078 秘めたる想いとすれ違い
運命の日、前日。
里穂姉のお家から帰ってきた私は、お姉ちゃんに何度も何度も謝罪することでようやく許してもらい、林間学園で着ていく洋服や下着、持ち物などを見繕ってもらった。
太陽や海斗兄、周りにいる人達は私のことを男女とか言うけど、これでも年頃の女として、こういうところには気を遣っている。
だって、何があるか分からないし。
そうこうしている間に時は経ち、あっという間に林間学園当日。
「行ってきます!!」
小さなリュックサックを背負い、大きなボストンバッグを肩にかけ家を出た。
外の天気は曇り。行き先には晴れの予報が出ていたけれど、やっぱり気持ちはどんよりしてしまう。天気のせいだけじゃないけど。
そして校庭での出発式を終え、バスに乗り込みいざ目的地へ!!
「若葉、太陽がいなくて寂しいだろ。」
「そんなことないし。」
斜め後ろの席からの将也のからかいを軽く受け流す。
とは言え自分の隣の席が空いているのはやっぱり寂しい。
いや、今の状態では、隣にいても何を話したらいいか困っていたに違いない。
そう考えると、向こうで合流というのは良かったのかな?
バスは高速に乗り、しばらくすると太平洋沿いを走り始める。それに伴い雲が少しずつ晴れていく。
海が綺麗。広大な太平洋を見ていると、私の悩みなんてちっぽけなものに感じてくる。
私達が向かっているのは、帝都から200キロメートルほど離れた関東地方の真上、太平洋に面する県、幸鳥県。
そこの青年の家に2泊3日、様々な活動をしながら仲を深め、生きる力を養う。
サービスエリアでの休憩を挟みながら4時間弱、渋滞に巻き込まれることもなく、予定通り第一の目的地、高倉ダムに到着。ここからは班行動となり、国聞山に登った後、海沿いの青年の家までハイキングをする。
移動距離約20キロメートル、時間にしておよそ4時間。なかなかの行程だ。
「おっす、みんなー。」
ドキリ。
バスを降り、将也と恵と荷物の準備、ルートの確認をしていると、後ろから聞き慣れた声。
リーダーの到着に、クラスメイトが沸く。
「太陽!お疲れー!」「選抜合宿どうだった??」
一気に取り囲まれ少し面倒臭そうに、でも満更でもなさそうにみんなの質問に答えている幼なじみ。
そんな彼を遠くから眺める私。
なんだか遠いなぁ。物理的にも、心的にも。
「行ってあげなくていいの?」
「うん。私が行ったらまた冷やかされちゃうし。」
恵がちょっと心配そうに顔を覗き込んでくるので、笑顔で答える。
喧騒は先生達の「おまえらそろそろいい加減にしろ。」という言葉で終わりを告げ、太陽は私達の班に無事合流。
「久しぶりだね。」
「そんなことなくないか。2日ぶりだろ?」
私にとってはこの2日間、とっても長かったんだよ。
それから太陽の荷物を確認したり、積み替えたりと色々準備をし、他の班より少し遅れて登山を開始した。
国聞山の山頂。関東にかかっていた雲はこっちにはかかっておらず、後ろには巨大な山脈、前には町とその先の太平洋が一望できる。帝都では味わえない清々しさに、思わず深呼吸をしてしまう。
「おまえら、喧嘩してんの?」
太陽と恵はお手洗いに行き、将也と2人きり。
急な質問に驚き呼吸が止まるが、平静を保ちつつ聞き返す。
「な、なんで?そ、そんなこと、ないよ?」
「いや、どんだけ隠すの下手なんだよ。バレバレすぎんだろ。」
「……。」
将也のくせに。
小学生の時は私よりも小さくて、ほんと小猿みたいだったのに、今じゃ私よりも大きくて、生意気になって。いや、生意気なのは昔からだけど。
なんだかイラッとした私は、彼の脛に軽く蹴りを入れる。
「いって!お前さ、そういうことするから男女とか言われるんだぞ。」
こいつー!私が今気にしていることをピンポイントで指摘してー!!
元はと言えば将也と恵の冷やかしから始まったんだからね!!
「もういい!将也のバカ!!」
もう一回蹴りを入れようとしたが、今度はひらりとかわされる。
「若葉、落ち着けって。喧嘩するために言ってるんじゃないんだから。
ほら、お前らがそんな感じだと、班の空気も重くなるだろ?だから早く仲直りして欲しいんだって。」
「それは……ごめん…」
確かに将也の言う通りだ。せっかくの林間学園なのに、これでは私達のせいで台無しになってしまう。
「今日の夜の肝試し、お前ら2人にしてやるから。ちゃんと仲直りしとけよ。」
「そ、そんなことしなくても……」
今の状態で2人きりとか気まずすぎるよ……
断ろうと口を開きかけた時、タイミング悪く太陽が帰ってきてしまう。
「何の話してんの?」
訝しげな顔をしながらこっちに歩いてくる太陽に対し、あたふたする私。そんなことなど一切気にすることなく将也はヨイショと立ち上がると一言。
「トイレ長くね??って話。」
うまく誤魔化しているというか、なんというか……
幸いにもこの会話がこれ以上続くことはなかった。
それから3時間ほどかけて目的地の青年の家に到着。着いた時にはもう16時を大きく回っていたが、なんと私達が1番に到着したのだった。
後から聞いた話だが、他の班が通った道はことごとく通行止めとなっており、全然別のルート(これは地図係の将也が何も下調べをしておらず、とりあえず海に向かって歩こうぜという安易な考えで歩いた結果である。)で歩いたことが功を奏したのだった。
なんか最近の幸運?ここまでくるとやっぱり何かあるのではないかと疑ってしまう。
到着予定時刻から大幅に遅れ、学年主任の先生に指導を受ける友達を横目に夜ご飯を済ませ、風呂、部屋での自由時間を経てあっという間に肝試しの時間となった。
場所は青年の家の裏手の林。21時ともなれば、田舎ということもあり周辺の家々の灯りは少なく、鬱蒼とした林の中は漆黒。頼りになるのは手に持った懐中電灯のみ。
カサカサカサ。ビクッ。
風で葉が擦れる音に身体がこわばる。私、こういうのダメな人なんだよね……
いつもなら隣の幼なじみに引っ付いてギャーギャー言いながら気を紛らわすのだけれど。
喧嘩している手前それもできず……
ブルブル震えながら歩く私を見かねたのか、太陽がぶっきらぼうに手を差し出してくる。
「ほら。」
恐る恐るその手を掴むと、ぎゅっと握られ、そのままズンズン進んでいく。
そのまま10分ほど歩いただろうか。
ザッ。
太陽が急に止まったため、私はそのまま前につんのめる。木々の間から月明かりが差し込み、太陽の顔を照らす。あの顔は……やっぱり怒ってる……
「若葉、なんでメール返さなかった?」
「あの日はすぐに寝ちゃって……」
「でも、次の日でも返せただろ。その次の日も。」
「それは……」
迷惑かけると思ったから。海斗兄も合宿中は返さないほうがいいって。
頭の中には伝えたい言葉がいっぱいあるのに、それらが口から出てこない。
ダンマリの私に「はぁ。」とため息をつく。今まではなんてことなかった一つ一つの仕草が、私をさらに萎縮させる。
大好きな人と話しているのに……
こんなに辛い時間は初めて。
私達、今までどうやって仲直りしていたんだろう。
「じゃあさ、なんであの日、先に帰ったんだよ。危ないから1人で帰るなっていつも言ってるよな?」
「……。」
サワサワと草木が擦れる音。
実際には数秒の間も、もっと長い時間に感じてしまう。
里穂姉はちゃんと自分の気持ちを伝えた方がいいって言ってた。
確かに最近自分の気持ちを太陽にうまく伝えられていない気がするのは確かだ。それはきっと向こうの世界から帰ってきて、改めて太陽のことを男の子として好きだと認識したから。
今まで気にならなかったことが気になりだしたのも、同じ頃。
「黙ってたって分かんないだろ!」
太陽の口調が強くなる。きっとこれも意図したものじゃない。私を傷つけようとしてるわけでもない。
ただ、心配してくれてるんだ。
それは分かる。分かってるんだけど……
「……ぉとこおんなって言われたから……」
「えっ?」
ハッとして両手で口を抑える。私今、無意識の内に……
「俺が男女って言ったから?そんなことで怒って帰ったのか?」
そんなこと!?
その言葉に、私の感情を堰き止めていたダムが決壊した。
「そんなことでじゃないもん!!私は嫌だったんだもん!!」
言葉が強くなる。そしてそのことに自分が一番驚く。でも、ここまできたら引き下がれない。
太陽は太陽で、私の剣幕に驚いたようだが、繋いだ右手をギューっと握り締め言い返す。
「そんなことだろ!みんな言ってることだし、そもそも本気で言ったわけじゃねーし。」
「みんなが言ってたとしても、太陽には言われたくないの!!」
「なんだよそれ、意味わかんねーよ!!」
上から見下ろされ、睨まれるが、負けじと睨み返す。自然と涙が溢れるが、ぐしぐしと左手でぬぐい、また睨みつける。
太陽とこんなに言い争ったの、いつぶりだろう。
心の中はカーッと熱くなっていたけど、なんだがスッキリしている自分もいることに驚く。
後から思えば、林のど真ん中、林間学園の肝試し中にこんな大きな声で喧嘩は色々まずかったなぁと思うけど。
でも、ちゃんと自分の気持ちを伝えられたのは良かったんだと思う……多分。
睨み合うこと数十秒。
先に口を開いたのは太陽だった。
「先生達に心配かけるのもまずいから、とりあえず行こう。今日の夜、抜け出せるか?そこで落ち着いて話そう。」
「……うん。感情的になっちゃってごめんなさい。あと、心配かけて……」
幼なじみの冷静な言葉に、私も冷静さを取り戻し、また歩き始める。
私の右手と、太陽の左手は繋がったまま。
肝試しのコースも終盤に差し掛かり、青年の家が見える。
「あれ?」
太陽も気付いたらしい。宿舎の一室から明かりが漏れている。かなり強い光。部屋の電気をつけ忘れたとかそんかレベルではない。
そして、私達はその光の正体を知っている。
肝試しのことなど完全に頭から消し飛び、私と太陽はその光の元へ駆け出していた。




