060 守りたいもの
医務室は、私達が最初に入ってきた入場ゲートと選手用の出入り口の間にあるらしい。
あの時は私、めちゃくちゃ緊張してて周りなんか何も見えてなかったからなぁ。
灯が少ない薄暗い通用口を歩いていると、女の貴族が話しかけてくる。
「ケガ、痛そうね。大丈夫?」
「えっ……あっ、はい。いや、痛いです、とっても……」
素直に答える私に対しクスリと笑う。だって痛いものは痛いし。
女の貴族は話を続ける。
「こんなこと聞かれたら怒られちゃうんだけど、あなた達、すごかったわね。2人で優勝しちゃうんだから。私も試合を見ながら思わず熱くなっちゃったわ。」
意外な言葉にびっくりして、女の人の方を見る。
太陽におぶさっているお陰で、目線は同じくらいになっている。身長は太陽より少し小さいくらいかな。顔はフードに隠れていてよく見えないけど、女性らしい華奢な身体つきをしているのは分かる。
そういえば私、重くないかな。
今更ながら太陽におぶさっていることに恥ずかしさを覚える。おんぶしてもらうなんていつぶりだろう。小学校低学年の時以来?
あの頃に比べたら私の身体も随分変化している。これだけ密着していれば、きっと太陽も気付いているはず。そう思うと、恥ずかしさは増す一方。
いや、太陽なら気にしないかも……それはそれでなんか悲しいけど。
なんて1人で考えていると、太陽が言葉を発する。
「なぜ貴族はクーデターなんて起こしたんですか?」
沈黙。
コツコツコツと、石造りの通路を反響する足音。
「あなた達は将来有望な子ども。だから、命を粗末にしてはダメ。この件には下手に首を突っ込まない方がいいわ。今のジェラール様は、子どもであっても容赦しないから。」
今のジェラール様?
気になることはたくさんある。けれど、この人、私達が今まで会ってきた貴族とは違うような感じがする。でも……
「私もしゃべりすぎちゃった。さぁ、そこを曲がったら医務室よ。お医者さんがいればいいんだけど。」
曲がった先、10メートルくらいのところに岩をくり抜いた部屋が見える。きっとあれが医務室だ。そしてその先10メートルくらいのところに明るい光が見える。
外だ。
私達はあそこに辿り着かなければいけない。そのために、この人を倒さなければいけない。きっと太陽は機会を窺っている。でも、私が彼に触れている限り、魔法は使えない。
つまり、私が離れることが合図。
神経を集中させる。いつ太陽が動くか、少しの変化も見逃さない。
ごめんなさい。
私を心配してくれたのに。気遣ってくれたのに。
恩を仇で返します。でも、私達を受け入れてくれたこの国を、王様達を守りたいから。
だから……
その時、出入り口の陰から突然人が現れた。
当然と言えば当然だけど、出入り口にも見張りがいたようだ。
ただ、魔法陣が簡単に破られることは想定していないのだろう。でなければ、もっと人数を配置するはずだ。
私の太腿を太陽がキュッと掴む。合図だ。
太陽の魔力がどこまで回復しているか分からない。
だから私もできることをしなくては。足も腕も、身体中痛いけど、動けないほどじゃない。
「やっぱり誰もいないみたいね。ここじゃ試合は見れないし、観客席に上がっちゃったのか……ガッ!!」
医務室を覗き込み隙が生まれたのを太陽は見過ごさなかった。私が離れた瞬間、雷の魔力を纏い目にも止まらぬ速さで顔面に蹴りを入れる。その勢いは凄まじく、女の貴族は医務室のベッドと共に、一番奥の壁に激突して動かなくなった。
「おいっ、そこで何をしている!!」
大きな音に気付いたもう1人の貴族が、バレットを撃ちながら一気に距離を詰めてくる。その数20発以上。ハウゲン達のものとは段違いの威力とスピード。
でも、私は怯まない。飛んでくるバレットの射線に入り、その全てをかき消す。
驚く貴族の横っ腹に太陽が拳を放つが、間一髪で避けられる。相手も身体強化の魔法を使っている。私が触ることができれば。
一進一退の攻防。本調子の太陽であっても互角の相手。曲がり角まで押し込まれてしまう。
これ以上下がれば、フィールドから見えてしまう。そうなれば援軍をよこされてアウトだ。
私は思い切って前に出た。予想外の行動に驚く太陽だったが、私を信じて道を開けてくれた。貴族は構わず先の尖った大きな氷柱で私を突いてくる。けれど私に触れた瞬間、氷柱はただの水に変わり、その水もかき消される。
魔法で作られた物は全て消却の対象だ。
呆気に取られた貴族に対し、私の後ろから飛び出した幼なじみは、至近距離で雷の矢を放った。
強化された身体を貫通することはなかったが、吹き飛ばされた貴族は石造の天井に叩きつけられ、意識を失った。
さっと曲がり角からフィールドの方を見るが、こちらに向かってくる人はいないようだ。
「はぁぁぁ。」
私は大きなため息をつき、床に座り込んだ。打撲?折れてる?右足が痛むけど、それよりも、極度の緊張状態から解放された安堵の方が大きい。
そんな私の頭をまたしても太陽はわしゃわしゃする。
今日何度目だろう。
でも、その顔は先程とは違いとても険しい。
いや、泣いてる?
「若葉、もしあの氷柱を消すことができなかったらお前死んでたんだぞ。」
「それは……」
今更になって身体が震えてくる。あの時はとにかく必死だったから何も考えられなかったけど、太陽の言う通りだ。もし消せていなければ、私は串刺しにされていた。
「けど、あの時お前が割り込んで魔法を消してくれてなかったから、多分勝てなかった。対抗戦もそうだ。お前に守ってもらわなきゃ勝てなかった。
くそっ、俺が若葉を守らなきゃダメなのに!!」
ギューっと拳を握りしめる太陽。強く握りしめすぎて手から血が滴る。
その手を私は無意識の内に握っていた。太陽の血が私の手にも滴る。
「太陽。今考えたら、怖くて震えが止まらないけど……
でもね、私、太陽のことを守れて嬉しいよ。」
ハッと顔を上げる太陽に私はにっこり笑いかけた。
「太陽が私を守りたいように、私も太陽のことを守りたい。」
あなたが私のことを大切に思ってくれる以上に、私もあなたのことが大切なんです。
「だから、ねっ。そんなに思い詰めないで。ほら、顔を上げて。王様を、この国を守ろう!」
太陽はじっと私を見ると、握った拳をゆっくり開いた。そして、私をもう一度おぶる。
「ありがとう、若葉。」
薄暗い通路を駆け抜ける。私達を受け入れてくれたこの国を、大切な人達を守るために。
この先どんなことが待ち受けるかは分からない。でも、後悔はしたくない。
怖い、とっても怖い。
でも何もせずに終わるよりは、何かして終わる方が100倍ましだ。
外に出ると、真正面に夕日があり目が眩む。すぐそこには二重魔法陣。
最強の高度を誇る魔法陣。どんなに優秀な魔導師でも、破るのには数時間、いやそれ以上の時間がかかるかもしれない。
でも、私には関係ない。
太陽の背中から降りた私は、手のひらをゆっくり近づけた。




