070 最悪の置き土産
ジェラールと共に消し飛んだシャンデリアと天井を見上げ、王は肩を落とす。
「逃げられてしもうた。ここまで追い詰めたのに、すまんのぉ。」
その立ち姿は、いつもの威厳に満ち溢れた王ではなく、弱々しい老人だった。怒りはもう感じられず、穏やかな魔力に戻っている。
「ところで、置き土産を置いていくとのことじゃったが、皆異常はないか?」
ぐるっと周りを見渡す。激しい戦闘で、綺麗に整えられていた部屋にはそこかしこに傷跡が残っている。ただ、貴族達は倒れたままだし、ショーンさん、マーレ、里穂姉、若葉は怪我はしているもののちゃんと生き残っている……あれ?
「海斗?海斗はどこですか?」
マーレも異変に気付いたようだ。海斗兄がどこにもいない……どうなってるんだ?
まさか、連れ攫われた?
ズズズ、ズズズズズズ……
巨大な魔力が部屋全体を振動させる。この感じ、この魔力、どこかで……
発生源は……外?
俺達が粉々に粉砕し入ってきた窓の方を見ると、黒いオーラに包まれた、長髪の男が浮いている。
「まさか……ちゃんと封印したはずなのに……」
「海斗兄……」
間違いない、海斗兄だ。ケルベロスを瞬殺し、俺達を殺しかけたあの姿。闇に堕ちた姿。
なんで急に……
いや、間違いなくこれがウォーデン王の置き土産。
「海斗兄、急にどうしたの!?闇に呑み込まれちゃダメだよ!!私の声、聞こえる?」
「そうよ、海斗!もう危険な目に合わせないって、約束してくれたでしょ!!
闇なんかに負けないで!早くいつものバカ海斗に戻りなさい!!」
月を背に闇夜に浮かぶ海斗兄に対し、若葉と里穂姉が声を張り上げる。けれど、静止したまま、微動だにしない。
雲がないことも相まって、月のゆっくりな動きと長い髪のはためきが強調される。
俺は気付いていた。身体能力を強化している俺は、少しの目の動きですら見逃さない。海斗兄の意思は感じられないけれど、幼なじみは何かを探している。
そして、それを彼は見つけた。
巨大な魔力が一気に身体に収束され、異次元のスピードで飛び出した。
ガンッ、と衝突音がし、その後ジジジ、ギギギという魔力同士がぶつかり合う音が部屋中響き渡った。
俺も反応できるかできないからギリギリの速さだったが、王様はしっかり反応していたらしい。海斗兄の拳から伸びる黒い槍のような物は、王様の魔法障壁に阻まれていた。
「なるほど、わしが狙いか。」
王様は貴族達に魔力を奪われた影響で、まだ本調子ではない。魔法障壁は強固だが、腕は小刻みに震えているように見える。
「海斗!!いい加減にしろ!!」
ショーンさんが飛んでくるが、危険を察知したのか、すぐに距離を取り、入り口のエレベーター前で様子を伺っている。攻撃にも防御にも適した絶妙な距離感。海斗兄の戦闘センスが滲み出ている。
「マーレ、封印魔法じゃ。闇の魔力をもう一度封印するのじゃ。ショーンはその補助を頼む。」
「待ってください!!」
王様とショーンさんの間に里穂姉が割り込む。
実は俺も同じことを考えていた。里穂姉に先を越されてしまったが、多分考えていることは一緒……なはず。
「里穂、こいつは危険だ。闇の魔力を封印しなければ、殺すしかなくなる。」
「分かってます。だから、その役目を私達にやらせてください。」
ショーンさんの眉が上がる。
お前達にできるのか?と聞いているような、そんな表情。
海斗兄はまた魔力を溜め始めている。先程よりと濃い魔力は、次の攻撃の危険さを表している。早く説得しなければ。
「俺達が元の世界に戻った時、ショーンさんやマーレを頼ることはできないんです。俺達が海斗兄を止められなきゃだめなんです。」
俺と里穂姉、そして若葉も、顔を見合わせ、大きく頷く。俺達がやらないといけないんだ。これから先、何があるか分からないからこそ。
「危険すぎます。海斗の力は、前回の暴走の時と比べて格段に強くなっています。あなた達にもしものことがあったら……」
「分かった。」
マーレの心配する声を左手で制すが、今回はその手を払い除ける。そして、キッとショーンさんを睨みつける。
「ショーン、何が分かったですか!!全然分からないですよ。
なぜ彼らが命をかける必要があるんですか?彼らは巻き込まれたのです。彼らはこの世界で命をかけて戦う必要などないのです。
それなのに……あんまりです…」
最後の言葉はあまりにも弱々しく、か細い声だった。マーレは俺達のことを誰よりも心配してくれている。それが痛いほど伝わってくる。
「大切な…友人…なんです……だから、心配なのです…」
そして、それは今に分かったことではない。俺たちが貴族の件で突っ走って危うく死にかけた時も、魔導大会で戦っている時も、マーレはずっと気にかけてくれていたんだ。
けれど、俺達がこの世界から元の世界から戻る時……別れの時は迫っている。
感じるんだ、もう終わりは近い。
だからこそ、成長した姿を見せたいんだ。
そして、安心して送り出して欲しいんだ。
だから……
「マーレ、大切に思ってくれてありがとう。
ショーンさん、信じてくれてありがとうございます。
私達は、絶対海斗兄を止めます!!」
若葉は、マーレの手の平をぎゅっと握りしめると、俺達の横に並ぶ。
決戦の時。
「里穂姉、作戦はある?」
「もちろん、とっておきのがね。わかちゃんも、しっかり作戦に組み込んでるから。働いてもらうよ!」
「もちろん!これでまた私だけ除け者だったら、拗ねるから!!」
手短に、必要最小限のことだけ頭に叩き込む。俺も若葉も、自分の役割をこなすことに専念すればいい。
大丈夫、自信を取り戻したうちのブレーンは半端じゃない。
絶対にうまくいく。絶対に成功させて見せる。
「王が狙いのようだが、こっちの防御は俺達に任せろ。お前達は、封印に集中だ。来るぞ!!」
「はい!!」
海斗兄が全速力で突っ込んでくる。それを里穂姉のイージスが真正面から受け止める。
ガンッ!と激しい衝撃音の後、俺は盾の影から、勢いよく飛び出した。




