087 理不尽な運命
周りを見ると、吹き飛んだ家や建物、車の残骸、同じ方向に薙ぎ倒された木々。
かろうじて原型をとどめている鉄筋コンクリート造りの自然の家も、熱線によって柱はぐにゃりと曲がり、歪なオブジェを形成している。爆心地側のコンクリートは完全に破壊され、知っている人でなければ、この建物が何かは分からないだろう。
人の気配は全く感じられない。
いや、違う。
生きた人間の気配を感じないのだ。
人だったもの……かつての同級生や師だったものはそこら中に転がっている。真っ黒い塊や、影に形を変えて。
当然だ。すぐ目の前で爆発したのだから。普通の人間が耐えられるはずがない。
ここは、数分前まで、自然が豊かな海辺の町だった。
さっきまで俺達は布団の中で好きなゲームの話や、部活の話、恋の話をしていたのだ。
そんな話、普段なら改まって話すようなことではない。
けれど今日は特別、だって林間学園なのだから。宿泊というものは、しかも家族ではなく友と過ごす時間は、特別なものなのだ。
最高の時間なのだ。
その時間を、一瞬で奪われた。
理不尽に
ヒュー、ヒュー、ヒュー
浅く、苦しげな呼吸音。俺の腕の中に、1人の少女。
トレードマークのポニーテールはほどけ、栗色の綺麗な髪は、ところどころが焼け焦げ黒く変色してしまっている。
陶器のような白い肌は、赤黒くただれた火傷の痕がそのほとんどを占領し、見るに堪えない。
Ⅲ度以上の火傷。痛みがないのが救いかもしれない。
大切な幼なじみは、もう間違いなく助からない。
見れば分かる。むしろこの状態で息がある方が奇跡なのだ。
「……だい…じょぅぶ?」
この状況で、なんで俺の心配するんだよ。
ただれたまぶたを無理に押し上げたその下から、褐色の瞳が現れる。
本当に綺麗な瞳。
同じ問いを繰り返す幼なじみに、一言、大丈夫だよ。と返す。
その言葉はかすれて、自分の耳ですらぎりぎり聞き取れるようなものになってしまったが、それでもちゃんと聞こえたようで、彼女は笑みを浮かべた。
「……よかっ…た。ほんと…に。たぃょ…ぅに、何か……あったら…どうしよう……って。」
もういい。もう喋っちゃダメだ。
けれど俺の口からは言葉が出てこないのだ。
だんだん呼吸が浅く、早く……弱くなっていく。まるで命の火が燃え尽きようとしているかのように。
でも、笑顔は消えない。俺の顔を見て、にこにこ、にこにこ……いつものように。
心が痛い。胸が張り裂けそうだ。
永遠の別れが近づいている。
できるなら時を止めて、このままずっと……
けれど、この苦しみから大切な幼なじみを救うためには、もう終わりにした方がいいのかもしれない。
まぶたがゆっくり閉じていく。
体の震えは止まり、呼吸音ももう聞こえない。
「たぃょぅ……わた…しね……あなたの…ことが……」
最後の言葉は、聞き取ることができなかった。
そのまま俺の腕の中で笑顔でこと切れる幼なじみ。
もう動かない。しゃべらない。
俺の大切な幼なじみは、死んだのだ。
俺は……彼女に何も伝えることができなかった。
何もあげることができなかった。
彼女がいたから、頑張れたのだ。
彼女がいたから、ここまで生きてこれたのだ。
彼女は俺の一部だった。
彼女は俺の一番大切な人だった。
彼女のことが……俺は好きだった……
大好きだったのだ。
愛していたのだ……
そんな大切なことに彼女を失った今になって気付く。
「俺は……バカだ。」
失ってから気付くことがある。そんな話をどこかで聞いたことがあるが、本当にその通りだ。
そして、俺は泣いた。
黒い雨が身体中を打つ。
黒い雨の雫が俺の涙と混じり合い、黒い涙を流す。
「もう一度チャンスが欲しい……俺にチャンスをくれ!!頼む!!」
そう、願わずはいられなかった。




