086 決意の雨
太陽side
「………う……ぃょう……たいよう!!」
誰かが俺の名前を読んでいる。
確か……若葉が攫われて、居ても立っても居られなくなって、助けに行ったけど、敵の魔法を喰らって……
ガバッ!!
「わっ!!」
勢いよく起きたのでびっくりしたらしい。
隣にいたのは里穂姉。周りを見ると土砂降りの雨の中、のろのろと復旧作業をする人達。
とは言え、破壊された建物はそこまで多くなく、足取りが重いのはどちらかと言えば作戦が失敗してしまった事に対する失望……なのかもしれない。
「ここは?」
「南町のメインストリート。ウォーデン国の魔導師達が撤退間際に攻勢に出て。必死に町を守ってたら急に太陽が転移されてきたの。」
転移……マーレの魔法か?
いや、この暖かい魔力……どこかで……
「そうだ!!若葉は?空であいつと一緒にいたんだ!!どこにいるんだ?」
周りを見渡しても、それらしき影はない。どこに行ったんだ?
ったく、こんな時まで心配かけやがって。戻ってきたら、文句を……言って…
「ごめん、太陽……わかちゃんは……
……連れ攫われたの。」
ザーーーッ
里穂姉が何を言っているのか理解ができなかった。
積乱雲からもたらされる雨の音が、急に大きくなったように感じる。背中の皮膚に直接雨粒が当たり、そこから冷たいものがどんどん広がっていく。
「いや、そんなわけ……だって、俺が助けたんだ。さっきまでこの手で……」
あいつを握りしめていた手。けれど今はその暖かさを全く思い出すことができない。
なんで若葉が……
俺は、守りきれなかったのか……
「里穂姉……なんで助けられなかったんだ…」
「……ごめんなさい……グス……スン…」
分かってる。里穂姉は悪くない。
助けられているなら助けている。それができないということは、そういうことだ。
そして、それを招いたのは……
「お前が勝手に動いたから若葉は攫われたんだ。それに、マーレ、海斗も行方不明だ。
里穂のせいじゃない。お前のせいだ。」
胸ぐらを掴まれ、強制的に立ち上がらされ、壁に押しつけられる。
「……マーレも、海斗兄も?」
首が締まり、呼吸がうまくできない。
酸素が足りず、目の前がぼうっと霞む。
けれど、それで良かった。
だって、ショーンさんの言う通りなのだから。
責められない方が……よっぽど辛い…
「ショーン、そのくらいにしなさい。この子達は作戦を知らなかったのです。それにイレギュラーに対処できなかった私達にも落ち度があったのではないですかねぇ。」
凛とした声。
背の高い女性の魔導師が、空から降りてくる。俺達の倍近く生きているからこそ醸し出される落ち着き。
数分……いや、実際には数秒だったのだろう。俺の身体がゆっくり降ろされる。
「ごほっ、ごほっ……うぅ。」
「悪い、太陽。エリーン先生の言う通りだ。お前のせいじゃない。」
こんなにしおらしいショーンさんを初めて見る。いつも自信満々で、堂々としている最強の魔導師が……だ。
その後、事の全容をエリーン先生が教えてくれた。
今日は4月2日。毎年この日に世界中の国のトップが集まり、会合を開く。
内容は、これ以上人類を衰退させないように、互いに手を取り合い仲良くしていこうというもの。
その日は王様だけでなく、護衛として4賢者も同行するのが通例なのだが、ある情報によって一転する。
ウォーデン国が、この日を狙ってハイラスマーレ国に攻勢を仕掛ける。
ウォーデン国が直接ハイラスマーレ国を攻撃することは今まで無かった上(クーデターを扇動することはあったが)、平和について話し合う世界会合の日にだなんて、さすがにそんなことあり得ない。
そのような意見もあったが、確かな筋からの情報だったため無視することはできなかった。
結果として、王様は4賢者の影武者と共に世界会合に出席し、ショーンさんやエリーン先生、マーレは国に残ることとなった。
実際にウォーデン国は攻めてきた。
ショーンさん達は国民を事前に避難させ、もぬけの殻となった国に誘い込んだ。
そこからは俺達が見た通りだ。
作戦は成功していた。けれど、俺達がこの世界に来たことによって多くの敵を逃してしまった。しかも若葉達まで……
「マーレと海斗がフリードとフィミールを追ったのですが、その後連絡がありません。
捕まったと考えるのが妥当でしょうねぇ。さすがに一国の姫君とその友人を手にかけることはないでしょうからねぇ。」
とは言え、核心はない。
それに若葉と海斗兄はウォーデン国にとってはただの一魔導師だ。マーレがいるとは言え、どんな扱いを受けるかは分からない。下手をすれば殺されることも……
身体中に悪寒が走る。もちろんそれは身体を打つ雨のせいでも、吹きつける風のせいでもない。
不安で胸が張り裂けそうだ…
あの3人を失ったら……俺はもう…
若葉……
「助けに行かないと……」
そうだ、今すぐに助けに行くべきだ。
俺がしでかしてしまった失態。俺のせいで3人は攫われてしまった。
だから、俺がなんとかしないと。
俺がなんとかしなきゃダメなんだ。
まだ遠くには行っていないはずだし、もし転移魔法を使っていたとしても、これだけ奴らの魔法の痕跡が残っていれば、絶対に追える。
早くしなければ。
早く、早く、速く……
「太陽、あなた1人が行ってどうなるのですかねぇ?」
先程までとは違う、冷たく、鋭い言葉。
まだ分からないのですか?
そんな言葉が連想されるような……
「そうやって先走って失敗したのでないのですか?
あなたの隣で泣いている人を、これ以上悲しませてはいけませんねぇ。」
ハッとする。
エリーン先生の言葉で我に返り、同時に上着の裾をぎゅぅっと握り締められていた事に今更になって気付く。
「太陽までいなくなったら……私、耐えられない……」
大きくて、気を抜いたら吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳に涙をいっぱい溜めて、俺のことを見つめる里穂姉。
強く握りすぎて服の裾はよれてしまい、その指は不安で小刻みに震えている。
……俺の大切な人は、まだここにもいる。
守るべき人、頼るべき人が隣にいるのに。
それなのに、俺は……なんて馬鹿なんだ。
里穂姉の姿を見て、ようやく自分の呼吸が速く、浅いことに、ずっと身体に力が入っていたことに……STORY TELLERの予言に縛られていたことに気付くことができた。
ゆっくり息を吸え。
体の力を抜くんだ、太陽。
こんな状態じゃ、いつもの力が発揮できるわけがない。
まずは、里穂姉に……いや、ショーンさんとエリーン先生にも全てを伝えよう。
1人で抱え込んで失敗したんだ。もう同じ轍は踏まない。踏んではいけない!!
「すみませんでした。俺……1人で焦って、周りの話も聞かず、考えもせず……」
「だからお前のせいじゃない……」
「俺のせいなんです!!里穂姉はショーンさん達と連絡が取れてから動こうって言っていたんです。それなのに俺が先走って……
だから……ごめんなさい!!」
一生懸命、何度も頭を下げる。
尊敬する人達を幻滅させてしまった。その事実はとても辛く、恥ずかしく、悔しい。
けれど、謝ることでちゃんと自分を見つめ直すことができた。そして、頭を下げるたびに、心が少しずつほぐれていくようなそんな気がした。
「そんな俺が、今更になってどの面さげてと思われるかもしれませんが……
助けてください……」
俺はSTORY TELLERに記された言葉。
そしてその時に見せられた映像について、全てを3人に伝えた。
あまりに衝撃的な予言の内容に、里穂姉の身体が崩れ落ちる。
ショーンさんもエリーン先生もその場に立ち尽くしてしまう。
短い沈黙。
雨も、周りで働く人達も、外側から……スクリーン越しに流れていくような。
世界と隔絶されたような、そんな時間。
そんな沈黙からいち早く戻ってきたのは、やはりエリーン先生とショーンさんだった。
「里穂、しっかりしなさい。まだ決まったわけではないのですからねぇ。」
「その通りだ。STORY TELLERがこっちの世界に来ることをわざわざ提案しているんだ。それは変えられる未来だからだろ?」
「予言のことも含めて、一度王に御目通りをしなければですねぇ。もしかすれば王は何かを知っているかもしれませんしねぇ。
それに今後についても、指示を仰がなければ。」
俺も同じことを思っていた。
王様なら……ハイラスマーレ王なら、何か知っているかもしれない。
「里穂姉、黙っててごめん。でも…どうしても言い出せなくて……本当にごめん。」
里穂姉は俯いたまま、地面をじっと見つめている。
こうなることが分かっていたから、言いたくなかった。本当は自分の中で全て解決したかった。
でも、それは無理だと言うことに今回の一件で痛いほどに思い知ったから……
と、里穂姉はパッと立ち上がると、俺のことを痛いほどギュッと抱きしめた。
雨で濡れた服がひんやりと、でも、背中に回された手のひらはとても暖かい。
表情は密着しすぎてよく見えないが、くぐもり震える声から泣いていることが分かる。
「太陽のバカ…1人で抱え込んで……
辛かったよね。苦しかったよね……ごめんね、もっと早く気づいてあげられなくて…」
何も答えられない俺から、今度はパッと離れる里穂姉。
泣きすぎて目を腫らしながら、けれどその瞳は真っ直ぐ前を向いていて、決意の火が灯っているように俺は感じた。
「そんな未来、私は絶対に認めない!!
絶対に変えようね。」
その通りだ。
ショーンさんやエリーン先生、里穂姉の言う通り、この未来は変えられるはずなんだ。
いや、変えられるはずじゃない……
変えなければいけないんだ。
こんな運命、絶対に受け入れることはできない。
未来なんてクソ喰らえ。
理不尽な運命なんて、変えてやる!!




