第十三話 黒塔
断りづらい。
とても断りづらい。
「内容だけ聞きます」
麻生は頷いた。
「先日の大型個体の襲撃以降、森の様子が変わっております」
亮太の顔も少し真面目になった。
「大型が出た方向だ。あの奥に、昔から近づいちゃいけない遺構がある」
「近づいちゃいけない遺構」
康生はアオイを見る。
「何か知ってるか」
「位置情報が必要です」
亮太が地面に簡単な図を描く。
村。
森。
康生が出てきた地下施設。
そして、そのさらに奥。
亮太が指差した。
「ここだ。村では、黒塔って呼ばれてる」
「黒塔」
「遠くから見ると、黒い塔みたいなものが立ってる。近づくと方角が分からなくなる。昔、何人か調べに行って戻らなかった」
「絶対行きたくない場所だな」
アオイの瞳が淡く光った。
「該当地域に旧文明施設反応があります」
「何の施設?」
「断片記録と照合中」
半透明のパネルが康生の前に浮かぶ。
文字化けした古い記録。
施設名らしきもの。
破損したロゴ。
警告表示。
アオイは数秒黙ったあと、言った。
「神代重工、北部第七演算塔跡の可能性があります」
康生は眉をひそめた。
「演算塔?」
「旧文明末期、広域監視、災害予測、軍事補助演算、敵性群体挙動解析に用いられた施設です」
「それ、使えるのか」
「稼働していれば、周辺情報の取得に有用です」
「稼働してなければ?」
「危険な廃墟です」
「だろうな」
アオイはさらに続けた。
「ただし、先日の大型敵性個体の移動経路と一致しています」
亮太が顔を上げる。
「つまり、あいつは黒塔の方から来たのか」
「可能性が高いです」
麻生の表情が険しくなる。
「黒塔から、あのようなものが出てきたということか」
「現時点では不明です。ですが、調査は推奨されます」
康生はアオイを睨んだ。
「推奨するな」
「放置した場合、第二波の発生確率があります」
「言い方」
「より危険な個体が出現する可能性もあります」
「もっと悪い」
亮太が静かに言った。
「村長。俺が行きます」
「腕折れてるだろ」
康生は即座に言った。
亮太は苦い顔をする。
「でも、誰かが見に行かないとまずい」
「だからって折れた腕で行くな」
「防人だ」
「怪我人だ」
亮太は言い返そうとして、口を閉じた。
麻生が康生を見る。
その目に、期待があった。
やめろ。
康生は心の中で思った。
その目をするな。
アオイが淡々と告げる。
「黒塔に接続できれば、私の解析能力を拡張できる可能性があります」
「行きたそうだな、お前」
「はい」
「素直」
「情報不足は生存率を低下させます」
「それは、まあ、そうだけど」
康生は祠の外を見た。
村人たちが不安そうにこちらを見ている。
子供たちもいる。
先日の戦いで怪我をした者もいる。
壊れた門の修理をしている者もいる。
この村は、自分を勝手に祀った。
正直、怖い。
全力で怖い。
でも、あの大型個体がもう一度来たら、この村はたぶん耐えられない。
康生は深く息を吐いた。
「……分かった」
麻生の顔が明るくなる。
「では」
「調査はする。ただし」
康生は指を立てた。
「拝むな」
麻生は黙った。
「あと、天輪様禁止」
「……康生殿」
「それでいい」
「承知しました」
「それから、勝手に祠を増築しない」
麻生は目を逸らした。
康生は目を細める。
「もう何かしてる?」
「雨を防ぐため、屋根を少々」
「少々ってどれくらい」
亮太が小声で言った。
「祠の横に小屋を建て始めてる」
「早いな!」
「天輪様の休まれる場所だからって」
「行動力を別の方向に使え!」
麻生は真剣な顔で言った。
「御不満であれば、造りを改めます」
「造るなって話です」
「では、仮小屋に」
「そうじゃない」
アオイが横から言う。
「拠点設備の整備は有用です」
「お前は黙ってろ」
「寝床、保管庫、整備台、監視所があれば活動効率が上昇します」
「ちょっと便利そうに言うな」
「実際に便利です」
康生は頭を抱えた。
信仰を止めたい。
でも、拠点は欲しい。
整備台も、情報収集も、寝床も、たぶん必要だ。
悔しい。
悔しいが、アオイの言うことは一部正しい。
「……宗教施設じゃなくて、作業小屋な」
麻生は深く頷いた。
「天輪様の作業小屋」
「天輪様を抜け」
「康生殿の作業小屋」
「殿も抜け」
麻生は少し苦しそうな顔をした。
「康生の作業小屋」
「よし」
亮太が小さく笑った。
「一歩進んだな」
「進んだのか、これ」
「天輪様御休所よりは進んでる」
「比較対象がひどい」
康生は立ち上がろうとした。
ふらついた。
アオイがすぐに支える。
「歩行は可能ですが、全力行動は非推奨です」
「分かってる」
「黒塔調査の前に、最低二十四時間の追加休息を推奨します」
「それは採用」
麻生が頷く。
「では、明朝、出立の準備を整えます」
「早い」
「黒塔の異変を放置するわけには参りません」
「それはそうだけど」
亮太が言った。
「俺も行く」
「腕」
「片腕でも案内はできる」
康生は亮太を見る。
無理するな、と言いたかった。
だが、黒塔の場所を知っているのは亮太だ。
村の外を歩けるのも、たぶん亮太だ。
「案内だけな」
「分かった」
「戦うなよ」
「状況による」
「それ、戦うやつの返事」
アオイが告げる。
「私も同行します」
「お前は当然だろ。俺の支援端末なんだから」
「監視端末でもあります」
「それ言わなくていい」
麻生が深く頭を下げた。
「では、康生殿。明朝、黒塔の調査をお願いいたします」
「お願いされました」
「村の者には、康生殿の御心に従い、過度な礼拝を控えるよう申し伝えます」
「過度じゃない礼拝も控えて」
「努力します」
「努力じゃなくて実行して」
麻生は少しだけ困った顔をした。
康生は、その顔を見て、なぜか少しだけ笑ってしまった。
この人は本気なのだ。
本気で村を守りたい。
本気で康生を何か尊いものだと思っている。
本気だからこそ、面倒くさい。
「麻生さん」
「はい」
「俺は神じゃないです」
麻生は静かに康生を見る。
「そのお言葉も、村の者に伝えましょう」
「そのまま伝えてください」
「康生殿は、神ではないと仰せである、と」
「仰せもいらない」
「……難しいですな」
「そこ難しくないだろ」
亮太が横で笑いをこらえていた。
アオイは無表情のまま記録している。
康生は空を見上げた。
三百二十七年後の空は、相変わらず少しねじれていた。
薄い虹色の膜が、雲の奥で揺れている。
自分は死んだはずだった。
チートをして。
管理AIと遊んで。
規約違反者として終わったはずだった。
それが今は、未来の村で祀られ、黒塔と呼ばれる旧文明施設を調べに行くことになっている。
「……俺の人生、どこでこうなったんだろうな」
アオイが即答した。
「最初の規約違反です」
「お前、それ気に入ってるだろ」
「事実です」
「やっぱりお前、あとで説教な」
「記録しました」
「記録するな」
祠の外で、村人たちが頭を下げそうになる。
康生は慌てて手を振った。
「下げなくていい! 普通で! 普通にして!」
村人たちは戸惑いながら、ぎこちなく背筋を伸ばした。
それだけで、少しだけ前進した気がした。
本当に少しだけだが。
その日の夕方。
村の外れでは、『康生殿の作業小屋』と書かれた板から、慌てて「殿」の文字が削られていた。
さらにその下に、小さく書き足されていた。
『天輪様仮御所ではありません』
康生はそれを見て、しばらく黙った。
「……逆に怪しいだろ」
アオイが言った。
「否定文による認知誘導に失敗しています」
「誰が書いた」
亮太が目を逸らした。
「村長」
「だと思ったよ!」
そして翌朝。
規約違反者は、元監視AIと、片腕を吊った防人と共に、黒塔へ向かうことになる。




