焚き火跡と傭兵
見たくもない夢ほど、なぜ鮮明なのだろう。
目の奥に焼き付いてしまった忘れたいものを、どうしてこんなに、まざまざと見せつけてくるのか。
耳の奥で剣の交わる音が、怒号が響く。
体が冷え込む。
吐く息でさえ冷たいのは、仕方のないことだ。
いつ狙われるか、分からないうちは火なんて焚けない。
倒して、駆逐して、そうしてようやく温まることが許される。
あれは最後の奇襲作戦に参加したときか。
「まぁ、帰ったところで俺たちのことを覚えている奴らは何人いるだろうな……」
カルクは不意に顔をくしゃりとさせた。
「俺のおふくろは喜んでたぜ。手紙も見せただろう?少なくともおふくろは2人の帰りも心待ちにしてる」
ジャハンはカルクの肩を叩いた。
「ジャハンのおふくろさんは俺たちの親の分まで孝行してやらないとな」
アゼルが励ますように言った。
これは故郷の村に帰ると決心して、手紙を送ったあとのことだ。
「料理人になって、自分の店を持つなんて、貧乏人の俺にしては大それた夢だったよな。けどさ、潜入捜査でお貴族様の食事を失敬することはできたんだ。俺はそれで十分さ」
ジャハンは苦笑いを浮かべ、視線を落とした。
「あの頃は……あんな田舎の鍛冶屋で夢を見ていられるほど無知だったんだよ。今じゃ、あの頃見てきたものがいかに時代遅れだったか分かるぜ……それに、これから平和な時代になっていくなら武器やら防具なんて作っても生きていけねぇだろうが……」
カルクは自嘲し、酒をあおった。
「傭兵にならなければ……、あの村が貧しくなければ……、また違ったのかもな」
アゼルはただじっと炎の揺らめきを見つめて、呟いた。
3人は焚き火を囲んでいた。
これは村を出て初めての戦いを終え、体を休めた日だ。
「叶えられますね?」
「……え?」
冷たく重くのしかかっていたものが急に取り払われた気がした。
誰かの言葉がひどく体の奥を温めた。
「叶えられますとも」
焚き火にあたっている男が自信たっぷりに言った。
そうだ。
故郷に帰るってことは、自分のやりたかったことを、また追いかけられるようになったんだ。
地に足がつく感覚がある。
いや、それどころか体全体が地面にはりつくように重い。
そう感じた瞬間、フワフワしていた感覚は消え、急に半身が冷え込むのを感じた。
冷たく硬い土が頬に当たる。
肌寒さにアゼルは飛び起きた。
いつもなら交代で焚き火を絶やさず、全員起きるまで警戒に備えているはずだった。だが、火はとっくに消えていた。
(いつの間に寝た…?)
自分でも気づかぬうちに眠っていたことに、アゼルは呆然とした。
アゼルの体を起こす音で、ジャハンもカルクも目を覚ました。2人は、アゼルも今起きたばかりだと気づき、目を見開いた。
「俺たち、全員寝てたのか……?」
誰も見張りをせず、火の番をしていなかったというのか。
そして、ふとあることを思い出した。
(もしかしたらセージが見てくれていたのかもしれない。)
しかし、3人はあたりを見渡しても、そのセージは跡形もなく消えていた。
平原には、遮るものはほとんどなく、遠くの地平線が赤くにじんでいた。
(あの大荷物を物音立てずに去ることなどできるのだろうか?)
セージの寝床は杭で打ち付けていたはずだ……。
消えた焚き火の周りをウロウロしたのち、3人は座りこんだが、誰も何も話さなかった。
しばらくして、
「セージは帰れたのかな?」
ジャハンは口を開いた。
「……かもな」
カルクが髭をボリボリかいた。
「俺たちも帰らないとな……」
アゼルは立ち上がった。
3人も帰る場所が待っている。
各々が身支度を整えた。
ジャハンは最後の始末として、焚き火跡の灰に土をかぶせようとした。
その時になって、初めて焚き火の違和感に気付いた。
頭の防具を乗せていた、石を積みかさねていた風除けがなくなっていた。
そして灰の近くに、奇妙な茶色く乾いた、鱗のようなものが幾重にも重なった木の実が転がっていた。
花のようにも見える不思議な形で、焚き火の側にあったはずなのに、焦げた様子はなかった。
ジャハンは気になり、それを拾い上げた。
灰がところどころついていて、まるで粉雪を薄くまとっているようだ。
「そろそろ出発するか」
アゼルが声をかけた。
「あぁ」
ジャハンはとっさにその木の実を懐に突っ込んだ。
——焚き火跡に背を向け、3人は歩き始めた。
その足取りは、昨日と違っていた。




