのだろうか。

康生はそれを見て、少し気分が悪くなった。


「ここで、俺は作られたんだよな」

「はい」

「人間だった俺の死体があったわけじゃないんだよな」

「はい。あなたの肉体原本は存在しません」

「原本って言うな」

「では、肉体由来個体」

「もっと嫌だ」


亮太が少し眉を寄せた。


「康生さん、大丈夫か」

「大丈夫ではないけど、動ける」

「戻るか?」


康生は標識を見た。

戻りたい。

本当は戻りたい。

でも、戻っても何も分からない。

自分が何なのか。

アオイが何なのか。

この身体がどこまで壊れたら終わるのか。

旧施設に何が残っているのか。

分からないままになる。


「行く」


康生は言った。


「戻りたくないけど、行く」


アオイがこちらを見る。


「記録しますか」

「しなくていい」

「了解しました」


少し進むと、森が開けた。

そこに、旧施設の外壁が見えた。

白かったはずの壁は、蔓と苔と黒い汚れに覆われている。

一部は崩れ、鉄骨が露出していた。

扉の一つは歪み、地面には割れたコンクリート片が散らばっている。

そして、その奥に。

康生が最初に出てきた、あの破れた出入口があった。

暗い穴。

ひび割れた壁。

その周囲には、以前の戦闘の痕跡が残っている。

康生は足を止めた。

胸の奥が、少しだけ冷える。

目を覚ました時のことを思い出す。

知らない天井。

白い部屋。

アオイの声。

ピコマシン集合体。

規約違反者。

外に出たら、怪物。


「…戻ってきたな」


声が勝手に出た。

亮太が隣に立つ。


「ここか」

「ああ」

「康生さんが目覚めた場所」

「できれば、そういう言い方しないでほしい」

「悪い」

「いや、事実だけどさ」


アオイが施設を見上げる。


「外壁損傷、進行。内部電力反応、微弱。旧中枢への接続可能性あり。地下区画に未確認空間反応」

「未確認空間」

「はい」

「つまり、まだ奥がある」

「はい」


康生は右手を見た。

昨日出した青白い光。

工具。

浄火ではない。

工具。

たぶん、すぐに使うことになる。


「入口、通れるか」


千田が先に近づき、内部を覗く。


「一人ずつなら通れます。ただ、奥の扉が半分閉じています」


真衣が弓を構えたまま言う。


「中、音がします」


全員が黙った。

康生も耳を澄ませる。

施設の奥から、低い音が聞こえた。

機械音か。

風か。

何かが動く音か。

分からない。

アオイの瞳が淡く光る。


「敵性反応、確定できません。ただし、微細振動を確認」

「いるかもしれない」

「はい」

「いないかもしれない」

「はい」

「一番嫌なやつだな」


亮太が測量杭を握る。


「退路は俺が見る」

「前に出るなよ」

「分かってる」

「本当に?」

「分かってる」

「よし」


康生は深く息を吸った。

逃げたい。

戻りたくない。

だが、ここに戻らなければ分からないことがある。

自分のこと。

アオイのこと。

この世界で生きるための道具のこと。

それに、もしかすると反重力作業艇とやらも。


「…行くぞ」


康生は旧施設の暗い入口へ一歩踏み出した。

アオイが隣に並ぶ。


「はい、康生」


暗い穴の向こうで、古い施設が低く鳴っていた。

それはまるで、逃げた男が戻ってくるのを、ずっと待っていたような音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ