061 天才のトラウマ
「来てみたはいいけど……」
「なんか入れないんだが……」
これはどう考えても魔法陣よね。中の音も全く聞こえないし。
私と海斗は、コロシアムの前で立ち尽くしていた。
店主とミサさん、ルリットを連れてフローズンフローズンに転移した私達は、マーレに3人を託した。
マーレは2人が無事だったことに涙を流して喜び、ルリットに対して抑えきれない怒りを抱いていた。
だけど報復はせず、ベラベラ喋る貴族を庭に作った魔法陣の中に拘束した。
その後、2人を病院に運ぶことになったのだが、
「2人は対抗戦に行って!もう出場することはできないけど、太陽君と若葉ちゃんのそばにいてあげて。」
と言われ、全速力でコロシアムへ。
そして今に至るわけなんだけど……
「大会中だから魔法陣で囲ってるとかある?」
「いや、ないでしょ。それに、これ二重魔法陣よ。」
つまり、外からの侵入はもちろん、中から出ることもできないということだ。100歩譲って入場制限のためとかなら分かるが(席さえ選ばなければ国民全員が入るキャパらしいので、それもあんまり考えられないけど。)、中から出るのも制限するのは意味が分からない。
「里穂ならこの魔法陣、破れるのか?」
「破れない……と思う。こんな強固な魔法陣、ショーンさんやマーレクラスの魔導師でも数日はかかるよ。」
この魔法陣を一瞬で破れるのは、わかちゃんだけ。そんなものがどうして……
嫌な予感はどんどん膨らんでいく。中で一体何が起きてるの?
その後、海斗と2人でコロシアムの周りを一周してみたが、魔法陣には一切の綻びはなかった。空を見ると、魔法陣の中だけ雲が止まっているように見える。ということは、中の景色も固定化され、見えなくなっているということだ。
動きも音も、景色さえも分からない。コロシアムの中は、完全にこの世界から隔絶されている。
「里穂、あれ!」
海斗が指差す方向を見ると、魔法陣の一箇所、コロシアムの2階出口のあたりが揺らいでいる。
誰かが攻撃している?それとも、誰かが出てくる?
「海斗、こっち!!」
腕を引き、咄嗟に草陰に隠れる。もし私達の敵によるものだとしたら、今ここで見つかれば戦闘になりかねない。なんせ、コロシアム内にいない数少ない人間なのだから。確実に私達は邪魔な存在だ。
そして、この行動は正しかったとすぐに分かった。中から出てきたのは……貴族長ジェラール。
血の気が引いていくのが分かる。あの冷たい目、威圧感。思い出すだけで心臓の鼓動が早鐘を打つ。あの日の記憶が鮮明に甦る。
「あのやろう……」
その後ろからはフィミールと数人の貴族達。濃密で大きな魔力。全員が強力な魔導師だ。
「海斗……気持ちは分かるけど、今は堪えて…」
震える手で海斗を制止する。
彼らには私達2人じゃ絶対に勝てない。今は身を隠すしかないの。
貴族達が出てくると、魔法陣の揺らぎは収まった。スカイキャッスルを指差し、何かを呟く。
彼らは身体強化の魔法を付与すると、一瞬で目の前から姿を消した。
良かった…バレなかった。
怖かった……
でも、恐怖の要因は去ったはずなのに、私の身体の震えは一向に止まらない。
「里穂、おまえ……怖いのか?」
ビクッ。急に心の中を言い当てられ、感情が溢れ出す。気がついたら目から雫がポトポトと地面に落ちてしまっていた。
「……怖いよ……
だって、あの日…私達は、死ぬはずだったんだもん。生き残れたのは運が良かっただけ。しかも、そうなったのは私の軽率な判断のせい……」
私がもっとよく考えて、ちゃんと止めてれば良かったんだ。そうすればみんなを危険な目に合わせなくて済んだんだ。
あの日の経験を糧に、同じ失敗をしない様にってこの2週間ずっと自分に言い聞かせてきた。
ミサちゃんと店主さんの一件については、私達がやらなきゃいけなかったから、いつの間にか身体が動いてたけど……
ジェラールやフィミールの姿を見て、あの日を鮮明に思い出してしまって……
草陰に隠れたまま、私はしばらく動くことができなかった。
決断するのが怖い。
戦うのが怖い。
大切な人達を失うのが怖い。
大切な人達に見放されるのが怖い。
死ぬのが……怖い。
そんな言葉がぐるぐると頭に浮かんでは消える。
あの日受けたのは身体への傷だけではなかったんだ。
心にも傷を負ったんだ……
海斗は何も言ってこなかった。
言葉が見つからなかったのかもしれないし、あえて何も言わなかったのかもしれない。
でも、それで良かった。今は何を言われても、素直に受け入れられそうにないから。
どれくらい経ったんだろう。10分?20分?
貴族達が出て行った場所の真下、選手専用の出入り口の辺りが再び大きく揺らいでいることに気付いた。
ヴヴヴヴ……パーンッ!!
揺らぎは瞬く間に大きくなり、なんとそのまま魔法陣を掻き消したのだ。
中から出てきたのは……大切な幼なじみ達。
「太陽!若葉!!」
海斗が草陰から飛び出す。私も急いで涙を拭うと、出来る限りの笑顔を作り2人のもとへ向かう。
心はズタズタでも、それを2人には見せたくなかった。あの2人は、私にとって幼なじみであり、弟と妹でもあるから。
格好悪いところは見せたくない。
魔法陣が消えて気付いたことがある。まず、中で戦いが起きていること。1つや2つじゃない。ぶつかり合う魔力を数えきれないくらい感じる。そして、電光掲示板がある場所が天井も含めて大きく倒壊していること。
一体中で何が起きているっていうの?
わかちゃんと太陽も気付いたようだ。こっちに向かって手を振っている。
合流して驚く。太陽もわかちゃんも傷だらけだ。特にわかちゃんのケガが酷く、足や腕に青紫色の打撲痕がある。2人のケガから、どれだけ激しい戦いだったのかが、目に浮かぶ。
「若葉、そのケガ……」
「うん、色々あってね。めちゃくちゃ痛い!
でも、海斗兄、里穂姉、私達優勝したよ!!」
笑顔でVサインを決める幼なじみ。太陽におぶさる姿は痛々しいけれど、その可愛らしい満面の笑みから、満足感が伝わってくる。
「すげぇじゃん!!やったな!!」
「おめでとう!!2人で優勝するなんて、本当にすごいよ!!」
太陽の成長も知ってたし、海斗は大丈夫だって言ってたけれど、やっぱり心配だったから。本当に良かった。
「でも、今はそれどころじゃないんだよ。詳しく説明するから聞いてくれ!!」
わかちゃんとは対照的に、深刻な面持ちで状況を説明する太陽。その衝撃的な内容に、私達は狼狽する。
「そんな……それじゃあ、今この瞬間に、貴族達と魔導師達が中で戦ってるんだな?」
「そうなんだ。それに王様はジェラール達に命を狙われているし。」
それじゃあさっき私達が見たのは、王様を殺しにいく貴族達だったんだ……
どうしよう……もしこれで王様が死んでしまったら……
動けなかった私の責任なの?海斗を止めた私の責任なの?
でも……だって、あそこで出て行っても、私達じゃ何もできなかった。
私は悪くない。悪くないよぉ……
「……ほ姉?里穂姉?大丈夫?」
いつの間にかわかちゃんに顔を覗き込まれておりビックリする。顔を上げると、太陽も心配そうな顔をしている。
「あっ…あの……」
「里穂はちょっと疲れてんだ。ミサちゃんと店主さんの救出も頑張ってくれたしな。
あっ、2人はしっかり助けたから大丈夫だ!!今はミーナと一緒に病院に行ってる。」
「そっかぁ。良かった!!」
私達も、別れた後何があったか説明する。ルリットが犯人だということは、太陽達も知っていたようで驚きはしなかった。あのお墓に呼び出されたことを聞くと、とても嫌そうな顔をしていたが。
「じゃあ、寛大なるお方……あいつらのバックにいるのは……」
「ジェラール達のことだろうな。ルリット達の計画通りどころか、貴族達の計画通りに進んでいるってことか。」
裏にいたのはやはり強大すぎる敵。しかも目的が王様の暗殺だなんて……
いや、きっと暗殺だけでは済まない。王様が死ねば、ハイラスマーレ国自体がきっと終わってしまう。
あまりにも壮大すぎる。こんなのただの中学生の私達が踏み入っていい問題じゃない。
でも、そのまま話が終わるわけなくて……
「それで、この後どうする?やっぱり王様を助けに行くしかないよな。そうだろ?里穂姉!!」
……そうなるよね。太陽とわかちゃん、海斗ならそう言うに決まってる。
分かってる……分かってるけど……




