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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐


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第十二話 起きたら祭壇ができていた

目を開けた瞬間、石田康生は思った。

知らない天井だ。

いや、正確には天井ではなかった。

半分崩れたコンクリートの屋根。

そこに木材と金属板が継ぎ足され、隙間から朝の光が差し込んでいる。

銀色の粒子が、その光の中をゆっくり舞っていた。

「……どこだっけ」

声は出た。

かすれてはいたが、ちゃんと出た。

身体もある。

指も動く。

腕も、足も、たぶんある。

康生はゆっくり瞬きをした。

三百二十七年後。

未来の日本。

旧文明の遺構。

村。

大型の化け物。

天からの光。

頭上の光る輪。

麻生守が膝をついた顔。

そこまで思い出したところで、康生は目を閉じた。

「……悪夢だったことにならない?」

「なりません」

横から、聞き慣れた無機質な声がした。

康生は顔だけを向ける。

祠の隅に、黒髪の少女が座っていた。

肩上で切りそろえられた髪。

少し冷たく見える目元。

自分で設定した、妙に好みの顔。

アオイは、何かの板のようなものを膝に置き、淡々とこちらを見ていた。

「おはようございます、規約違反者」

「寝起きに最悪の呼びかけをするな」

「では、おはようございます、石田康生」

「最初からそれでいい」

康生は体を起こそうとした。

起き上がれた。

少し重い。

だが、動ける。

身体が崩れそうだった感覚はない。

指先が透けていたような気もしたが、今は普通に見える。

普通という言葉を、この身体に使っていいのかは分からないが。

「俺、どれくらい寝てた?」

「七十九時間十二分四十秒です」

「三日ちょっとか」

「はい」

「体感、一瞬だな」

「休眠状態でした」

「便利だな、この身体」

「過負荷と熱に弱い点を除けば、利便性は高いです」

「除くところが致命的すぎる」

康生は軽く肩を回した。

少し軋むような違和感はある。

だが、痛みはほとんどない。

ふと、祠の中を見回す。

そこで、康生の動きが止まった。

祠の中の様子が、明らかに変わっていた。

床はきれいに掃かれている。

古い埃も、崩れた瓦礫も、ほとんど片付けられていた。

壁際には、水の入った器。

乾燥させた果物のようなもの。

小さな焼き魚。

布で包まれた穀物。

それから、なぜか磨かれた金属片が、几帳面に並べられている。

祠の入口には、しめ縄のようなものまで張られていた。

康生は黙った。

もう一度、見回した。

やっぱり、ある。

「……アオイ」

「はい」

「ここ、なにかあったのか?」

「あなたの休眠中、村人による清掃、補修、供物の設置、防護柵の新設が行われました」

「供物」

「はい」

「一応聞くけどさ」

康生は冷や汗を流しながら続ける。

あ、冷や汗は出るんだな、と他人事のように思った。

「それって、俺に?」

「はい」

康生は天井を見た。

「寝てる間に悪化してる……」

「予測通りです」

「予測できてたなら止めろよ」

「停止権限がありません」

「口はあるだろ」

「発言はしました」

「何て?」

アオイは表情を変えずに答えた。

「信仰形成は社会統制に有効です、と」

「煽ってるじゃねえか!」

「事実です」

「お前の事実はだいたい俺を不幸にする!」

康生は頭を抱えた。

その時、祠の外から足音が聞こえた。

控えめに。

しかし確実に、こちらへ近づいてくる足音。

「起きたか」

入口から顔を出したのは、藤倉亮太だった。

左腕は布で吊られている。

顔色は以前より少し良い。

だが、疲れはまだ残っているようだった。

亮太は康生を見るなり、少しだけ安心したように息を吐いた。

「よかった。ちゃんと起きたな」

「亮太」

「何だ」

「ここ、どうなってる?」

亮太は一秒だけ黙った。

その沈黙で、康生はだいたい察した。

「……悪い」

「第一声で謝る状況なのか」

「止められなかった」

「だろうな!」

康生は起き上がり、祠の入口へ這うように近づいた。

外を見た。

そして、固まった。

祠の前には、簡易的な柵が作られていた。

木の杭と金属片を組み合わせたものだ。

その外側には、細い道が整えられている。

道の両側には、小さな石が並べられていた。

さらに少し離れたところには、古い金属パイプを組んだ鳥居のようなものまで立っている。

そこに、木の板が掛かっていた。

康生は目を細める。

字が書いてある。

『天輪様御休所』

康生は静かに祠の中へ戻った。

「寝るわ」

「起きろ」

亮太が即座に言った。

「これは夢だ」

「現実だ」

「じゃあ現実の方を直せ」

「俺には無理だった」

「そこを何とかしろよ、普通枠!」

「普通枠にも限界がある」

アオイが横から言った。

「藤倉亮太は、あなたが神格化されることを抑制しようと三度試みました」

「おお」

「すべて失敗しました」

「おお……」

「一度目は『康生さんは本気で嫌がっている』と発言」

「ありがたい」

「麻生守に『天輪様の御心を最も近くで感じ取る者』と解釈されました」

「亮太まで巻き込まれてる!」

亮太が苦い顔で頷いた。

「今、俺は村長から見て、天輪様の近侍らしい」

「近侍」

「近くで仕える者、だそうだ」

「ごめん」

「謝られると余計に困る」

アオイは続けた。

「二度目は『康生さんは神じゃない』と発言」

「まとも」

「村人から『近侍である藤倉亮太が、天輪様の謙遜を守っている』と解釈されました」

「詰んでる」

「三度目は?」

康生が聞くと、亮太が顔をしかめた。

「俺が、あんたは怖がってたって言った」

「それ大事」

「そしたら村長が言った」

「何て?」

亮太は目を逸らした。

「民と同じ恐れを知りながら、なお前に立つ御方こそ尊い、と」

康生は両手で顔を覆った。

「強すぎる……」

「村長、こうなると強いんだ」

「方向性が最悪だろ」

「悪い人じゃないんだがな」

「知ってる。だから余計にしんどい」

祠の外から、ざわめきが聞こえた。

康生が顔を上げる。

柵の向こうに、村人たちが集まり始めていた。

誰かが、康生の目覚めに気づいたらしい。

年寄り。

大人。

子供。

皆、遠巻きにこちらを見ている。

目が合った瞬間、何人かが頭を下げた。

康生は反射的に手を上げた。

「いや、どうも……」

それを見た子供の一人が、小さく叫んだ。

「天輪様が手を振った!」

「振ってない! いや振ったけど違う!」

村人たちがざわめく。

「お目覚めになったぞ」

「御身は戻られたのか」

「ありがたい……」

「天輪様……」

「ありがたくない!」

康生は叫んだが、村人たちには届かなかった。

いや、届いてはいるのかもしれない。

ただ、意味が変換されている。

康生は亮太を見た。

「これ、どうすればいい?」

「俺に聞くな」

「アオイ」

「信仰を受け入れ、村の防衛体制強化に利用することを推奨します」

「お前にも聞くんじゃなかった」

その時、人垣が自然に割れた。

麻生守が歩いてくる。

背筋は伸びている。

目は鋭い。

だが、その鋭さの質が変わっていた。

以前は、康生を疑い、排除すべきか見極める目だった。

今は違う。

完全に、拝む対象を見ている。

康生は小さく呟いた。

「来た……」

麻生は祠の前まで来ると、柵の外で深く頭を下げた。

「天輪様。お目覚め、恐悦至極に存じます」

「起きた瞬間から重い」

「御身のご回復、村の者一同、心よりお待ち申し上げておりました」

「その御身って言い方、やめません?」

「畏まりました。康生様」

「様もやめません?」

麻生は少しだけ悩んだ。

真剣に悩んでいた。

「では、康生殿」

「それでお願いします」

康生はほっとした。

一歩前進だ。

「康生殿。天輪様としてのお目覚め、まことに――」

「混ぜるな!」

一歩戻った。

亮太が小さく言った。

「前よりはましだ」

「本当に?」

「天輪御方様よりはましだ」

「そんな最悪の進化形あったの?」

「一時期あった」

「止めてくれてありがとう」

「それだけは全力で止めた」

康生は、亮太の右肩を叩きたくなった。

だが、まだ身体が本調子ではないのでやめた。

麻生は真面目な顔で続ける。

「康生殿。まずは、改めて礼を申し上げます」

「いや、それは……」

「あなたがいなければ、この村は滅んでおりました」

康生は言葉に詰まった。

その言い方は、正面から否定しづらい。

実際、大型個体を止めたのは康生だった。

天からの光を浴びて、制限解除されて、殴って、倒した。

自分だけの力ではない。

亮太が時間を稼いだ。

村人たちが戦った。

麻生も前へ出た。

アオイの解析もあった。

軌道送電衛星も一回で壊れた。

それでも、最後に倒したのは康生だ。

だから、そこだけは軽く流せなかった。

「……礼は受け取ります」

麻生の目がわずかに見開かれた。

村人たちも息を呑む。

康生は慌てて続けた。

「でも、俺一人でやったことじゃないです。亮太も、村のみんなも、麻生さんも、アオイもいた。だから、俺だけを拝むのは違う」

麻生は深く頷いた。

「皆の働きを尊ぶ御心、しかと受け止めました」

「違う、そうじゃない」

「今後は、村を挙げて、康生殿の御心に恥じぬ働きをいたします」

「ほら悪化してる!」

康生は頭を抱えた。

アオイが小声で言う。

「発言の信仰変換率が高いです」

「変換率を下げる方法は?」

「現時点では不明」

「使えねえ!」

「ですが、社会的影響力は上昇しています」

「上げたくない!」

麻生が不思議そうに康生を見る。

「御不快でしたか」

「不快というか、怖いです」

村人たちがざわめいた。

麻生は目を細める。

「恐れを隠さぬとは」

「また何か始まった」

「康生殿は、我らと同じ地に立ってくださる」

「亮太、翻訳止めて」

「止まらない」

亮太は諦めた顔をしていた。

康生は息を吐いた。

どうやら、否定すればするほど深みに沈むらしい。

なら、少し言い方を変えるしかない。

「麻生さん」

「はい」

「とりあえず、俺を祀るのはやめましょう」

麻生は静かに首を横に振った。

「それはできません」

「なぜ」

「村が救われた事実を、なかったことにはできませぬ」

康生は黙った。

その言い方は、ずるかった。

祀るな。

拝むな。

神扱いするな。

それは言える。

だが、村人たちが救われたと感じたことまで否定するのは、違う気がした。

康生は口を開きかけて、閉じた。

アオイがこちらを見る。

「沈黙が発生しました。深慮と解釈される可能性があります」

「もう黙ってても駄目か」

「はい」

亮太が小さく笑った。

「大変だな、康生さん」

「他人事みたいに」

「俺は近侍だからな」

「ちょっと受け入れてるだろ」

「諦めただけだ」

麻生が一歩下がり、深く頭を下げた。

「康生殿。御身がご回復されたばかりであることは承知しております。ですが、折り入ってご相談がございます」

康生は嫌な予感がした。

「相談」

「はい」

「今すぐじゃないと駄目ですか」

「本来であれば、御身を休ませるべきと存じます」

「じゃあ休ませてください」

「ですが、村の命に関わります」

「そういう言い方する……」

康生は天井を仰いだ。

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