064 STORY TELLERの主人
開き切るまで1分ほど。中に入ると、あまりにも意外な光景が広がっており、驚きを隠せない。
そこは空の上のような場所だった。眼下には私達の世界と同じ青い海が広がっており、その上を白い雲が流れている。歩くと水面に雫をたらした時のように波紋が広がる。
「綺麗な場所。」
わかちゃんの素直な感想に同意。沈んだ心が幾分か晴れるような景色。
その中心、台座のような物の上に一冊の本。
「あれが……STORY TELLER。運命の本。」
「もうあんた達の物なんだから、もっと近くで見てみな。」
本は国語辞典くらいの大きさ。煌びやかな装飾は一切ないただの本なのだが、何か神々しいというか、荘厳な感じがする。茶色い革表紙には、蛇のようなニョロニョロした文字で何か書かれている。読めないけれど、きっとSTORY TELLERと書いてあるのだろう。
「さて、誰が持ち主になるんだい?わかってると思うが、最初に触った人間が持ち主だ。後から変えることはできないからな。」
「もう決まってるよ。太陽、STORY TELLERの持ち主はお前だ。」
「えっ!?」
驚きを隠せない太陽に、海斗は当然だろって顔をする。
「だってさ、そもそもこの本は対抗戦の優勝賞品なんだぜ?優勝していない俺と里穂がもらうのは筋違いだし、若葉は本に触った瞬間魔法が消されかねない。ってなったらお前しかいないだろ。」
確かに海斗の言う通りだ。私や海斗じゃ、国民が納得しないだろう。
私も全く同じことを思っていたけど、その言葉を海斗が代弁してくれて安堵する。と同時に、自分が持ち主にならなくて良いこと……責任を持たなくていいことにもホッとしている自分がいた。
そんな私の身勝手な思いとは裏腹に、太陽は二つ返事で持ち主になることを受け入れてくれた。
「そこまで考えてなかったからびっくりしちゃったけど、よくよく考えたらそうだよな。ちょっと責任重大であれだけど、3人が任せてくれるなら、俺、頑張るよ。」
「私でもいいよ!」と言うわかちゃんに対して、「だからダメだって!」「本の魔法が消えたら洒落にならんから!」といつもの掛け合いを見せる3人。
3人とも、この決断がどれだけ重たいのか分かっているはず。だからこそ、こうやって少しでも普通に振る舞っているんだ。
でも、今の私にはそこに入っていくだけの思いやりの心はない。
どんどん自分のことが嫌いになっていく。
「それでは……太陽だっけ?STORY TELLERの表紙に手を当ててみな。それで主人として認識されるよ。」
わかちゃんを海斗に託し、太陽は古びた本の皮表紙に手を伸ばす。
『本当に任せていいの?私がやるべきじゃないの?止めないの?』
心の声が私を責め立てる。
やめて!!もう何も言わないで!!
私はいつの間にか涙を流しながら、ブンブンと首を振っていた。そんな私に太陽は、
「里穂姉、大丈夫だよ。俺、頑張るから。」
笑顔で優しくあったかい声をかけてくれる。
違うの。私にそんな言葉をかけてもらう権利なんてないの……
「里穂姉、大丈夫?私が隣にいるね。」
「……ごめん、わかちゃん……」
細く小さな指が、私の小指をキュッと握りしめてくれる。
あなたの大好きな男の子に、重荷を背負わせてしまって……ごめんなさい。
太陽はそのまま手を伸ばし、STORY TELLERの表紙に手を乗せた。
パァッと光が手の隙間から溢れる。その光は、一瞬太陽の身体を飲み込み、また表紙に戻っていった。
表紙の蛇のような文字の下に、新たな文字が現れる。
読めないけど分かる。太陽の名前だ。
しばらくその場に立ち尽くした後、急に太陽がよろめいたのを海斗とわかちゃんが支える。2人とも心配そうな顔で見つめる。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ。色んな情報が頭に流れてきたから。」
色んな情報?何のことだろう。
すると、太陽が私と海斗に手招きをする。
「里穂姉、海斗兄。STORY TELLERが2人に触れって言ってる。」
言ってるってことは、念話みたいなのが伝わってくるのだろうか。とにかく呼ばれるがままに本の前に2人で立つ。
「大丈夫か?無理しなくてもいいんだぞ。」
私にだけ聞こえるくらい小さい、海斗の優しい声。みんなの優しさに、涙が止まらない。
もう今日何度目がわからない首振り。心はもうぐちゃぐちゃでボロボロだけど……
あと一回だけ、頑張ってみよう。
私はSTORY TELLERにゆっくり手を伸ばした。




