独り
朝、いつもの時間に目が覚めた。
無意識に暖かい腕をさがす。
寒くて布団に潜り込むが少しも暖かくはならない。
羽毛布団やっぱり買わないと無理かなぁ。
寒いや…
寒さに凝り固まった体を伸ばしながら布団からえいや!っとはい出した。
いつもの満員電車、いつもの人波。
「お、香月おはよう。えらいえらい、ちゃんと来たな。」
そしていつもの赤川、にくたらしくなるほどいつも通り。
「しっかし、ひどい面だな。お前あれから独りで泣いたの?」
まわりがこっちを注目するようなでかい声で話す赤川の口を押え、いつもの小会議室へ連れ込む。
「お、朝っぱらから大胆だな。俺を連れ込んでどんなご無体はたらく気だ。」
「お前…」
なにか言う気力もすべて奪われて、がっくりと肩を落とした。
「お?どした?何かあったか?」
「お前…」
なんだかひどく独りな気分、気が付くと頬が濡れていた。・
「泣くなよ、俺がパワハラしてるみたいじゃないか。」
「泣いてなんか…」
その時、入口のドアが開いた。
俺たちを見て、アッと声なき声を上げ、そそくさとドアを閉める。
「あぁ、これで俺パワハラ上司確定だな。」
「あ、ごめ…」
「そんな風に泣くくらいならなんで帰れなんて言ったんだ。」
「だって、2月(fふたつき)して帰ってしまうなら、別れづらくなるだろ。あと2月も一緒にいたら… ほら、犬だって3日飼うとっていうじゃん。」
「犬って…お前…ついていけばいいだろうが。どうせ、こっちに残りたいほど気になるような奴いないんだろ。」
「確かにいないけど…」
何やら外が騒がしい。
「見た見た?香月君泣いてたよね。課長に怒られたのかな?」
「いや、あれは別れ話ね。私にはわかるの。あの二人はもう他人じゃないのよ。そしてそんな彼を出世のためにフったのよ。」
「出世のため?」
「ほら、専務の一人娘さん、まだ中学3年だけど、今から婿選びに専務が奔走してるって聞いたわよ。」
「えーあの噂ほんとうなんだ。じゃぁ、課長に白羽の矢が?」
「きっとそう、課長若いし、出世株だし。」
「香月君、課長の誘いだけは断らないもんね。」
「そっかぁ、あの二人がね。納得だわ。」
勝手に納得しないでほしい。
ドア越しに外の盛り上がりが聞こえていた。
みんなそんな風に俺たちを見てたのか。
衝撃の事実に涙も引っ込んだ。
「仕方ない、ではリクエストにお応えして俺とするか。」
「リクエストになんて答えないし、お前となんてごめんこうむりますよ、課長様。」
気を取り直し、勢いよく部屋から出た俺は好奇の目にさらされながらその場をはなれた。
部屋のあちこちでくすくすと話し声が聞こえる気がする。
「えーやっぱりぃ。確かに変だと思った。私たちの誘いは全部綺麗に断るのに、課長とはランチとか家飲みとかしょっちゅう一緒にいると思ってた。」
「だよね。前から怪しいと思ってたのよ。」
ひそひそ話してる体で全部丸聞こえですが?
なんで俺が赤川と…前からっていつからだよ。
仕事しろよ、手ぇ動かせ。
心の中で突っ込むが面と向かって言えるはずもなく、聞こえないふりで一日を無心に仕事に費やした。
残業後、いつものコンビニに半額弁当を探しにいく。
この角まがると4人が落ちてきた場所。
ついばさばさっと羽根の音が聞こえてこないか耳をすませてしまう。
しかし、そんな羽音は聞こえては来ず、俺はすんなりとコンビニに到着。
弁当を買って灯りのついていない暗い冷たい部屋で一人ご飯を食べる。
ティルが来る前となんら変わりのない生活のはずなのに、自分がどうやって過ごしていたのか思い出せない。
時間はまだ早いがやることもないので布団に潜り込んだ。
寒い…
「ティル…」
声にだしてしまったことに自分で驚いたように布団から顔を出した。
「俺ってバカだな…」
ばさばさっと羽音を聞いた気がして反射的に窓の外に目を向ける。
カラスが一羽ベランダの枠に泊ってこちらを見ているような気がした。
「本当にバカだな。」
突然カラスがしゃべったように見えた。
「え? カラスがしゃべった?」
「ンなわけなかろう。」
部屋に現れたのはカーエルだった。
「カーエル?まさか、なんで?」
幻覚かと思って目をこする。
「我はこの辺詳しくないので眷属に案内させた。」
「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて…」
「気にするな、別にこっちに戻れないとは言わなかったぞ。」
「そんな簡単に戻れるものなのか?じゃぁ、ティルも?」
「簡単ではないが、まぁ難しくもない。そしてあやつは来ておらん。」
「そ…なんだ。」
「なんだ、お前また泣いてたのか?」
「またってなんだよ、。またって。カーエルの前で泣いたことはないぞ。」
「ティから聞いてるぞ、部屋に独りだと泣いてるって。だから、お前が戻る前に部屋にもどらなければいけないと。大方、ティに帰れと言ったのに存外寂しくて後悔してるといったとこだろ。」
「そんなこと…なくはないかもしれない…けど。」
口元は隠せても肩が震えて笑っているのが丸わかりだ。
「どうせ俺はバカですよ。」
拗ねたように言うとまだ笑いが止まらないのを無理に抑えているのがわかりすぎる奇妙な笑顔で近寄ってくる。
「笑いこらえてないで、笑いたければ笑えばいいだろ。」
「そう拗ねるな。」
カーエルの姿は大人の女性に代わっていた。
胸に俺の顔をだきよせるようにして、優しく背中をなでられた。
「しばらくこうしていてやるから、泣きたいだけ泣いたら良い。」
人肌は暖かくてまた涙がこぼれそうになるが、いかんせん女の人の体に抱き着いたことなんてないから、どこにどう抱き着けば…
半泣きしながらおろおろと手を伸ばしては引っ込めるを繰り返す俺を面白そうに眺めるカーエル。
カーエルが抱き寄せてくれるが、胸の谷間に窒息しそうになって、じたばたともがく。
「お前、本当に面白いな。ティが気に入るわけだな。どれ、添い寝でもしてやるか。女の体だと支障あるなら、男になってやるぞ?」
「お、お願いします…」
「添い寝がいらないとは言わないのだな。」
おそらく真っ赤になっているだろう俺の顔をまじまじとみて、身体を折り曲げ爆笑しはじめた。
「お前、本当に失礼だな。」
「良いから寝るぞ。」
俺を羽根で覆い、ベッドにもぐりこむ。
いつの間にか男の体にもどっていたが、いつもの小さな子供のようではなく、まるでティルのような身体。
カーエルの体からはティルと同じいい匂いがしていた。
誤字脱字、文章ミス等多々あると思いますが、見つけ次第訂正していきますので、ご容赦ください。




