085 別離
上空は凄まじい熱さだけれど、マーレが私達の周りを冷気で包みこむことで回避する。
ぐんぐん上昇し、ジ・イクリプスに手が届くところまできた。
私はグッと手を伸ばし、黒い太陽に触れる。
パァン!!
触れた瞬間、フリードの魔法は跡形もなく消え去った。
後に残ったのは真上に出現した巨大な積乱雲のみ。
「さすが若葉、ありがとうございます!!」
私に触れた事で冷気の魔法が消却され、余熱でじっとりと汗をかいてしまうが、そんなことはお構いなしにギュッと抱きしめられる。
対して、フリードは何が起こったのか分からず、目をパチクリさせる。
「フィミール……今、何が起きた?」
「ジ・イクリプスが止められるなんて、やばいっすね。フリード様の最強の魔法っすのに。」
ぐいっとフィミールの胸ぐらをつかみ、真上に持ち上げる大男。
「お前の目は節穴か?あれは防御などではない。明らかに消されたんだ。
あの規模の魔法を一瞬で消すなど、本来はあり得るはずがないが……」
魔法の特性に気づかれた!?
フリードは舐め回すような視線で上から下まで私のことを物色してくる。
身体の奥底まで見られているようで、気持ち悪い。
「俺を馬鹿にした国を焼けなかったのは残念だが、代わりにいい手土産が見つかった。あいつを捕まえろ。」
ヒューン!!
「えっ!?いやっ、離して!!」
ぐいっと身体が浮かび上がる感覚。目にも止まらぬスピードで雲の中から現れた小さなドラゴン?に掴まれ、そのまま持ち上げられる。
魔法は使われていないので、消却魔法は威力を発揮しない。
「若葉、そんな!!」
マーレの手から光弾が次々と撃たれるも、私を掴んだドラゴンはひらりひらりとかわし、上昇していく。
「このっ、離してよ!!嫌だ!!」
身体をブンブン揺らし、手と足を上下に激しく振る。
嫌…怖い……
連れて行かれれば何をされるか分からない……
「若葉を離せ!!」
涙で視界が歪んだその時、目の前を大好きな男の子が横切る。ドラゴンの真上を取った太陽の腕には、光り輝く雷の刃。
シュバッ、シュバッと、2度振られた腕。すると、ドラゴンの翼が身体から分離する。
ギャーッという断末魔を上げながら錐揉み状態になる。
上か下か、右か左か……もうよく分からない状態になり、ひたすら目を瞑り耐える私の身体を、幼なじみはドラゴンから奪い去った。
ジェットコースター状態から救われた私は、カチカチと歯を鳴らしてしまう。
「若葉、大丈夫か!?ごめん、遅くなった!!」
言葉が出ない分、ギュッと太陽の身体を抱きしめた。
死ぬかと思った。でも、良かった。
というのは早計だった。
私に触れた太陽は、魔法を使うことができない。
空を飛ぶ力を失った私達は、落ちるしかない。しかも私がいる限り魔法を使うことはできない。
「逃さんぞ。」
フリードが放った火球が迫る。
落下しながらも火の玉に触れようと試みるが、太陽が身体を反転させて火の玉をモロに喰らってしまう。
「ぐわぁ!!熱いぃぃ……」
なんで!!
私が触れれば魔法は消せるのに……
背中が赤くただれ、人が焼ける嫌な匂いが立ち込める。
熱い。
太陽の背中に触れ、その熱に手が震える。
「悪い、勝手に身体が動いちまった。」
「もう喋っちゃダメ!!早く手当てしないと死んじゃうよ!!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
このままじゃ……私の大切な人が……
すごい勢いで落ちながらも、なぜかスローモーションで風景が流れる。
下からマーレとルーラが飛んでくる。けれどまだ距離がある。
フリードはもう一度火の玉を撃つ構え。人を殺す事に一切の躊躇がないことを感じる冷徹な表情。
太陽が殺されちゃう……
「太陽、私を離して!!太陽1人なら回復できるし、戦える!!」
でも、私を離してくれない幼なじみ。
もう意識がないのかもしれない。でも、私を絶対離さないと強く……痛いくらい強く握られた手。
ゴオッといいながら火の玉が迫る。
ダメだ……このままじゃ太陽が……
「ぃやだ…そんなの……絶対嫌だ!!」
太陽に伝えたい事、まだいっぱいあるんだ。
喧嘩したままじゃ終われない。
ちゃんとごめんなさいって伝えたいし、私が思っている事もきちんと伝えたい。
そして、私のあなたに対する気持ちを……伝えたい。
大好きだよ。太陽の全部が好きだよって。
愛してるよって。
ブワっと何かが身体の中から噴き出した。
その何かは、フリードが放った火の玉を吹き飛ばし、太陽の背中の傷をあっという間に癒す。
そして、落下のスピードが徐々にゆっくりになっていき、ついに止まった。
空中に静止したまま、私を中心に半径10メートルの白い球体が出現する。
空高くにいるのに、風も冷たさも感じない。
むしろ暖かい。お湯に身体を包まれているようなそんな感覚。
フリードやフィミールが何かを叫んでいるが、それも聞こえない。
ルーラの羽の音も、マーレの言葉も、聞こえない。
ここは私と太陽だけの空間。
「ごめんね、太陽。痛かったよね。熱かったよね。」
まだ目を覚さない幼なじみの背中をさする。服は燃えて無くなってしまったけれど、その下の皮膚はすべすべして滑らか。
良かった、これなら跡はきっと残らない。
もう一度太陽の身体を抱きしめる。
太陽のにおい、幼い頃からいつも嗅いできたお日様のようなにおい。
ありがとう、守ってくれて。
次、もし会えたら……ちゃんと私の気持ち、伝えるね。
私が心の中で念じると、太陽は腕の中から姿を消した。
と同時に、白い球体が跡形もなく消え去った。
そして私は……大地に向かって静かに落下し始める。
でも、もう怖くない。
大切な人を守ることができたから。
重力に身を任せながら、眠るように私は意識を失った。




