074 惜別の花
「おそらくここだよな。」
「うん、私達がこの世界で最初に目覚めた場所。それに、この建物……来た時は全然気がつかなかったけど、旧校舎に似てるよね。」
あの時はとにかく必死で、この建物自体をまじまじとみることはなかったけど、建物全体の形や扉は確かに似ているような気がする。
「調査を王様達に任せてたから。もしかしたら私達が確認してれば、もっと早く気付いたかもだね。」
「まあ気付いたとしても、鍵がなきゃ結局帰れなかっただろうけどな。」
STORY TELLERから出現した鍵は今、4人の首元にかかっている。
細かく調べたが、4本とも形も重さも同じだということは分かったものの、材質は不明だし、魔力は探知できないしで謎に包まれていた。
ただ、なぜか分からないけれど、旧校舎の鍵だということだけは4人とも分かるのだ。
12月25日、クリスマス。
元の世界に帰れる目処がついた俺達は、お世話になった人達にお別れの挨拶をしに行った。俺達が他の世界から来ていることは、最後まで隠し通した方が良いと王様から言われていたので、急に故郷の国に帰らなければいけなくなったということにした。
この世界で特に仲良くしていたミーナのアンナは急な出来事に驚き、とても悲しんでいたが、なんとクラスメイト全員を招集し、お別れパーティーを開いてくれたのだった。
「4人がいてくれたから、私の大事なものを守ることができた。また歩き始めることができた。だから……ありがとう。」
「4人がいてくれたから、勇気を持てた。正しいことを正しいって言えるようになった。ありがとう。」
別れ際、ポロポロ涙をこぼしながら2人に言われた言葉。この世界に来て良かったと心の底から思えた瞬間だった。
そして12月26日。早朝。
俺達はこの世界に来た時と同じ場所に、当時と同じ格好で戻ってきていた。
「ちゃんとお別れはできたのか?」
「あぁ、1人を除いてばっちりだ。悪いな、日にちを伸ばしてもらって。」
「いいのじゃよ。区切りというのは大切なものじゃ。永遠の別れとなれば、尚更じゃ。だから、申し訳ないのぉ。父親として謝らせておくれ。」
ここにいるのは、俺達が他の世界から来たこと、そして戻ることを知るショーンさん、エリーン先生、そして王様。
はぁと大きくため息をつき、首を振るショーンさん。
「ったく、マーレのやつ……あいつを擁護するわけじゃねーが、お前らが帰れることを1番喜んでるのは他でもないマーレだ。
ただ、同時に1番一緒にいたいと思っていたのもあいつだから。きっと気持ちの整理がつかないんだと思う。」
「分かってます。だって、俺達も同じ気持ちですから。」
マーレの気持ち、俺も痛いほど分かる。仲が良いほど、大切な人ほど別れって辛いものだから。
若葉はエリーン先生と、海斗兄はショーンさんとそれぞれ話している。俺と里穂姉はもう一度建物を確認し、鍵穴を覗き込んでいると……
「太陽、忘れ物じゃよ。」
王様が差し出した物は、寝室に置いてきたはずのSTORY TELLER。俺は首をゆっくり横に振る。
「それはこの世界の宝です。俺が触ってしまったので、もう使い物にはならないと思いますが、それでも元の世界に帰る俺が持っているわけにはいきません。」
里穂姉も隣で頷く。これは4人で決めたこと。できる限りこの世界の物は持ち出さない。きっとその方がお互いのためだから。
けれど、王様は静かに笑うだけで、STORY TELLERを差し出したまま。
そのままの状態が10秒、20秒と続く。
「王様、本当に受け取れません。」
「里穂、この本は君達が持っていなければ意味がないのじゃ。
太陽、持ち主として、最後までその本の面倒を見てくれないか?老人の頼みだと思って。」
互いをじっと見つめ続ける6つの瞳。
「俺以外は、もう絶対に使うことはできないんですか?」
「左様。」
「この本を持ち出して、何かが起きることはないんですか?」
「それは分からん。やったことがないからのぉ。ただ、それでもわしは君達にこの本を託したいのじゃ。きっと役に立つはずじゃ。」
他ならぬ王様の頼み。ここまで言われては仕方あるまい。俺はSTORY TELLERを受け取ると、カバンの中にしまった。
空が白み始める。もうすぐ夜明けだ。
こんなところに来る物好きはいないと思うが、何が起きるか分からない。出発は早い方がいい。
「それじゃあ、そろそろ私達は行きます。とは言っても、どうなるかはまだ分からないんですけどね。」
「STORY TELLERが言っているのであれば、大丈夫ですねぇ。若葉の消却魔法がどう作用するかは気になりますがねぇ。」
「えっ、どうしよう私だけ戻れなかったら……」
というわけで、まず初めに若葉が鍵を差し込むことになった。最後に若葉が扉に入ったら、帰れませんでしたは洒落にならないからな。
若葉が鍵を差し込もうとゆっくり手を伸ばす。その手が緊張で震えているのが分かる。鍵が鍵穴に触れるか触れないかまで近付いた時……
バサッ、バサッ、バサッ。
大きな羽音が上空から響き渡った。上を見ると、よく知っているドラゴンがゆっくり降りてくる。
「ルーラ!」
里穂姉が手を伸ばすと、着地したドラゴン……マーレのドラゴンであるルーラが、一枚の手紙を渡す。
優しく撫でながら受け取ると、透き通るような水色の手紙に書かれた宛名をゆっくり確認する。
「マーレからだわ。」
里穂姉は魔法で綺麗に上部を切り取ると、中から同じ色をした便箋を取り出す。
拝啓 大切な私の親友達へ
お見送りに行けなくてごめんなさい。でも、行ったらきっと迷惑をかけてしまうから。「帰らないでほしい。」って言ってしまうと思うから。泣いている私を見たら、きっと優しいみんなは困ってしまうと思ったから。
だから、お見送りには行けません。ごめんなさい。
みんなと過ごした半年は、私にとってかけがえのない宝物です。大変なこともありました。怒ったこともありました。悲しいこともありました。でも、それと同じくらい、楽しくて嬉しくて、わくわくする、そんな日々でした。
みんなは私を姫ではなく、1人の友人として扱ってくれましたね。この世界でそういう風に接してくれる人は、ショーンだけだったから。でも、ショーンにも立場があるから。だから本当に嬉しかったのです。
水族館、花火、文化祭、放課後の寄り道……どの時間も、私にとっては大切なものです。
太陽、いつも私のことを笑わせてくれて、元気にしてくれてありがとう。若葉、いつも私に笑いかけてくれて、抱きしめてくれてありがとう。海斗、いつも私のことを気にかけてくれて、助けてくれてありがとう。
そして里穂。私は母を知りませんが、父から聞いている母に、あなたはそっくりな人です。優しくて、聡明で、勇敢で、ちょっぴり緊張しいで。私の方が年上なのに、変ですよね。でも、そう感じたのです。里穂と一緒にいると、心が穏やかになるのです。だから、ありがとう。
最後に、私は宣言します。
みんなの世界に行く方法を必ず見つけます。
人がいっぱいで、高い建物が所狭しと建つ巨大な街や、透き通った青い海を見てみたい。今度は私がみんなの世界に行ってみたいのです。
だから、これは永遠の別れじゃない。私達はまた会えます。そちらの世界で、待っててください!
みんな、本当にありがとう。大好きです。
またね。
マーレより
「なんだよ。言いたいことがあるなら面と向かって言えよ!!」
手紙の内容に、感情が抑えきれなくなってしまったのだろう。憤る海斗兄を諌める里穂姉。
「でもさ、海斗兄……私、マーレの気持ち、分かるなぁ。だって…私も、すっごく…さみしいもん。」
若葉が笑顔で、でもポロポロと大きな褐色の瞳から涙をこぼす。小さな幼なじみをスッと引き寄せると、俺の身体に身を預け俯ける。
俺も寂しいよ。
ヒューーーンッ………パアァッン!!
スカイキャッスルの横に大きな花火が上がる。
それは、この世界に来て、里穂姉が初めて使った魔法。
マーレが1番気に入ってくれた魔法。
「海斗、きっとまた会えるわ。だから……ねっ!」
海斗兄は右手を空高く掲げると、火の玉を打ち上げる。それは、打ち上げられてからきっちり3秒後、大空に大輪の花を咲かせた。
それはまるで、別れの言葉に応えるかのように。
「わしの娘の友人になってくれて。本当に感謝しておる。ありがとう。
さあ、別れの時じゃ。太陽、若葉、海斗、里穂、達者でのぉ。また会えるその日まで。」
王様。
「お前ら、次来た時は4賢者を継いでもらうからな。」
ショーンさん。
「元の世界でもしっかり学び、成長してくださいねぇ。」
エリーン先生。
「今まで、ありがとうございました。」
全員で一礼。深々と頭を下げた俺達は、パッと振り返り扉に向き直った。
俺達がこの世界に来た時より空はずっと高くなり、足元の風に揺れる草は、種類を変えている。
約半年か……元の世界はどうなっているのだろう。
父さん、母さんは心配してるかな。友達は、先生達は、俺達を受け入れてくれるかな。
若葉が勢いよく鍵を鍵穴に差し込み、右に回した。
ガチャリ!
とドアの開く音が聞こえたと同時に、俺達はこの世界から跡形もなく消え去ることとなった。
激動の日常と共に




