090 焦熱牢獄
「マーレ、大丈夫か?怪我してるとこ悪いんだが、若葉を頼む。」
私達の隣に現れた海斗兄がマーレに声をかける。即座に頷く彼女にグッと親指を立てると、一瞬で大将軍の背後に移動し打撃を加える。
「これでも喰らえ!!ブラックホール!!」
フリードの四方に黒い渦を顕現させ、動きを完全に止める。少しでも力のバランスを崩せば、どれか一つのブラックホールに引き込まれて跡形もなく潰される。
火球一つ撃つことはできない。完全に追い込んだ。
海斗兄がブラックホールの引力も使い一気に加速してトドメを刺そうと蹴りを繰り出す。
ガンッ!
蹴りがあたったとは思えない、鈍器同士がぶつかったような音が響き渡る。けれど、それは勝利を告げるゴングの音ではなかった。
「フィミール。」
海斗兄の蹴りは、もう1人の男の左足に阻まれていた。
風が吹き荒ぶ空の上とは思えないような、完全静止する2つの身体。
「よ、よくやった、フィミール。俺様に2度楯突いたことについては、不問としてやろう。さっさとその男を殺せ!!」
けれどフィミールは何も答えない。代わりに指をパチンッと一回鳴らすと、海斗兄が作り出した四つのブラックホールがかき消された。
「次はお前か。フィミール、お前とは決着をつけたいと思ってたんだ。」
距離を取る海斗兄。それに対し、困ったような表情を浮かべる男。
幼なじみの脚に力がこもる。目にも見えない連撃を見舞うつもりだ。
そして……止まった?
「海斗、どうしたのでしょうか。」
マーレが心配そうに見つめる。無論、私もだ。
念話で何かをやりとりしているのだろうか。
と、ここでもう1人の男が動いた。いつものマーレなら、対応できるようなスピード。けれど、消耗し怪我をした状態で、しかも私を抱きしめていたことで、反応が遅れた。
そして、それは海斗兄も同じくだった。
気付くと私とマーレの背後にフリードが立っていた。
「フリード、何をするつもりだ!!」
「フリード様、やめるっす!!」
2人の制止など意に返さず、残忍な笑みを浮かべる大男。
「あっ!あづっ!!」
マーレが悲鳴を上げる。高温の手のひらで首を掴まれたのだ。太陽が火球を受けた時にもした肉の焼ける嫌な匂い。
「俺を足蹴にする奴、俺を無視する奴……どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。俺は大将軍だぞ!!お前ら、こいつらを取り囲め!!」
魔法で増長された声がジャイアントドラゴンの尻尾から鼻先まで響き渡る。
端の方で戦いを見守っていた魔導師達が、我に返ったような顔をし、私達を一瞬で取り囲む。
「フリード、マーレから手を離せ!!」
「うるせー、俺に指図するんじゃねーよ!!」
姫様の悲鳴が響く。手のひらから指の先まで、そのままの形で赤く爛れていく首筋。
私が触れば魔法を消すことはできる。
でも、そんなことをしたら……
再び身体に震えが走る。
若葉の臆病者!!
….でも、やっぱり恐い……
「フリード様、この人達を傷つけることは王から厳しく禁じられているはずっす。このままでは、国に帰っても処刑は免れないっすよ!!」
「そんなの、誰も見てなければ分からんだろ。」
フリードの言葉に周囲がざわつく。
誰も見ていなければって、どういうこと?
魔導師達は大将軍の言葉に青ざめ、顔を見合わせる。
次の瞬間、全員が同じ目的のもと、行動を開始した。
ある者は転移魔法を、ある者は飛行魔法を、ある者は身体強化でジャイアントドラゴンから逃亡を図る。
が、その全てが阻まれる。魔法が発動しないのだ。
「カース・ヘル・ヒートプリズン。」
フリードの呪文と共に、ジャイアントドラゴンの体に悍ましい紋様が刻まれる。
あまりの苦しみにドラゴンは目を血走らせながら首を上下左右に振るのだが、飛び続けることを強制されているらしく、落ちていく気配はない。
その内に、どんどん空気が熱されていく。
まるでサウナの中にいるみたい。いや、もっと熱い。汗が止まらない。
「ぎゃっ!!」
熱さに耐えられず、魔法が使えないにも関わらずドラゴンの外に飛び出そうとする魔導師達。しかし、ドラゴンを囲むようにバリアのようなものが張られているらしく、見えない壁に弾かれる。
しかも、触れたところに大火傷を負っている。まるで熱した鉄板に押しつけたかのような。
「まずいっす、フリード様はこのまま全員を焼き殺すつもりっす。若葉さん、あなたならこの魔法を消せるんじゃないっすか?」
そうだ、私の消却魔法なら、この魔法を消すことができるはず。
あれ?でもおかしいよ……
魔法が私の身体に触れた瞬間、消却魔法は発動するはず。だけど身体はずっとドラゴンに触れているのに何も起きない。
手のひらでザラザラした鱗に触れる。
やっぱり何も起きない……なんで?
「だめ……だめなの!私の魔法、発動してない!!」
バシッバシッ!
何度も手を鱗に叩きつけたことで、手のひらが傷つき血が飛び散る。でもそんなことを気にしている場合じゃない。
このままじゃみんな死んじゃう……
私が何とかしないとなのに……
そんな私の腕を優しく掴むのは真っ白ですらっと長い綺麗な指。
「若葉、落ち…ついてくだ……さい。自分を傷つけては…いけ……ませんよ…」
フリードに大火傷を負わされ、地獄の苦しみを味わっているはずなのに、笑顔で私を止めるマーレ。私はその場にうずくまった。
対して大男は勝ち誇る。
「フハハ。なぜか知らんが、その女の魔法も発動しないようだな。それだけが気がかりだったのだが、俺はついているようだ。
さて、そろそろ貴様らも限界だろう。部下達には悪いと思うが、まぁ俺のために死ねるんだから本望だろう。」
あまりの熱さにドラゴンの背中から蒸気が上がる。鱗とその下にある皮膚の水分が熱によって蒸発しているのだろう。
海斗兄とフィミールは膝をつき、魔導師達の中にはすでに倒れて動かない人もいる。
マーレも死人のような青白い顔をしながら滝のような汗を流しており、ローブが身体に張り付いてしまっている。
そして、私も…もう意識が……保てない…
まさに地獄絵図。
私、死んじゃうんだ….
死が迫りくる。
私はゆっくり目をつぶる……




