059 自分にできること
残された国民は、誰も動かない。今の状況を理解できないのだ。
そして、理解できた瞬間、パニックになるだろう。
「皆さん、聞いてください。」
会場中に響き渡る澄んだ声。マーレだ。
マーレは毅然とした表情で崩れたスクリーンの前に立つ。
「この国は未だかつてない危機に陥りました。ですが、約束します。私達王族は、そして魔導師は、皆さんの命を守ります。
だから、落ち着いてください。今は耐えてください。」
マーレの言葉によって、パニックは免れたようだ。泣いている人、怯えている人は見受けられるものの、皆大人しく席に着く。
それは俺達も同じだった。マーレの声を聞き安心したのか、若葉の手の震えも少し落ち着く。
『おい、太陽!俺の声が聞こえるか!?』
先程とは別の声が頭の中に流れる。
この声は、ショーンさん??
『こっちを見るな!反応するな!気付かれる!』
俺は咄嗟に上げようとした視線を止める。
若葉だけは俺の異変に気づいたようだが、チラリと見るだけで何も言わない。
『ショーンさん、念話は通じないはずじゃ。』
『特殊な回線を使っている。これなら他の奴らには聞かれないから安心しろ。
早速なんだが、お前達にやってもらいたいことがある。』
その口調からも、切羽詰まっていることが伝わってくる。こんなショーンさんは初めてだ。
『お前達にやってもらいたいこと』その時、フィミールとの会話が思い起こされる。
『君たちの出番はない。』
そういうことか。
「若葉……」
俺はケガを確認する素振りを見せつつ、耳のすぐ側で声をかけた。息が耳に当たったのだろう。若葉の肩がピクリと反応する。
本当は危険な目に遭わせたくない。
でも、若葉抜きでは、この状況は覆せないのも事実だ。
幼なじみは、俺の言葉を聞くと、小さく頷いた。またしても小さな身体が小刻みに震えたような気がした。けれど、それを振り払うかのようにグッと顔を上げる。
「あのぉ、すみません。」
若葉の言葉に、貴族が反応する。だが、何も答えない。
「足が痛くて……治療を受けさせてもらえないでしょうか…」
青紫色に変色した右足を引きずり、もう一度声をかける。けれど、やはり何も答えない。
無理か……と思っていたら、少し離れた位置に立っていた人がこちらに歩いてくる。
「どうしたの?」
優しい声。この人、女性だ。若葉も驚いたようだが、もう一度同じお願いをする。
すると、女の貴族は頷いて隣の貴族に声をかけた。
「私が付き添うから、医務室に行ってきてもいいかしら。」
先程まで無言だった貴族は面倒臭そうに手を振ると、アンナの方に向き直った。
「じゃあ行きましょうか。」
「あの、こいつ1人じゃ歩けないの思うので、おぶって連れて行ってもいいですか?」
付き添いは反撃のリスクが伴う。もしかしたら気変わりするかもしれないが、俺はどうしても若葉1人を行かせることはできなかった。
俺の方をチラリと見ると、女はため息をつく。
「いいわ、好きにしなさい。でも、もし変な素振りを見せたら、あなた達2人ともタダじゃ済まさないからね。」
良かった。お互いにほっと息をつく。
俺は若葉をおぶるとゆっくり立ち上がった。
『この国の人間じゃないお前達に無理をさせてしまって本当にすまない。だが、お前達だけが頼りなんだ。
俺達は反撃の時のために貴族がどこに何人いるかを突き止めておく。頼む。王を……この国を救ってくれ。』
ショーンさんからの念話に俺はゆっくり頷くと、女貴族の後を歩き出した。ここからが正念場だ。
これだけの大勢の命、これからの国のこと、その全てが俺達にかかっている。
失敗はできないぞ。
戦いで荒れ果てたフィールドを歩きながら、心の中で何度もその言葉を反復するのであった。




