表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
規約違反者と監視AI 〜目覚めた未来で、人間扱いされたくて〜  作者: 八汐
第九章 エリア51編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/116

第百四話 壊せないもの

空の傷は、静かに揺れていた。


練馬航空整備区画の中央表示装置に浮かぶ地球。

その外側に、薄い黄色の帯。

さらにその中心に、黒い質量反応候補。


火星質量級に接近する可能性。


その言葉が出てから、整備区画の空気は変わっていた。


誰も大声を出さない。

誰も慌てて走らない。

機械の音も、いつも通り続いている。


だが、表示を見る人間の目だけが変わっていた。


今までの危機とは、桁が違う。


中継巣は、見れば怖かった。

東京地下の襲撃も、目の前に来れば戦えた。

T-LANCEは、見た目こそただの鉄パイプだったが、保管庫の中にあった。


けれど、空の傷は遠すぎる。


見えない。

触れない。

そこにあると分かったところで、人間の手は届かない。


それなのに、重い。


康生は中央表示を見ていた。


「火星級って、壊せるのか」


口に出してから、自分でも馬鹿なことを言ったと思った。


だが、誰も笑わなかった。


アオイが答える。


「現時点で、破壊は推奨できません」


「推奨できません、じゃなくて」


康生は息を吐く。


「無理だろ」


「はい」


アオイは言った。


「通常の意味での破壊は、現実的ではありません」


相馬が端末を操作する。


「可能性のある対処案を並べます」


中央表示が切り替わる。


――対処案検討。

――対象、空間位相傷中心質量反応候補。

――仮称、外部質量体。

――質量推定、低信頼度。

――最小推定、月質量級を下回る保証なし。

――最大推定、火星質量級に接近する可能性。

――通常天体モデル、不適合。

――変異位相帯に包まれている可能性。

――外部領域接続反応、関連候補。


康生は表示を見た。


名前がついた。


外部質量体。


それだけで、少し近くなったような気がする。

だが、近くなったからといって、扱えるわけではない。


相馬が続ける。


「第一案。T-LANCEによる破壊」


アオイが即座に言う。


「却下します」


早かった。


あまりにも早かったので、康生は思わずアオイを見た。


「まだ表示出てないぞ」


「出る前に却下できます」


「強いな」


「必要です」


中央表示に、遅れて結果が出る。


――T-LANCE使用案。

――対象排除性能、不明。

――対象規模、過大。

――位相境界損傷、極大化リスク。

――外部領域接続反応、増大リスク。

――変異位相帯拡散リスク。

――地球近傍位相構造への二次被害、極大。

――白海損傷域の類似副作用、規模不明。

――結論、使用不可。


康生は画面を見る。


「白い海の比じゃない?」


「はい」


アオイが答える。


「白海損傷域は局所的な中継巣に対する限定使用でした。それでも位相境界損傷、海底熱異常、外部領域接続反応の微増を確認しています」


「空の傷に撃ったら」


「損傷範囲も副作用も予測不能です。対象が変異位相帯に包まれている場合、T-LANCEによって位相帯そのものが裂ける、または拡散する可能性があります」


「分かりやすく」


「空の傷を、さらに大きく破ります」


康生は黙った。


その一言で十分だった。


「却下だな」


「はい」


相馬も頷く。


「T-LANCEは作戦候補から除外。再使用禁止を維持」


表示が更新される。


――T-LANCE案、却下。

――再使用禁止、維持。


相馬が次を出す。


「第二案。康生さんの右構成部による高出力干渉」


康生は思わず右手を見た。


布の下にある。

監視タグは平常範囲だ。


――右構成部監視タグ、平常範囲。

――受電経路形成前兆、なし。

――緊急時自動開放傾向、微弱上昇。


微弱上昇。


出た。


「考えたな」


アオイが言う。


「考えた」


康生は正直に答えた。


「火星級とか言われると、考える」


「使用禁止です」


「分かってる」


「右構成部高出力使用は、康生本体構成への波及崩壊リスクがあります」


「それは前も聞いた」


「加えて、今回の対象は規模が違います」


中央表示が切り替わる。


――右構成部高出力干渉案。

――必要出力、算出不能。

――外部受電経路形成、必須となる可能性。

――中核特異点炉由来反応との局所同期、危険。

――康生本体構成への波及崩壊リスク、極大。

――対象規模に対し、効果不明。

――変異位相帯との予期せぬ同期リスク。

――外部質量体への接続化リスク。

――結論、使用不可。


康生は最後から二番目を見た。


「接続化リスクって」


「康生の右構成部が、外部質量体または変異位相帯と同期し、出力経路ではなく接続経路として固定される可能性です」


「分かりやすく」


アオイは少しだけ間を置いた。


「右手が、空の傷と繋がったままになる可能性があります」


康生は反射的に右手を引いた。


「却下」


「はい」


「絶対却下」


「良い判断です」


監視タグの表示が少し落ち着く。


――緊急時自動開放傾向、低下。

――受電経路形成前兆、なし。


相馬も短く言う。


「右構成部案、却下。高出力運用禁止を維持」


――右構成部案、却下。

――高出力運用禁止、維持。


森川が、次の案を表示する。


「第三案。受電光環残骸の照射系再起動」


康生は眉を寄せた。


「それ、エリア51がやらかしたやつでは」


「はい」


アオイが答える。


「受電光環第三外縁破損、照射経路逸脱、Sample-09流出の原因の一部です」


「じゃあ却下では」


「検討は必要です」


「使うため?」


「使わない理由を明確化するためです」


「なるほど」


中央表示に、受電光環の模式図が出る。


七百年前の軌道構造物。

地球を囲むように配置された受電設備。

破損した第三外縁。

軌道照射経路。

残存センサー群。


その一部は、まだ眠っている。


――受電光環照射系再起動案。

――残存設備、劣化。

――第三外縁、破損。

――照射経路、安定不能。

――変異位相帯との意図せぬ同期リスク。

――旧事故再現リスク。

――Sample-09類似位相帯への干渉リスク。

――高出力運用、危険。

――結論、照射系使用不可。


康生は頷いた。


「まあ、そうだろうな」


「はい」


アオイが答える。


「ただし、残存センサー群は利用可能な可能性があります」


「見る方だけ」


「はい」


「撃つな、見るだけ」


「はい」


相馬が記録する。


「受電光環照射系、使用不可。残存センサー群のみ再評価対象」


――受電光環照射系案、却下。

――残存センサー群、観測用途のみ再評価。


森川が次を表示する。


「第四案。重力兵器、または重力歪みを用いた直接破壊」


康生は、思わず顔をしかめた。


「名前だけで駄目そう」


アオイが答える。


「はい」


表示が出る。


――重力兵器直接破壊案。

――対象質量、過大。

――必要歪み、算出不能。

――地球近傍時空構造への影響、極大。

――変異位相帯との共鳴リスク。

――旧文明崩壊要因との同系統。

――報復連鎖期ログにおける禁忌技術。

――結論、使用不可。


麻生が静かに言う。


「七百年前の失敗を、そのまま繰り返す案ですな」


「ですね」


康生は頷いた。


「却下で」


「はい」


相馬も即座に記録する。


――重力兵器案、却下。


次の案は、さらに現実味が薄かった。


――核融合炉群高出力連動案。

――練馬、奥飛騨、海洋リン回収施設、その他旧炉群連動。

――出力不足。

――制御不能リスク。

――環境系への副作用、極大。

――現行生活維持機能への影響、重大。

――結論、使用不可。


森川が険しい顔をする。


「練馬三パーセントを崩すわけにはいきません」


「はい」


アオイが答える。


「東京地下の生活維持が最優先です」


康生も頷いた。


練馬の灯りは細い。


だが、その細い灯りを壊してまで空の何かを撃つなら、それはもう守っているとは言えない。


「却下」


――炉群高出力連動案、却下。


次。


――T-LANCE複数回使用案。

――保管対象、一基のみ。

――再使用禁止。

――副作用累積、評価不能。

――結論、論外。


康生は思わず声に出した。


「論外って出た」


「はい」


アオイが答える。


「私が追記しました」


「感情入ってない?」


「判断です」


「はい」


相馬も何も言わずに却下した。


次。


――対象放置案。

――接近評価、不能。

――質量反応規模、大。

――地球近傍位相構造への干渉リスク。

――衝突時影響、壊滅的可能性。

――監視のみでの対応、危険。

――結論、放置不可。


康生は少しだけ天井を見た。


「放置も無理か」


「はい」


「まあ、火星級かもって言われて放置はできないよな」


「はい」


次。


――地球側避難案。

――対象規模に対し、地表避難効果限定。

――地下生存圏、長期維持不可。

――地球環境変動時、生存率低。

――結論、主対策として不可。


千田が静かに言う。


「逃げ場がありませんね」


「はい」


アオイが答えた。


「地球全体へ影響する可能性があります」


康生は画面を見る。


壊せない。

撃てない。

使えない。

逃げられない。

放置できない。


選択肢が一つずつ消えていく。


まるで、狭い部屋の壁が近づいてくるようだった。


「じゃあ、どうするんだよ」


康生は言った。


声は荒くなかった。

ただ、本当に分からなかった。


「壊せない。撃てない。逃げられない。放置もできない」


アオイは、少しだけ沈黙した。


それから、新しい表示を出す。


――残存可能性。

――対象破壊ではなく、軌道変更。

――変異位相帯の破壊ではなく、移動成分への干渉。

――外部質量体の消滅ではなく、地球近傍構造からの逸脱。

――必要、正確な観測。

――必要、長時間微小干渉。

――必要、軌道観測網。

――必要、受電光環残存センサー。

――必要、しらぬい観測系。

――必要、三沢監視網。

――必要、変異位相同期技術。


康生は表示を見た。


「軌道変更」


「はい」


アオイが答える。


「壊すのではなく、逸らします」


その言葉は、思ったより静かだった。


派手な響きはない。

神の一撃でもない。

禁忌兵器でもない。


逸らす。


ぶつからないようにする。

近づきすぎないようにする。

地球の傷と、空の傷を重ねないようにする。


それは、地味だった。


だが、地味だからこそ、少しだけ現実に近かった。


相馬が表示を見つめる。


「可能ですか」


「現時点では不明です」


アオイが答える。


「ただし、破壊案よりは危険が少ない可能性があります」


「必要な力は」


「巨大です」


「では、やはり無理では」


「力を一度に加える必要はありません」


中央表示に、模式図が出る。


外部質量体。

それを包む変異位相帯。

移動方向。

地球近傍位相構造。

わずかな角度のずれ。


「正確な時期に、正確な方向へ、長時間にわたり微小干渉を続ければ、最終的な接近位置を変えられる可能性があります」


康生は画面を見た。


「押すってことか」


「はい。ただし、単純な物理推進ではありません」


「分かりやすく」


「流れてくる大岩を、正面から砕くのではなく、早い段階で横から少しずつ押して流れを変えます」


「川の中の岩?」


「近い表現です」


「ただ、その岩が火星級かもしれない」


「はい」


「川が時空歪み」


「はい」


「横から押す棒が、足りない」


「はい」


「無理じゃね?」


「現時点では困難です」


「正直だな」


「必要です」


麻生が言う。


「大きなものほど、近づいてからでは動かせませぬな」


「そうですね」


アオイが頷く。


「だから、まず正確に見ます。早く、遠くで見る必要があります」


相馬が理解する。


「第百三話の結論に戻るわけですね。空の眼が必要だ」


「はい」


「天輪の残骸」


「はい」


森川が端末を見る。


「受電光環の照射系は使わない。残存センサー群だけを起こす」


「はい」


「旧衛星群も、観測だけ」


「はい」


「しらぬいと三沢を同期」


「はい」


「練馬は通信と電力安定を支援」


「はい」


康生はそのやり取りを聞いていた。


撃つ話ではない。


見る話だ。

測る話だ。

少しだけ押す話だ。


それは、今まで康生がつい考えてしまう「自分が何かする」感覚から一番遠い。


だからこそ、正しいのかもしれなかった。


「俺は?」


康生が聞く。


アオイがこちらを見る。


「康生は、高出力干渉を行いません」


「はい」


「T-LANCEも使用しません」


「はい」


「右手も使用しません」


「はい」


「ただし、康生の構成体は、変異位相同期の補助観測点として利用できる可能性があります」


「結局使うのか」


「出力ではなく、観測です」


「見るために?」


「はい」


「俺も眼になる?」


「一部は」


康生は少しだけ笑った。


「神の手じゃなくて、観測器か」


「はい」


「地味だな」


「適切です」


「それがいいのかもな」


アオイは頷いた。


「はい」


右手の監視タグが平常範囲を示している。


今度は、使うためではない。

壊すためでもない。

見て、測って、間違えないために。


康生は右手を握らなかった。


相馬が作戦案の骨子を保存する。


――破壊案、すべて却下。

――T-LANCE、再使用禁止維持。

――右構成部高出力運用、禁止維持。

――受電光環照射系、使用不可。

――重力兵器、使用不可。

――炉群高出力連動、使用不可。

――対象放置、不可。

――地球側避難、主対策として不可。

――残存方針。

――観測強化。

――軌道変更。

――早期微小干渉。

――変異位相同期。

――次工程、逸らす作戦の具体化。


康生は表示を見た。


壊せない。


その結論は、絶望に近い。


でも、完全な絶望ではなかった。


壊せないから、終わりではない。

壊せないから、撃てばいいわけでもない。

壊せないからこそ、別の方法を探すしかない。


逸らす。


その言葉だけが、暗い表示の中で細く残っている。


アオイが言う。


「康生」


「はい」


「次は、逸らす作戦を組みます」


「できると思う?」


「不明です」


「そこは嘘でも、できますって言わないんだな」


「言いません」


「だよな」


「ですが」


アオイは中央表示を見る。


「壊すよりは、人間のすることに近いです」


康生は、その言葉を聞いて少しだけ黙った。


人間のすること。


神の一撃ではなく。

禁忌兵器でもなく。

右手の奇跡でもなく。


見て、測って、少しずつ押す。


間違えたら記録する。

危なければ止める。

隠さず共有する。

怖くても、見続ける。


それが、人間のすること。


「じゃあ、それでいこう」


康生は言った。


「壊すんじゃなくて、逸らす」


アオイが頷く。


「記録しました」


「良い回答です、じゃないのか」


「まだ作戦が成立していません」


「厳しいな」


「必要です」


中央表示の中で、空の傷が揺れている。


その内側に、重い影がある。


壊せないもの。

撃ってはいけないもの。

逃げられないもの。


なら、逸らすしかない。


練馬の細い灯りの下で、最終作戦の形が、ようやく見え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ