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規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

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第百五話 逸らす作戦

壊せない。


その結論が出たあと、整備区画はしばらく静かだった。


T-LANCEは使えない。

右手も使えない。

受電光環の照射系も使えない。

重力兵器も、炉群の高出力連動も、放置も、避難も、主対策にはならない。


一つずつ消していった結果、中央表示に残った言葉は一つだけだった。


――軌道変更。


康生はその文字を見ていた。


「逸らす、か」


「はい」


アオイが答える。


「外部質量体を破壊するのではなく、地球近傍構造への干渉を避ける方向へ移動成分を変えます」


「分かりやすく」


「当たらないように、進む先を少し変えます」


「それは分かりやすい」


「ただし、実行は困難です」


「そこも分かりやすい」


中央表示に、外部質量体の模式図が浮かぶ。


黒い質量反応候補。

それを包む黄色い変異位相帯。

周囲に伸びる薄い歪み。

地球近傍位相構造へ向かう、まだ不安定な移動予測線。


そこへ、細い矢印が追加される。


正面から止めるのではない。

横から少しだけ押す。

移動の角度を変える。


たったそれだけの図なのに、相手が火星質量級かもしれないと思うと、冗談にしか見えない。


康生は言う。


「これ、絵だと簡単そうだけど」


「実際は簡単ではありません」


「知ってる」


相馬が端末を操作する。


「必要条件を出してください」


アオイが頷く。


――軌道変更作戦、必要条件。

――一、外部質量体の正確な位置と移動成分。

――二、変異位相帯の流れの把握。

――三、地球近傍位相構造との干渉予測。

――四、早期微小干渉の実施点。

――五、長時間観測の維持。

――六、干渉後の再観測と補正。

――七、高出力破壊兵器の不使用。

――八、康生右構成部の高出力不使用。

――九、T-LANCE再使用禁止。

――十、監視網の隠蔽なし。


康生は最後の項目を見た。


「監視網の隠蔽なし」


「はい」


アオイが答える。


「エリア51の失敗を繰り返さないためです」


「作戦条件に入るのか」


「入ります」


「技術条件じゃなくて?」


「技術条件でもあります」


アオイは表示を少し拡大した。


――監視情報を隠蔽した場合、誤判断リスク上昇。

――危険な手段の正当化リスク上昇。

――再使用禁止対象の再評価なし使用リスク上昇。

――局所合理性による全体崩壊リスク。


康生は苦い顔をした。


「局所合理性」


「はい」


「三沢の未処理警報で出たやつだな」


「はい。自分たちの生存圏、自分たちの都市、自分たちの施設だけを見れば、危険な判断にも理由が生まれます」


「全部見ないと駄目か」


「はい」


麻生が静かに言う。


「見張られることを嫌う力は、いずれ人を焼きますな」


康生は右手をちらりと見た。


「耳が痛い」


「必要な痛みです」


アオイが言う。


「お前まで」


「はい」


相馬が次を出す。


「利用可能な資源を整理します」


表示が切り替わる。


――利用可能資源。

――三沢暫定監視網。

――エリア51取得記録。

――白海損傷域基準反応。

――しらぬい観測系。

――練馬地下核融合施設、出力三パーセント維持。

――練馬航空整備区画、旧軌道通信リンク探索。

――奥飛騨炭素固定複合施設、低負荷反応。

――海洋リン回収施設、低負荷反応。

――受電光環残存センサー群。

――旧衛星群。

――康生構成体、補助観測点候補。

――アオイ、統合解析。


康生は表示を見て、少しだけ眉を上げる。


「奥飛騨と海洋リンも使うのか」


「監視補助です」


アオイが答える。


「奥飛騨は地下熱・炭素固定反応系、海洋リン回収施設は海洋側の広域低負荷反応を持っています。直接外部質量体を動かす力にはなりませんが、地球側の環境反応監視に使えます」


「地球が変な反応してないか見る?」


「はい」


「なるほど」


森川が練馬の項目を見る。


「練馬は三パーセント維持が絶対です。上げるとしても短時間の通信補助までです」


「はい」


アオイが頷く。


「生活維持を崩しません」


康生も頷いた。


「東京地下の灯りは守る」


「はい」


しらぬいから通信が入る。


「こちら、しらぬい。観測系の上位同期は可能。ただし、艦載炉の高出力運用は推奨しません」


相馬が答える。


「火器管制系は」


「使用しません。観測系と通信中継のみを提供します」


「了解」


中央表示に、しらぬいの位置が追加される。


太平洋上。

白海損傷域から離れた海域を航行しながら、三沢、練馬、旧衛星群の中継点になる。


三沢は北から見る。

しらぬいは海から見る。

練馬は地下で通信を繋ぐ。

エリア51は過去の記録を渡す。

白海損傷域は、使ってしまった傷を基準にする。

康生は、壊す手ではなく補助観測点になる。


それらを全部束ねて、空を見る。


「本当に、見る話ばっかりだな」


康生が言った。


「はい」


アオイが答える。


「見ることが、最初の作戦です」


「撃つより地味だ」


「はい」


「でも、撃つと駄目だった」


「はい」


「なら、地味でいいか」


「はい」


相馬が作戦の第一段階を表示する。


――最終作戦案、第一段階。

――軌道観測網復旧。

――目的、外部質量体の位置・移動成分・位相帯流を把握。

――使用対象、受電光環残存センサー群、旧衛星群、しらぬい観測系、三沢監視網。

――禁止、受電光環照射系起動。

――禁止、T-LANCE使用。

――禁止、右構成部高出力運用。

――禁止、重力兵器運用。


森川が言う。


「まず、天輪の残骸を起こす」


「見るために」


康生が言う。


「はい」


アオイが答える。


「見るために」


第二段階が表示される。


――第二段階。

――変異位相帯の流れを読む。

――目的、外部質量体が乗っている位相流の方向と強度を推定。

――参照、Sample-09追跡ログ。

――参照、白海損傷域基準反応。

――参照、三沢軌道監視記録。

――必要、長時間観測。

――必要、補正計算。


康生は「流れ」という言葉に引っかかった。


「川みたいなものか」


「近い表現です」


アオイが言う。


「ただし、水ではなく、時空歪みと変異位相帯の流れです」


「そこに外部質量体が乗ってる」


「可能性があります」


「なら、流れを変える?」


「直接変えるのは危険です」


「じゃあ」


第三段階が表示された。


――第三段階。

――同期干渉点の選定。

――目的、変異位相帯を破壊せず、移動成分のみを微小変更。

――方法、既存の時空歪みへ同期。

――方法、受電光環残存センサーによる位置補正。

――方法、しらぬい観測系による再補正。

――方法、三沢監視網による低頻度長期監視。

――注意、干渉は破壊ではない。

――注意、干渉量は最小。

――注意、連続補正が必要。


康生はその表示を見た。


「押す場所を探すってことか」


「はい」


「押しすぎると」


「変異位相帯を破壊し、外部領域接続反応が増大する可能性があります」


「押さなさすぎると」


「逸れません」


「嫌な調整だな」


「はい」


相馬が腕を組む。


「干渉に使う力は」


アオイはすぐには答えず、表示を切り替えた。


――干渉手段候補。

――一、受電光環照射系、不可。

――二、T-LANCE、不可。

――三、右構成部高出力、不可。

――四、重力兵器、不可。

――五、既存時空歪みへの同期、可能性あり。

――六、変異位相帯の流れに対する姿勢制御的干渉、可能性あり。

――七、中核特異点炉由来制御系、低出力同期補助として可能性あり。

――八、ブラックホールエンジン、歪み生成ではなく同期・姿勢制御・航路維持に限定。


康生は最後の項目を見る。


「ブラックホールエンジン、出るのか」


「はい」


アオイが答える。


「ただし、時空歪みを作るために使うわけではありません」


「じゃあ何に」


「既に存在する歪みに同期し、姿勢を保ち、干渉点を維持するためです」


「波乗りの板?」


「近い表現です」


「また波乗りか」


「はい」


三沢で見た記録。

エリア51の照射経路逸脱。

Sample-09の流出。


あれらは、歪みに乗って流れた。


七百年前の人間は、それを制御できなかった。

T-LANCEや受電光環で壊そうとした。

隠して、試して、失敗した。


今度は、同じ流れを壊さずに読む。

そして、ほんの少しだけ向きを変える。


「アルクビエレ系航法もここか?」


康生が聞く。


アオイが頷く。


「はい。ただし、自前で莫大な負のエネルギーを生成する方式ではありません。既存の時空歪み、変異位相帯に同期して利用します」


「つまり、波を作るんじゃなくて、ある波に乗る」


「はい」


「で、ブラックホールエンジンは波を作るんじゃなく、板の向きと姿勢を保つ」


「近いです」


「なるほど」


森川が顔をしかめる。


「それを、今ある設備で?」


「全ては無理です」


アオイが答える。


「ですが、外部質量体へ直接向かう必要があるかどうかは、第一段階と第二段階の観測結果次第です」


康生は嫌な予感がした。


「直接向かう可能性、ある?」


「あります」


「宇宙へ?」


「あります」


「やっぱりか」


「まだ確定ではありません」


「確定じゃないけど、準備はいる」


「はい」


千田が端末を見ながら言った。


「宇宙用の靴下に加えて、放熱対策ですね」


康生は思わずそちらを見る。


「靴下から放熱に飛んだ」


「重要です」


「いや、放熱は重要だろうけど」


アオイが頷く。


「はい。宇宙空間での放熱は重大な制約です」


中央表示に、第四段階が出る。


――第四段階。

――接近観測または干渉作業。

――必要、放熱計画。

――通常放熱、カーボン放熱膜、金属放熱板。

――熱容量利用、水、氷、岩石。

――熱質量投棄、必要時。

――空間制御による排熱投棄、緊急手段。

――禁止、高出力連続運用。

――禁止、放熱計画なしの位相干渉。


康生は表示を見て、少しだけ安心した。


泥臭い。


火星級の外部質量体。

変異位相帯。

アルクビエレ系航法。

ブラックホールエンジン。


言葉だけなら、とんでもない話だ。


だが、実際に出てくるのは、放熱膜、金属板、水、氷、岩石、熱を捨てる計画。


「急に現場感あるな」


「はい」


アオイが答える。


「現場です」


「宇宙でも?」


「宇宙でも現場です」


「いいな、それ」


康生は少しだけ笑った。


相馬が第五段階を表示する。


――第五段階。

――軌道変更実施。

――目的、外部質量体を地球近傍位相構造から逸らす。

――手段、変異位相帯の移動成分へ微小干渉。

――必要、連続観測。

――必要、補正。

――必要、干渉後の再解析。

――成功判定、接近予測線の十分な偏向。

――失敗時、再補正。

――禁止、破壊的干渉。


康生はそれを見た。


「一発勝負じゃないのか」


「はい」


アオイが答える。


「一発で決めようとすると、破壊的干渉になります」


「少しずつ押して、見て、また押す」


「はい」


「測定と補正」


「はい」


康生は森川を見る。


「校正みたいだな」


森川は少しだけ驚いた顔をして、それから頷いた。


「近いかもしれません。基準を見て、ずれを測って、補正して、また確認する」


「世界相手に測定かよ」


「はい」


アオイが言う。


「世界相手の測定です」


康生は乾いた笑いを漏らした。


でも、悪くないと思った。


神の一撃より、ずっと自分たちらしい。


練馬。

三沢。

しらぬい。

森川。

相馬。

千田。

麻生。

燈子。

東京地下。

エリア51で止めようとしていた誰か。

三沢へ送れと書き残した誰か。


全部が、少しずつ繋がっている。


それは、神話ではない。


作業だった。


大きすぎる作業。

怖すぎる作業。

失敗すれば終わる作業。


でも、作業なら人間の手が届くかもしれない。


「いいな」


康生が言った。


アオイが聞く。


「何がですか」


「壊すとか撃つとかより、測って補正する方が、まだ人間っぽい」


「はい」


「世界相手の測定ってのは、馬鹿みたいだけど」


「はい」


「でも、いい」


「記録します」


「そこも?」


「重要です」


相馬が作戦案の全体を保存する。


――最終作戦骨子。

――名称案、軌道逸らし作戦。

――目的、外部質量体の地球近傍構造干渉回避。

――基本方針、破壊せず、逸らす。

――第一段階、軌道観測網復旧。

――第二段階、変異位相帯流解析。

――第三段階、同期干渉点選定。

――第四段階、接近観測または干渉作業準備。

――第五段階、軌道変更実施。

――禁止事項、T-LANCE再使用、右構成部高出力、受電光環照射系、重力兵器。

――共有事項、全監視情報を隠蔽しない。

――次工程、天輪残骸の再評価。


「名称、これでいいんですか」


康生が聞く。


「仮称です」


相馬が答える。


「もっとかっこいいのは?」


アオイが言う。


「作戦名の装飾は優先度が低いです」


「だろうな」


麻生が穏やかに言った。


「逸らす、という言葉はよろしいと思います」


「そうですか?」


「壊さぬと決めた言葉ですからな」


康生は少し黙った。


壊さぬと決めた言葉。


たしかに、そうだ。


撃つ。

砕く。

消す。

滅ぼす。


そういう言葉は、気持ちがいい。

強い。

分かりやすい。


だが、白い海を見たあとでは、その気持ちよさが怖い。


逸らす。


少し弱く聞こえる。

少し地味に聞こえる。

でも、それでいい。


「じゃあ、軌道逸らし作戦で」


康生が言う。


アオイが表示を更新する。


――仮称、軌道逸らし作戦。

――登録。


「本当に登録した」


「はい」


「まあ、いいか」


整備区画の天井を見上げても、空は見えない。


だが、その上にあるものを、康生はもう知っている。


荒れた東京の空。

受電光環の残骸。

旧衛星群。

空間位相傷。

外部質量体。


そして、そこへ向かうための最初の一歩は、ここにある。


練馬の細い灯りの下。

古い機械と、疲れた人間たちと、眠っていた監視網。


相馬が言う。


「次は、天輪の残骸です」


アオイが頷く。


「旧軌道観測網の再評価を開始します」


康生は右手を見ずに、中央表示を見た。


使うためではない。

壊すためではない。

神になるためでもない。


人として、測るために。


「じゃあ、空の眼を開こう」


康生が言った。


アオイが答える。


「はい。天輪の残骸を、見るために起こします」


中央表示の地球の外側で、壊れた輪が淡く浮かび上がる。


七百年前に壊れた天輪。


今度は、撃つためではない。


見るために、その残骸へ手を伸ばす。

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