第二十一話の2 シチューの湯気と諦めたはずの未来
食堂に入り食事を注文すると、水を持ってきたややふくよかな中年の女性が「あらあんた、ショーの団長さんじゃないか! 昼間に見たけど面白かったよー。また行くからね」と声をかけてきた。
「ありがとうございます。あと十日ほどはごやっかいになりますからいつでも」
仮面の男はにこにことそう返した。
「先生も今日はここで食事かい? 珍しいこともあるもんだね」
「いえね、ショーを見た帰りにこの団長さんにお誘いいただいて」
「そうかい、じゃしっかり作れって亭主に言わないとね。こないだ診てもらった腰がすっくりよくなったもんでね!」
女性はにこにこ笑顔で奥に引っ込んでいった。
「あなた方も世界を回っているのですね。いろいろな思い出があるでしょう」
ヴァンニョが言った。
「ええ」
仮面の男がうなずく。
ヴァンニョは「うらやましいです」と言った。
そしてふう、とため息をついた。
「私もね、本当は冒険者になりたかったのです」
「そうなのですか」
料理が運ばれてきた。
野菜がゴロゴロと入っているシチューだった。
食欲を誘う湯気が立ち上っている。
「ささ、食べましょう」
仮面の男がうながし、ヴァンニョも温かい料理を口に運んだ。
「美味しいですねえ」
「ええ、ここのシチューは裏で育てた野菜を使っていますからね。旅人の間でもちょっとした噂になるくらいうまいんですよ。野菜料理は絶品です」
「それはよいことを聞いた。毎日の食事が楽しみです」
はふはふと口にシチューを運びながら仮面の男は嬉しそうに笑った。
「それで、冒険者になりたかった、とは?」
若かりし日のヴァンニョは故郷から少し離れた商業街の冒険者ギルドに登録し、高ランクの冒険者になるべく毎日魔物討伐に明け暮れていた。
祖父と同じ医者になった父は後を継げともいわず、ヴァンニョの未来を黙って応援してくれていた。
そんな中、町から「父が倒れた」と知らせが届き急ぎ戻ってみれば、父は息を引き取り最後の会話すらもかなわなかった。
ヴァンニョに母は「自分のやりたいようにしなさい」と言ってくれたが、葬儀にて「これから病人はどうしたらいいんだ」「隣町まで行かなきゃならないのかい」といった不安の声を聴き、すっぱりと冒険者の道をあきらめて医師になることを決意した。
祖父や父の記録を頼りに手探りで始めた医師も、気づけば40年ほど続いていた。
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