089 幼なじみ来る
ギャーッ!!
突如けたたましい鳴き声が響き渡る。その場にいた全員が声の方向、右後方に目を向けるとなんと並走して飛んでいた巨大な飛竜が地面に向かって落ちていくではないか。
何が起きたの?
周りを確認すると、みんな同じ顔をしている。要するに誰も今の状況を理解できないのだ。
巨大な飛竜から次々と空に投げ出されていくウォーデン国の魔導師達の姿は、さながら有名なアニメーション映画のワンシーンのよう。
ただ違うのは落ちた後自分の力で飛行し、近くのジャイアントドラゴンに飛び乗っていることだ。
ドサッ
フリードの手から力が抜け、私は汚れた床に倒れこむ。むせ返るようなアンモニア臭に吐き気を催すが、必死で耐える。
吐いてる場合じゃない。
少しでも、この男から距離をとらなければ。
恐怖に支配された私の頭は、とにかくこの場から逃げ出すことしか頭にない。
「ちっ、何が起きてんだ?
おい、女!!何逃げようとしてんだ!!待ちやがれ。」
懸命に這いつくばる私にゆっくり近づくフリード。
一歩、また一歩……
ちょろちょろ。
近づいてくる足音に、止まっていたものが再び漏れ出す。
誰か助けて……
「太陽……」
足音が止まった。恐る恐る振り返ると、私とフリードの間に1人の男の子が立っている。
がっしりとした身体に、ショートカット。この立ち姿……
男の子は、私の方を振り向くとニコリと笑う。その笑顔に、恐怖に支配されたら私の心は、少しだけ解放される。
「悪い、遅くなった。あと、太陽じゃなくてごめんな。」
ブンブンと首を振る。
海斗兄……ありがとう。
「さてと、俺の可愛い幼なじみを泣かしたのはお前か?」
空気が張り詰める。
雲が真横を流れていくことから、今も空を移動しているのは分かるが、それを感じられないほどの緊張感。
「お前は確か……あの時の雷使いと一緒にいた魔導師だな?うちのジャイアントドラゴンを落としたのはお前か?」
「質問に答えろ。俺の幼なじみを……」
ガッ!
稲妻のような速さの正拳突きを、片手で止める幼なじみ。受け止めた際に生じた衝撃波が、ドラゴンの背中を波打たせる。
「てめぇこそ、俺の質問に答えろや。ジャイアントドラ……」
ズガッ!!
今度は海斗兄の蹴りをフリードの前腕が受け止める。延長線上に立っていた魔導師が貫通した風圧に吹き飛ばされる。
「いい蹴りだ。いいだろう、教えてやるよ。その女を痛めつけたのは俺だ。とは言っても、髪を握って引き上げ、脅しただけだけどな。
それがどうだい。それまで勇敢に仲間のために息巻いてたのが嘘みたいに静かになって、恐怖で漏らしてやがるんだぜ。傑作だろ。」
フリードの言葉に、私の顔は真っ赤になる。
熱い……恥ずかしい…
対照的に濡れた下半身は晒される風のせいで冷たくなってしまっている。
それがまた羞恥心を煽る……
仲が良いからこそ、いつも一緒にいるからこそ、知られたくなかった。
顔を上げられない……
「そうか、なるほど。お前の返答次第では、若葉と姫様を助けるだけで終わりにしようと思ってたんだが……」
フッとフリードの目の前から消える海斗兄。
次の瞬間、男の真上から踵落としをお見舞いする。
再び前腕で受け止めるも、その威力は凄まじく、ドラゴンの身体が2人を中心にへこむ。
へこんだ反動で、私達の身体が浮き上がった。ドラゴンからは悲鳴が上がる。
吹き付ける風の強さが変わり、明らかに減速したことが分かる。
「てめぇ、なんつー馬鹿力だ。」
膝をつきながらもなんとかガードした大将軍に対し、海斗兄は冷ややかな視線を送る。
「このドラゴンも落とす。いや、全てのドラゴンを落とす。そして、お前は殺す。
その上で、こいつらは返してもらう。」
海斗兄…怖すぎる……
幼なじみの私ですら震え上がるレベルの怒り。
ここまでキレた海斗兄を見るのは初めてかもしれない。
フリードは手のひらから炎を噴射し、距離をとる。そこから太陽を燃やした火球を連発し海斗兄を迎撃するが、当たる気配はない。
当然だ。
火属性の魔法は威力は高いが、速度に欠ける。先程太陽がモロに喰らってしまったのは、私を庇ったからであり、太陽以上のスピードを誇る海斗兄には当たるわけがないのだ。
ズドドッ!ガガガッ!!
海斗兄は火球をかわしながら一気に接近し、嵐のような連打を加える。
海斗兄は無属性の魔法の使い手。身体強化や重力魔法、空間魔法を得意とする。
特に身体強化については他の魔導師の追随を許さない。だからこそ、ギリギリではあるが防御しているフリードもかなりの使い手であることがわかる。
ふと横を見ると、フィミールがその様子を静観している。自分の上司?が猛攻を受けているにも関わらず、知らんぷりだなんて……でも酷い扱いを受けているようだったし。
なんにせよ私達には良いことだ。だって、フィミールがフリードに加勢すれば、さすがの海斗兄もここまで圧倒することはできないだろうから。
フィミールもかなりの使い手なのだ。
「ちっ!ここまでとは。この間合いでは、正直勝ち目はないな。」
そう呟くと同時に、自分もろとも爆発する。
ズガーン!
半径10m以内に熱風が生じ、海斗兄との距離を取る。
私に触れた熱風は全て消却されたが、幸運なことに、縛っていた縄だけは燃え尽きる。
身体が自由になる。
咄嗟にマーレの方を見ると、どうやら爆風はギリギリで届いていない。
良かった!!
魔法を封じられている姫様が爆風を喰らっていれば、タダじゃ済まなかったはずだ。
私はマーレに駆け寄り、体に触れた。
パァンという音と共に、縛り付けていた魔法の輪が消える。
「わっ、マ、マーレ??」
私は急に抱きしめられ、驚きのあまり変な声を出してしまう。
「あの……私、その、汚いから。」
きっと匂いもしてるはず……
けれど、マーレは私のことを離さない。むしろ強く抱きしめる。
「ごめんなさい、恐い思いをさせてしまって。恥ずかしい思いをさせてしまって……」
「そんな…マーレのせいじゃ……」
途中まで呟き、先程の場面がフラッシュバックする。
再び目頭が熱くなる。
恐かった…恥ずかしかった……
女としての尊厳を傷つけられた……
「ぅう……恐かったよぉ……ヒック」
我慢していた涙が、その言葉と同時に溢れ出した。自分の身体が汚れているのも忘れて、マーレにしがみつく。
マーレのせいじゃない。悪いのはあの人達。
それにこの世界に来る時に覚悟もしていた。こういうことがあるかもしれないと。
でも、いざそういう場面に陥れば……私は脆い……
私が抱いていた覚悟なんて、紙のようなものだったんだ……




