091 王の怒り
……あれ?
急に熱さが和らいだ気が……
「大将軍フリード。君の気まぐれで、国民や大切な客人を死に追いやらないでくれないか?」
少し高めの柔らかい声。
けれど、その中に含まれた威圧感のせいで空気が震えたように錯覚する。
この声……間違いない…
先ほどよりはマシになったものの、未だ薄れた意識の中で1年前の記憶が蘇る。
ウォーデン王だ。
顔を上げると、そこには太陽と同じくらいの身長で痩せ型の….おじ様という言葉がふさわしい男性が立っている。
年は50歳くらいかな?
ハイラスマーレ王や魔導高等学院図書館長のミンフィさんよりは確実に若いけど、エリーン先生よりは年上だ。
この世界で、この年齢層の人と会ったのは初めてかもしれない。
銀色のローブに整えられた銀髪。けれど、装飾品は貴族達が身に着けていたような華美な物ではなく、落ち着いた物で統一されている。
お洒落なおじ様。
それが私が抱いた第一印象だった。
「お、王よ……」
フリードが硬直する。無理もない。約束を破って好き勝手していたのだから。
ウォーデン王が手招きをすると、大男の手からマーレが解放される。
痛々しい火傷の痕。陶磁器のような真っ白い肌だからこそ、赤黒い手形が生々しい……
私がちゃんと消却魔法を使えていれば…
勇気を振り絞ってマーレを助けていれば……
「リース、今すぐに治療しなさい。傷一つ残してはいけないよ。大事なお姫様だからね。」
「はい、王様。」
私の角度からだとちょうど影になって見えなかったのだが、1人の少女?が立っている。
白いローブにフードをかぶっていて、顔や体型は分からないけれど、どこかで聞いたことのあるような声な気がする……気のせいかな?
「若葉さん、海斗君、もう大丈夫だよ。彼の魔法はこの子が消してくれた。」
ドラゴンの体を見ると、いつの間にか悍ましい紋様が消えている。外側に張られたバリアのような物も消えているようで、はじの方に倒れていた魔導師達が風に煽られて落ちていく。
が、一定の高さまで落ちると、バンジージャンプのように空中でバウンドし、そのままぶら下がっている。糸は見えないけど……
「あの、マーレは助かりますか?」
自分でもびっくりなくらい自然に言葉が口から出てくる。
そんな私に対し、ニコリと笑顔を浮かべるウォーデン王。プレッシャーは凄まじいものだが、どうやら私達に向けられたものではないようだ。
「リースはとても優秀な魔導師だからね。しかも、今は大きな魔力を吸収して力が溢れている。大丈夫、きっと傷ひとつ残らないよ。」
リースと呼ばれる少女がマーレの首筋に手を当て何かをつぶやく。すると、淡い緑色の光がほとばしりみるみる内に火傷の痕が消えていく。
同時にマーレの顔が穏やかなものに変わる。
「もう大丈夫。今は気絶してるけど、しばらくしたら目を覚ますから。傷痕も残らないよ。」
ニコッと笑ったような気がしたのは、気のせいかな。だって、フードで顔が隠れてるし。
でも、この感じ……やっぱりどこかで…
「さてと、マーレ姫の傷は治ったけれど、私は私の責任をちゃんと果たさなければいけないね。」
そして大将軍の方をじっと見るウォーデン王。
「王、私は……」
「フリード、私のことを殺したいようだね。」
その場の空気が凍りつく。
開いた口が塞がらない様子で、パクパクしている。まるで金魚のよう。全く笑えない空気だけど。
「あれは、その……」
「だが、私はそんなことよりもね、自分の部下を自らの利益のために殺そうとしたこと、ハイラスマーレ国の魔導師をたくさん殺そうとしたこと、姫君やこの子達を傷つけたことに怒っているのだよ。
私は言ったはずだよ。無意味な殺戮はしないこと。この子達には手を出さないこと……とね。」
何も言わない。言えないのか。
ただ俯き、ブルブル震えている。あんなに大きく見えた体が小さく見える。
私の心を恐怖と暴力でズタズタにした男の面影はもうない。
「何も言うことはないみたいだね。じゃあ、もういいね。」
コツ、コツ、コツ、コツ
革靴の硬い靴底と竜の鱗がぶつかり、音が響き渡る。風の音で本来なら聞こえるわけないのに、今ははっきりと聞こえる。
近づいていくウォーデン王に対し、終始無言で動かない大将軍。
あと3、4歩まで近づいたその時。
「……まえの…」
「ん?」
「お前のその自分が何もかも正しいって顔が気に入らないんだよ!!」
急に顔を上げるフリード。と同時に、右手を突き出し、黒い炎が噴き出す。
摂氏1500万度。
触れた瞬間全てを溶解するような炎がウォーデン王を襲う。
シューン……
しかし、その炎が目標に届くことはなかった。間に入ったリースの身体に触れた瞬間、黒い炎が跡形もなく消え去ったのだ。
まるで私の消却魔法のように。
「リース、ありがとう。フリード、遺言はそのくらいでいいかな?客人を待たせているのでね。」
フリードと同じく右手を突き出し、全く同じ魔法を繰り出す。
違うのは大男を守る人間がいないということ。
当然だろう。部下達も含め、ジャイアントドラゴンに乗る全員が殺されそうになったのだから。
彼の保身のために。
漆黒の炎はフリードを飲み込み、一瞬で焼き尽くした。
温度が高すぎて灰すら残らない。鱗に黒い影のようなものを残して、大男はこの世界から跡形もなく消え去った。
だからといってスッキリしたわけじゃない。人が死ぬことは……それがどんなに憎い人だって、悲しく思ってしまうのは私だけなのだろうか。
この世界では当たり前だとしても、やっぱり慣れることはないと思うし、慣れてはいけないような気がする。
「他に私に何か言いたい人はいるかな?」
誰も何も言わない。それは恐怖からか、本当に何も言うことがないからなのか。
そんな中1人だけ、ふらふらと立ち上がりながら声を上げる。
「恐れながら王よ。今となっては言い訳にしかならないっすが、我々はフリード将軍を止めようとしたっす。しかし、止めることができず、大切な客人に怪我をさせてしまったっす。
申し訳ないっす。」
フィミールって、どんな人にでもその口調なんだ。ある意味すごすぎる。
長身のスキンヘッドが深々と頭を下げる。
王はチラリと一瞥すると、はぁとため息をついた。
「知ってるよ。君が何度も止めようとして、その度に暴言や暴力を振るわれていたこともね。君の目を通して見ていたから。」
そして、今度は私達をじっと見て、深々と頭を下げる。
「すまなかったね。部下の失態は王である私の責任だ。この通り。申し訳ない。」
王様なのに!
外見もだけど、想像していたウォーデン国の王と違いすぎる。
「ウォーデン王ハイル。俺達を助けてくれたこと、マーレを救ってくれたことは感謝する。けど、俺達をさらったのも、ハイラスマーレ国を攻撃したのもお前がそもそも戦争を始めたからだ。
だから、俺は今すぐにでもお前を倒したい。」
「ちょっ、ちょっと海斗兄!?」
この状況でそこまで言わなくても……
でも、その通りだ。ウォーデン王がそもそも戦争を仕掛けなければ、こんなことにはなっていない。
この戦争で、たくさんの人が傷つき、犠牲になった。
それは紛れもない事実であり、その発端がこの人。
短い沈黙を経て、王は口を開く。
「そうだね。きみの気持ちはもちろん理解しているよ。もし私と戦うことできみの気持ちが晴れるのであれば、戦おう。
ただ、私は今死ぬわけにはいかないし、今のきみでは私にはまず勝てない。それは海斗君自身が一番わかっているんじゃないかな?」
海斗兄の握られた拳に力が入る。
悔しい。
でも、ウォーデン王の言うことが真実だと、分かっているんだ。
「ありがとう、海斗君。きみはとても頭の良い子だ。
いつか本気で戦う日が来るだろう。その時は、命をかけて全力で戦うことを約束するよ。
さて、この後の話は私の部屋でお願いしてもいいかな。」
いつの間にか、ジャイアントドラゴンは高度を落としていたらしく、それが旅の終着点に近づいていることを示す。
少しすると、遠くの方に町が見える。
ハイラスマーレ国と同じくらい大きな町。
その先は……海だ。
かつて写真で見た物と同じ、灰色に濁った海。
「海斗君、若葉さん。ようこそ、ウォーデン国へ。精一杯の歓迎をさせてもらうよ。」
私達は、ついにウォーデン国へと足を踏み入れたのであった。




