063 無限図書館
ハイラスマーレ魔導高等学院の敷地内にある図書館。国で1番大きな図書館で、中のスペースと蔵書は、魔法のせいで無限に増え続けている。毎年行方不明者が出るくらい内部は複雑な構造をしており、一般人は入れるエリアが制限されている。
私達高等学院の生徒は、一般人よりかは入れるエリアが多いものの、それでも図書館内の5パーセントほどらしい。まあ5パーセントとはいえ、人生全ての時間を費やしたって読めない量の本が置いてあるんだけど。
本や漫画が大好きな私としては、天国のような場所だ。
4階建ての白いレンガ造りの巨大な建物の前にドラゴンが着陸する。場所を伝えるだけでそこまで連れていってくれるなんて、とても頭がいいんだな。ドラゴンって、普段はどこにいるんだろう。野生もいるのかな。なんて考えながら地面に降りる。
「ありがとう。私達が戻ってくるまで待っててくれる?」
返事はなかったけど、ドラゴンはその場でうずくまりコンパクトに丸くなる。きっと意思は伝わったのだろう。
館内に入ると、外で起こっていることを全く知らないのか、いつも通りの光景が目に映る。せっせと本を整理する司書の方や、難しそうな本と睨めっこをする先生風の人達。
きっとここの人達は、外の世界のことにはあまり関心がないのだろう。自分の仕事に忠実であり、研究ができればそれでいい。周りに左右されない生き方は、今の私にはちょっと羨ましい気もする。
「俺、初めて来たけど、すげぇんだな。俺達が知ってる図書館とは比べ物にならないくらいの本の量だ。」
「私も。来ただけで頭が良くなれそう。」
勉強より運動の2人には無縁の場所だもんね。
海斗は一回私と来たことがあるんだけど、図書館の雰囲気が苦手だって言って入らなかったんだよね。
あの後太陽達に呼ばれて、フローズンフローズンの立て直しに協力して、貴族のことを知って……
あれが1ヶ月前だなんて、信じられない。もっと昔のように感じる。
「あのぉ、すみません。」
受付の人に声をかける。眼鏡をかけたいかにもな女の人は、難しそうな書類から目を離し、私達の方を面倒くさそうに見上げる。
ここの人達って、愛想悪いんだよね。私はもう慣れたけど。悪い人達じゃないんだけどね。
「これを受け取りに来ました。」
STORY TELLERの名前はあえて出さずに、鍵を渡す。鍵をマジマジと見つめる眼鏡の女性は、なんの鍵なのか気付いたらしい。
ガタッ!!と急に立ち上がるものだから、私達もびっくりする。
「この鍵を、なぜあなた方が?」
「4賢者のショーンさんから受けとりました。この2人は、対抗戦の優勝者です。」
太陽とわかちゃんがペコリと礼をする。
目を見開く彼女からは、もう面倒臭いという空気は伝わってこない。
むしろ、眼鏡の奥には、尊敬の眼差しと期待が滲み出ている。
「こちらへどうぞ。館長に会っていただきます。」
受付の後ろにある、関係者以外立ち入り禁止の地下へと降りる階段に、私達は案内された。
地下一階に、館長室はあった。すごく豪華というわけではないけど、広さは私達が今住んでいる部屋くらいある。金銀宝石で彩られた高そうな本や、分厚すぎる(私達の身長くらい)本が乱雑にテーブルの上に置いてあり、床には資料が色々と散らばっている。きっと整理整頓が苦手な人なのだろう。
館長室の先には、厳重に封印された両開きの扉が1枚。きっとあの先は無限に増え続けている蔵書スペースだ。私達だけで進めばきっと戻ってくることはできない。
少しすると、封印された扉がこちら側にゆっくりと開く。中から出てきたのは……えっ!?
「こんにちは。いや、もう夜も近いのでこんばんは、かな。外は月が綺麗か?あれ、今日は新月だったか?」
身長は私と同じくらいの女性……いや、老婦人だ。真っ白い髪に深く刻まれたたくさんのシワは、王様とさほど変わらない年齢を物語っている。ただ歳はとっていても、しっかりと背筋が伸びた立ち姿は、威厳すら感じる。
「えぇと、あなたは。」
「私?私はミンフィ。この図書館の館長を務めている。」
王様とは違い、話し方はお年寄りのそれではない。私も何度も図書館には通っているけれど、館長さんに会うのは初めてだった。
老婦人は、私達のことをマジマジと見つめると、小さなため息をついた。
「なるほど。では、ハイラスマーレは賭けに勝ったということだね。相変わらず悪運の強いやつだ。」
「ハイラスマーレ?賭けって??」
わかちゃんのハテナマークに対し、ミンフィさんはふんと一回鼻を鳴らすと、受付の女の人から鍵を受け取る。
「ハイラスマーレは王の名前だ。さて、私に付いてきな。はぐれたら死ぬよ。」
賭けについては教えてくれなかったけど、王様を名前で呼ぶ人なんて今までに1人もいなかった。多分この人、とってもすごい人だ。
ミンフィさんに続いて扉をくぐると、そこは完全なる異空間。
無限にも思える本の数々。空中に浮かぶ本棚や、椅子、テーブル。私達が乗る木製の階段は逐一動き回っており、入り口から勝手に遠ざかっていく。壁はないように見える。代わりに紫色の渦が至る所にあり、本や棚を吸い込んでは、放出している。
わかちゃんが触れて階段が落ちたら困るということで、引き続き太陽におぶさりながら移動することになったのだが……足のケガがすごい勢いで治ってきていることにびっくり。青あざはもう3分の1程度しか残っていない。
回復魔法はわかちゃんには効かないはずなのに……この事には、当の本人が1番驚いていた。
「あの渦に吸い込まれると、全く別の場所に飛ばされてしまうので注意してください。」
後ろから付いてくる受付の眼鏡の女性が教えてくれる。そういえば。
「あの、あなたが腰に付けているそのお花。ミンフィさんも付けているけれど、何か大切なものなんですか?」
白い花の中には光る何かが飛び回っているように見える。
「あぁ、これはホタルブクロという花なのですが、中に道標ホタルという虫が入っているのです。この虫は館長室にある道標の木に向かって飛ぶ習性があるので、館内で迷わないように皆つけているのです。」
なるほど、虫の習性を使っているんだ。よく考えられてるなぁ。
と、海斗が疑問を口にする。
「館内で迷わないようにって、迷ったら転移魔法を使えばいいんじゃないのか?それがダメなら身体強化でジャンプしたり、空飛んだりとか……」
「気付いている方もいるようですが、こんなに魔法っぽい物、事象が溢れているのに、このフロアには魔力がほとんどないんですよ。」
そうなの。実は扉を抜けたところから魔力をほとんど感じないの。これだけの魔力じゃ、転移魔法はおろか、身体強化すら厳しい。
動く階段を乗り継ぎながら、下のフロアに降りていくと、古びた石の扉が見えてくる。高さは3メートルほど。苔むしてはいるが、とても頑丈そうで、魔法を使わなければ破壊することは不可能だと思う。
「さて、着いたよ。ここがSTORY TELLERを保管している部屋だ。鍵を貸しな。」
ミンフィさんに鍵を渡すが、肝心の鍵穴がないような気がするのは気のせいでしょうか。
「鍵穴がないのが不思議なんだろ。驚かなくても、あんた達の顔に書いてあるよ。
この鍵はね、こうやって使うのさ!!」
バキッ!
老婦人は、いきなり手に持った鍵を真っ二つに折ってしまった。その辺に捨てた2つの鍵を、太陽と海斗がキャッチしようと手を伸ばすも、そのまま手のひらをすり抜け、床に落ちる前に光になって消える。
「おい、なんてこと……」
「うるさいねぇ、ちょっとは待てんのかい。ほら、扉を見てみな。」
ギギギギギ。少しずつではあるが、確実に扉が開き始めている。2人の男の子は、手を伸ばしたまま、あんぐり口を開いて扉を眺める。
「この部屋はね、一回こっきりしか使えない部屋なんだ。なんせ鍵は世界に1本。入るためには真っ二つに折らなければいけないんだからね。」
セキュリティが固すぎる。でも、そのくらいのものなんだよね、STORY TELLERって。
運命の本。
持ち主にとって必要なことが書かれた本。
誰もが喉から手が出るほど欲しい本。
でも、私は……この本の持ち主になるのは、なんだかちょっと怖い気もする。
いや、違うな。きっと今は何もかもが怖いんだ。こんなに自分って臆病だったんだなと、ここまでくると笑えてくる。
「どうした里穂。大丈夫か?」
海斗が気にかけてくれる。さっきからずっと。
ごめんね、心配かけて。
心の中でつぶやいた私は、首を軽く横に振った。海斗はポンと私の腕を叩くと、扉の方へ歩いていく。




