083 違和感
里穂姉が転移魔法を一度試してみたけれど、私と一緒だとやっぱり使うことはできなかった。
なんであの時使えたのかはまだ謎だけど、立ち止まっている暇はない。
私達は、ハイラスマーレ国を目指して走り始める。
「結構距離あるけど、大丈夫?」
「平気!!私、これでも一応、バレーボール部の次期キャプテンだから。」
丘を越えて、改めて自分の目でボロボロになったハイラスマーレ国を見た時には心がキュッて締め付けられたけれど、ここからでは何もできない。
早く辿り着かないと。
「わかちゃん、ちょっと待って。」
立ち止まった里穂姉が、私達の目の前にスクリーンみたいなものを作り出す。
そこには……
「太陽と海斗兄が映ってる。」
「そう。これはね、2人につけたガーディアンって魔法から送られてきている映像なの。
これがあればちょっと安心でしょ?
大丈夫、2人ともとっても強いんだから。」
「うん。ありがとう、里穂姉。」
焦ったら太陽と一緒で周りが見えなくなっちゃう。今は確実にハイラスマーレ国まで行くこと。そして2人と合流すること。
スクリーンを横目で確認しながら、ランニングくらいのスピードで、でも確実に歩みを進める。
すると、スクリーンの中で太陽が敵と戦い始める。
敵は……坊主で白いつなぎのような物を着ている。
間違いない。ウォーデン国の人達だ。
ウォーデン国とは、ハイラスマーレ国に一方的に戦争を仕掛けてきた国だ。
私達が前にこっちに来た時、ハイラスマーレ国の貴族達を引き込み、クーデターを起こさせるという攻撃を仕掛けてきたが、間一発のところで止めることができた。
この世界に来る時に頭の中に浮かんだ言葉。あの言葉は、ウォーデン国の王、ハイルの言葉。
海斗兄を闇の魔力で暴走させるなど、とにかく悪い王様で、悪い国……だと思ってる。
太陽は得意の雷の矢で敵の動きを誘導して、あらかじめ設置していたであろう炎の柱を使い敵を戦闘不能まで追い込んだ。
「太陽、強いね。」
「うん。敵もそんなに弱くないはずだけど。」
1年のブランクを感じさせない強さ。
この力は、もちろん太陽が努力して身につけたものもあるが、STORY TELLERに授けられた力が大きい。あとは元々の才能である身体の中の莫大な魔力。
これは里穂姉と海斗兄も同様なんだけど、どうして他の世界から来た3人がこんなに魔力を持っているのかは未だに謎である。
国を取り囲む壁まで、残り1キロ弱。
海斗兄が太陽に追いついた際少し言い争ったように見えたけど、その後は一緒に戦っている。
さすが幼なじみ。阿吽の呼吸で敵を次々と戦闘不能にしていく。
ただ、なんだろう。何か引っかかる。
私の腑に落ちない顔に、里穂姉が首を傾げる。
「わかちゃん、どうしたの?」
「うーん、なんか違和感があって。」
太陽達が敵を倒しているおかげで、戦火に巻き込まれた人達は救われている。でも中には怪我をしてしまった人や、倒れたまま起き上がらない人もいる。
燃えている家を見て、立ち尽くす家族。
そんな地獄のような風景、それに巻き込まれた人達を見て確かに心がズキズキするんだけど……何か、違うような。
「ねえ、里穂姉。ここって南町だよね?」
「うん。2人はそのまままっすぐ入って行ったと思うし、この洋服屋さんは見覚えがあるわ。」
南町の洋服屋さん。家族で経営しているお店で、気のいい奥さんが私達の服を見繕ってくれたっけ。対抗戦の優勝者としてふさわしい服を着てもらいたいからねって。
でも、お店の前にいる人達……
「洋服屋さんは見覚えあるけど、店員さんの顔が違う気がするのは気のせい?」
「えっ!?」
私の言葉に里穂姉がまじまじとスクリーンを見て……ハッとする。
「本当だ。よく見ると全然違う人だ。あれ?そもそもみんななんだか見覚えがないような……」
それだ!!
私が感じていた違和感の正体。それは、南町の人達の顔に全然見覚えがないということ。
南町は商業的に一番栄えている町で、私達もよく買い物に出かけていた。色んなお店に行って、顔馴染みもたくさんできたはずなのに、なんでか1人も知っている人がいないのだ。
まるで場所はそのままに、ごっそり人だけ入れ替えたみたい……
ピクッ
里穂姉の顔が曇る。
「どうしたの!?」
「太陽から、敵が多くて埒があかないから、広域魔法で一気に敵を倒したいって念話がきたんだけど、なんだかまずい気がするの。」
私達の目の前には、石造りの高い壁。その中央には木で造られた大きな門が開け放たれている。
もうハイラスマーレ国までは100mを切った。
「あっ、あれ!!」
南町の上空に1人。長身のスキンヘッド。
あれは……フィミール!!
私達を何度も窮地に追い込んだウォーデン国の魔導師。
読心術、戦闘スキル共にとても高く、あの男と互角に戦える魔導師はこの国でもごくわずか。そんな男が直々に指揮をとっているということは、やはり本気でウォーデン国は攻撃を仕掛けてきているということ。
スクリーンを見ると、太陽は広域魔法を使うため魔法陣の中で詠唱しており、海斗兄は近づかせないよう守っている。どっちもフィミールには気付いていないみたい。
里穂姉は念話で伝えていないの?
横を走る彼女を見ると、さっきより眉間に皺が寄っている。
次の瞬間、いつも冷静な里穂姉がびっくりするような大きな声を出した。
「太陽!!魔法を止めて!!!!」
あまりの声量に私は走りながらピョンと跳び上がってしまう。
女の子である私ですらドキドキしてしまうような端正な横顔には、焦り、後悔、不安など、様々な負の感情が表れている。
そこで察した。どういうことかは分からないけれど、私達は取り返しのつかない事をしてしまったのだと。
国境線まであとわずか。もう身体は開け放たれた門を通過するかしないかまで来ていた。
私がギュッと足を止めようと踏ん張ったと同時に、里穂姉の手が伸びてきて私を同じく止めようとする。
「わかちゃんも、止まって!!」
けど、遅かった。
バリバリバリ、グワシャーン!!
南町全体に青白い閃光が走る。それは的確に敵目がけて飛んでいく。
そして……
私のつっぱった左足の先が、石造りの床をズズズズズと滑っていく。この瞬間だけでいいから摩擦係数が上がってほしい。
しかしそんな願いも虚しく、無情にも私の右足は、国境線……門の真下を越えてしまった。
国を覆うように張り巡らされていた魔法陣、ひいては、それによって発動していた魔法は、私の消却魔法によって跡形もなく消え去ってしまったのであった。




