表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

焚き火と妖精1


「寝起き早々悪いな、せっかくの休みなのに」

「いい気晴らしになるよ。それにこういう時はお互い様だろ?」

「終わったら、父さんの見舞いに行くか」


あたりが薄暗い中、狭い軽トラの助手席で誠治は揺られていた。


緩やかな斜面の細道をスルスルくだり、ビニールハウスから少し離れた、開けた場所にさしかかると、兄の亮治(りょうじ)はハンドルを切った。


(こいつも寝起きだろうに)


誠治はあくびを噛み締めると、亮治の顔を横目で見た。

運転に集中しているせいか、亮治の顔に眠気は微塵も感じられない。



誠治は実家にいた。

まとまった休みをどう過ごすか悩んでいたところに、珍しく兄から連絡がきたのだ。


誠治の実家は田舎で農家をしていた。

兄夫婦が後を継いで家族で農業を営んでいるが、年の暮れに親父が入院してしまい、人手が足りなくなってしまったのだ。


「いつもは親父が火の番をしてくれていたからさ。こういう時、ちょっとしたことでも助かってたんだなとしみじみ思うよ」


亮治は車を止めた。

途端に誠治の指先、ズボンの膝から下が冷え込むのを感じた。


(暖房が切れると一気に寒くなるな)


誠治は助手席の扉を開けて降りた。

冷たく乾燥した空気が喉を刺してくる。


亮治は荷台扉を開き、細い枝の束を下ろし始めた。

誠治も軍手をはめ、同じように枝の束を両手に持ち、運んだ。


(もっと厚着すればよかったか……)


体を動かさないと、何もする気がおきなくなりそうだ。

足手まといにはなりたくないので、亮治とできるだけ同じペースでビニールが被せてある近くの置き場と軽トラを足早に往復した。

枝の束1つは大した重さではないが、何度も運んでいると朝の寒さと昨日の手伝いで筋肉が悲鳴を上げてきた。

昨日の疲労が、蓄積されているのを感じた。


「それにしても年をとると、枝の剪定がこんなに大変だなんて思わなかったよ。しばらく腕が上がりそうにない」


誠治はぼやいた。


「こればっかりは長年の慣れだよな。まぁ、さすがの親父も年には勝てなくなって休んでばかりだったけど」


亮治は笑った。

誠治は朝早くから日が暮れるまで働き詰めだった男を思い出した。


「働き者じゃないと農家は務まらないさ」

そう言い、亮治は軽トラの荷台扉を閉じた。


「来月からパートの人が来てくれることになってるんだが、あんまり先延ばしにすると、やることが増えちまうからさ」


誠治は枝を下ろし終わると、少しでも固くなったバネを引き伸ばすように大きく伸びをした。

肩と腰に鈍い音が鳴った。


(ラジオ体操でもしたら、少しは変わるだろうか?)


寝起きから疲労感を感じていたが、普段しない作業で体を動かすのは、思ったより気持ちが良かった。

亮治は荷台から誠治の荷物袋を取り出し、腕と腰を左右に回して体をほぐしている誠治の足元に置いた。


「ここにあるの全て燃やしておいてくれ。そこのビニールを被せている分は、そこのはだいぶ前に剪定したものだが、今運んだのは昨日切ったばかりだからな。古いのが終わったら燃やしてほしいが、煙が酷いだろう。無理に処理しなくてもいい。それから、長いものは切ってもらって、燃やす加減は……あぁ、普段からキャンプで焚き火をしているから分かるか」


「あぁ、なんとかなるさ」


亮治は指を差し、口早に説明した。


誠治は荷物袋から点火棒と段ボールの切れ端、それから剪定用のハサミを取り出した。


「まぁ、草刈りはしているから、大丈夫だとは思うが……くれぐれも火事だけは起こすなよ」

「分かってる。今は風もないし、すぐにでも始めるさ」

「それにしても、ここで朝ごはんを食べるだなんて、相変わらずだな」

「焚き火をするんだ。料理をしないともったいないだろ?それに陽子義姉さんに、朝早くから気を使わせるのは申し訳ないからさ」


陽子義姉さんは亮治と農業学校で知り合ったらしい。

朝早くから亮治が働くのに合わせて家事をするのは慣れているのだろうが、親父の入院のことまで任せきりになっている。いくら助っ人で手伝いに来たとはいえ、さすがにいい年した義弟の食事の準備までしてもらうのは迷惑だと、誠治は考えていた。


「そうかい。それじゃ昼頃また迎えに来るから、何かあったら連絡してくれよ?」


「あぁ」


そういうと亮治はさっさと車に乗り込み、走り去っていった。



誠治はふぅとため息をつき、段ボールをちぎった。

その上に、乾いている方の枝の束の紐を切り、段ボールの上に、枝の中から、より細いものを選んで乗せていった。


誠治は段ボールに火をつけた。


段ボールの切れ端が赤く光り、それが段々と切れ端に沿って赤い線が広がっていく。

燃える範囲が線から面になり、段ボール全体が燃え、火に高さが出る頃、小枝の部分に燃え移っていく。誠治はじっと眺めていた。


(風は吹くなよ……)


風は吹かなかったが、段ボールが燃え尽きる頃、枝に移った火の大きさはしだいに弱くなっていった。

誠治は千切った段ボールを火の側に足した。

段ボールに燃え移り、また少し火に勢いがついた。

小枝の部分全体が燃えると、枝全体に火が移り、重なっていた他の枝の部分にもゆっくり燃え広がっていった。


(絡まった細い枝から広がる炎は薪とはまた違う味わいがあるよな)


細い枝ばかりなので、誠治はいつものペースより速く枝を足していった。


——パチパチ……——


あっという間に炎が高くなるので、誠治は腰を下ろし、持ってきた自前のチタン製のコップにスティックコーヒーを入れ、水筒のお湯を注いだ。


「はあぁぁぁ……」


コーヒーの香りを嗅ぎ、誠治は深呼吸をした。


一口飲むと吐く息がより白くなった気がした。


(この苦味だけで眠気がなくなった気がする。けど、やっぱりカフェオレにすればよかったかもな)


コップは軍手越しでも熱くなっているのが分かる。


——ユラユラ——


炎の揺らめきが、ますます明るくなっていく空と同調しているようだった。それと同時に立ち上る煙が鮮明になっていった。


(そういえば、乾かしていない枝って、どのくらい煙出るんだろうな……?)


火を立ち上げるのに乾燥したものから始めたが、安定した今、無理に燃やさなくてもいいと言った兄の言葉が気になった。


(どうせ全部燃やすんだ。一束だけ先に入れてみるか)


誠治はぐいっとコーヒーを飲み干し、昨日束ねたばかりの紐を解いた。


(すぐ分かる。昨日自分がまとめて結んだやつだ。)


終わり頃に縛ったものは疲れ切っていたので、縛り方が緩くなってしまっていた。

運び段階で枝が溢れ、他のものより小さな束は、燃やせばあっという間になくなってしまうだろう。


(さっきより火は安定してるし、仮に消えても段ボールはまだあるし)


誠治は小さな束を抱え、踊る炎の上に落とした。


炎の勢いは少し弱くなったが、新しく乗せた枝に移るころにはまた、勢いを取り戻していた。


——パチパチ………——


それと同時に灰白色の煙も勢いよく立ち上った。


(これくらいなら、なんとか——)


今日持ってきた分も処理しようと思った瞬間、急に風が吹いた。それも真正面から。


「ゴホッゴホッ……」


——パチパチ……パチッ!——


風下に立っていた誠治は、煙を吸い込み咳き込んだ。煙にやられ、思わず目をこすった。


その瞬間、焚き火の炎が大きく爆ぜた。


誠治は風上に移動しようとしたが、耳元で何かがかすった気がした。


「おいでなすった、じゃない!おいでくださいました!おいでくださいましたぁ!」


耳元で、甲高い声がブンブン飛び回っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ