094 『Blue bird carrying happiness』
「謝罪の気持ちはわかりました。それで、私達をどうするつもりですか?」
えっ、この声?
私が振り向くより先に、隣の幼なじみが銀髪の姫様に駆け寄る。
「マーレ、大丈夫か?痛いとこは?ごめん、ちゃんと守れなくて。」
「海斗、大丈夫ですよ。治療してくれた魔導師が良い腕をしていたのでしょう。傷跡も痛みも全くありません。
それに海斗はよく戦ってくれましたよ。あなたがいなければ、私達は死んでいたかもしれません。だから、ありがとう。」
その優しい微笑みは、女神そのもの。でも、海斗兄はやっぱり責任を感じているようで、心配そうな顔は変わらない。
そんな幼なじみの腕を優しく触ると、打って変わって厳しい顔をウォーデン王に向ける。
「治療については感謝します。また、大将軍フリードの暴走があったこともある程度は理解しました。謝罪を受け入れましょう。
その上で、もう一度聞きます。私達をどうするつもりですか?」
毅然とした態度は、お父さん譲りなのか。女の私から見ても、かっこよくてドキリとしてしまう。
「そうだね。まぁ海斗君とマーレ姫については、攫ったというより勝手についてきてしまったという方が正しいと思うのだが……」
それはそっちが……と言いかけた海斗兄を右手で制すウォーデン王。
「わかっているよ。そもそもこちらが若葉さんを連れ去らなければ、こんなことにはならなかっただろうしね。
ただ、娘の前で言うのもなんだが、今の考えを改めない限り、ハイラスマーレ王は殺さなければいけない。これだけは絶対に譲れない。」
部屋の空気が一気にひりつく。
マーレの鋭い眼光に対し、ウォーデン王は圧倒的な威圧感で場を制す。
この感じ、ハイラスマーレ王のそれと同じだ。
言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるのに、さっきみたいに簡単に口を開くことができない。
ヒュン
本棚から1冊の本がハイルの手元に飛ぶ。
『Blue bird carrying happiness』
日本語訳、「幸せを運ぶ青い鳥」と表紙に書かれた本。その本をテーブルの上にゆっくり置くと、フッと空気が和らいだ。
「だが、もし考えを改めてくれるのであれば、和解の道も探れるかもしれない。
だから、きみ達3人は、ハイラスマーレ王を説得するためのピースになってもらおう。きみ達にも悪い話じゃないと思うよ。成功すれば、もう戦う必要はないのだから。」
「いい加減なことを!そもそも、戦争を始めたのはウォーデン王ハイル、あなたじゃないですか!」
「そこについては意見の相違があると前にも話したはずだよ、マーレ姫。これ以上は『悲鳴』が発動してしまうので言えないが、きみ達の王には、戦争を仕掛けられるだけの理由があるということを忘れないでほしいね。」
「だからその理由を……」
キィーン!!
「うぅ……」「くっ!」「いやっ!!」
今日2度目の『悲鳴』を受け、耳を押さえる私達。
この音…聞くたびに嫌な音になっているような……
何度も聞いたら頭がおかしくなりそう。
「理由は言えないんだ。
それより外を見てみなさい。」
頭がガンガンするのを堪えながら近くの窓から外を見ると、なんとドラゴンの周りに集まっていた大観衆達も耳を押さえてうずくまっている。中には泣いている子どもの姿もある。
ひどい……あんな小さな子まであの音を聞かされてしまうだなんて……
「『悲鳴』が発動するということは、世界の人々に知られたくない何かがあるということですよ。察してください。」
「待ってください。それってつまり……」
そこまで言いかけて、柔らかい何かで口を塞がれる。
これは……手?
振り向くと、リースさんが私の口から手をパッと離す。
「ごめんなさい。あなたがまた『悲鳴』を発動させそうになったように見えたから、止めてしまいました。」
ちらっと外に目線を移す彼女。
そっか、外の人達を心配して……
「いえ、こちらこそ、なんだかごめんなさい。」
でも、ということは私の考えは正しかったってこと?
『悲鳴』の魔法を世界にかけたのは……
「さて、話を戻そう。とりあえずそういうことなので、時期が来るまではこの国にいてもらわなければならない。
ただ、さっきも言ったけれど、この国にいる間、私はきみ達は客人として扱いたい。
なので、衣食住はもちろん、国の中にさえいてくれれば自由を保障する。どうだい?」
私でもわかる。
ハイラスマーレ国に送り届けてもらう以外の選択肢としては、最も良い条件だということが。
本来私達は敵国の魔導師。今すぐに牢屋にぶち込まれても文句は言えない。
そんな立場である私達に、ハイルはウォーデン国の中にさえいれば自由を約束すると言っているのだ。
私は海斗兄を見た後、マーレに視線を移した。海斗兄も同じ目の動き。
最終決定は、こういう状況において、私達より経験豊富なマーレに任せよう。
「……分かりました。寛大な措置をとっていただきありがとうございます。
それから今までの数々の無礼をお許しください。申し訳ありません。」
「いや、憤るのももっともだ。自分の父親のことを言われて、何も感じない子がこの世界にいるものか。」
謝罪するマーレに顔を上げるように促す。
この銀髪のおじ様、ウォーデン王ハイル
本当に悪い人なのだろうか……
気を許してはいけない、という海斗兄の言葉は正しい。
この人は敵国の将であり、危険な人だというのは分かる。
この姿が本当の姿じゃない可能性があることも分かる。
分かるのだけど……
廊下側の窓から差し込む西日がテーブルの影を伸ばしていく。入った時にはほんの少ししかなかったのに。
そろそろ終わりにしようかと席を立つウォーデン王。この後私達を宿まで案内してくれるらしい。
至れり尽くせりというか、何というか。
私達、一応捕虜なのに。
「最後に1つ、俺からいいですか?」
不意の一言に室内にいる全員の動きが止まった。ウォーデン王が海斗兄を見る。
「『悲鳴』が生じる問いには答えられないよ。」
一度しまったパイプ椅子を先程と同じ位置に戻し、座ろうとして……やめた。
海斗兄も立ち上がり、目線を合わせたからだろう。
「ハイラスマーレ国での戦いで、俺の闇の魔力を引っ張り出したのはあなたですか?」
あっ、あの時の……
私達は約1年前、ハイラスマーレ国のスカイキャッスルで戦った。とは言ってもウォーデン王は仲間の魔導師の身体を借りていたので、直接というわけではないのだが。
戦いは結局ハイラスマーレ王が圧倒的な力を見せつけて勝利。ウォーデン王の敗走という形になったんだけど、その後海斗兄の闇の魔力が暴走し大変なことになったのだ。
あの時、確かにウォーデン王は「置き土産」と口にした。その後暴走したので、絶対ウォーデン王のせいだとあの時は思っていたけれど、果たして真相は。
「そうだよ。私が君の中の闇の魔力を引き出し、暴走させた。ハイラスマーレ王や4賢者は、君達には強く出れないと踏んでいたからね。まあ、王を殺すのは厳しいと思っていたけど、あわよくばってね。」
想像以上に軽く説明されたことで、私の方が思わず一歩前に出てしまう。
海斗兄、私達に手をあげたこと、すごく気にしてたんだぞ。ずっと、ずっと。
それなのに……
けれど、そんな私の胸の前に右手を振り上げ、制止する海斗兄。
その目はじっとウォーデン王を見つめており、怒りは感じられない。
海斗兄、どうしたの?
「やっぱりそうだったのか……ウォーデン王ハイル、あなたなら俺の力をコントロールする術を知っていますか?」
「……。」
「俺はあの力をコントロールできるようになりたい。いや、ならなきゃいけないんだ。大切な人を守るために。
だから……お願いします。」
頭を深々と下げる幼なじみ。あまりの急展開に、私は右往左往するしかできない。
マーレはゆっくり息をはき、リースさんはその場でジッと興味深そうに海斗兄を見つめる。
そしてウォーデン王は……笑ってる?
「ふふ。なるほど、プライドなど関係ないということだね。前会った時に比べて、随分と成長したじゃないか、海斗君。
『大切な人を守るため』、いいね。その言葉に免じて、教えてあげよう。」
「ありがとうございます。」
海斗兄は顔を上げない。今、どんな表情をしているのだろう。
それと同時に、私は自問自答していた。
『若葉、私は何もしなくてもいいの?』
誰の力にもなれなかった。
ただ守られてばかりの1人の少女のままで私はいいの?
私の中でその言葉が
ぐるぐるぐるぐる
回っていた。




