056 高等学院生徒対抗戦⑤
『その作戦、私も一つ噛ませてもらってもいいかな?』
頭の中に響く声。若葉と貴族達しかいない状況で、一体誰が?それとも幻聴?
どこかで聞いたことがある声のような気がするが……
「幻聴じゃないよ!!アンナだよ!!」
「アンナちゃん!?」
ハウゲン達の頭上を飛び越えて、穴の空いていない地面に音もなく器用に着地する。
急に目の前に現れた金髪の少女に、貴族達も含め全員息が止まる。
「なんでここにアンナが!?」
「いやいや、太陽君、私達も対抗戦に参加してたんだよ。それでここまで生き残ったの。」
そういえばコウタとレイトと……もう一人は思い出せないが、参加するって聞いたような聞いてないような……ということは、残ったチームの1つがアンナ達だったということか。
「じゃあコウタとレイトもいるのか?」
「ううん、コウタとレイトとミライは脱落しちゃったの。」
生き残った4チームの内、唯一の3年生チームとさっきまで戦っていたらしい。昨年準優勝のチームだけあって、一筋縄ではいかなかったようで、他の3人はやられてしまったということだった。
細かなクレーターを挟んで、10メートル先で固まっていたメガロが我に帰る。そして、アンナの姿を見てあざけりの笑みを浮かべる。
「ちょうどいいところに来たじゃない、アンナ。あんたも私達と一緒に、そこの奴らを叩きのめすのよ。さもないと……」
「私はもうあなた達のことなんて恐くない!!私は私がやりたいようにやるわ!!」
「言うじゃねーかアンナ。最近転校生どもと仲良くしていたのは知っていたが、敢えて見過ごしてやってたんだぜ。」
ハウゲンの高圧的な態度と言葉に、ピクッとアンナの体が一瞬固まる。
「おまえがもし俺達と一緒に戦うんだったら、今までのことは水に流してやるし、親の仕事もそのまま続けさせてやるよ。
言うことを聞かないのであれば、路頭に迷ってもらうことになるかもなぁ。」
あまりの物言いに、思わず魔法をぶちかましそうになるが、アンナが手を挙げて制する。
その手は小刻みに震えている。
でもその背中からふつふつと感じるアンナの強い意志。彼女の中では、もう気持ちは決まっていた。
「私は……太陽君達と一緒にあなた達を倒す!!私はもう屈しない!!
関係のない人達を巻き込んで、卑怯な手を使ってまで勝とうとするあなた達を、絶対に許さない。」
サーッとハウゲンとメガロの顔が青ざめる。今までその辺に生えている草くらいにしか思っていなかった人間、散々踏みつけ虐げてきた人間に、反旗を翻されたわけだ。心中穏やかではないだろう。
ざまぁみろ。好き放題やってきた報いだ。
『関係のない人を巻き込んでって……』
『うん、ミーナから話は聞いてる。大丈夫、私とミーナの念話は盗聴される心配はないから。さすがにこのコロシアムの中だと、連絡は取り合えないけど、海斗君と里穂ちゃんなら、きっと助けてくれるって。私もミーナも信じてる!』
うん、と強く頷く。2人は絶対大丈夫だ。だからこそ、俺はこの試合に勝たなければいけないのだ。
伝えたい言葉は『ごめん』じゃない!弱気の虫は、どこかに飛んでいけ!!
『あともう一つ、あいつらが使ってる魔道具のことだけど。使っているのは多分雷魔石。雷魔石はね、雷属性の魔力を吸収して貯めることができるの。お父さんが昨日、ハウゲン達が雷魔石を受け取っているところを見たらしいから、間違いないと思う。』
なるほど、だから雷属性の魔法が吸収されるのか。
もちろん魔道具は対抗戦では使用禁止だ。本当に、どれだけ卑怯なことをすれば気が済むんだ。
風の刃に加えて、土砂が前方から押し寄せる。ハウゲン達の攻撃が始まったようだ。
俺達とアンナに対し、ありったけの憎しみを込めた魔法は、大会用の抑えた魔法ではなく、明らかに殺意が込められているのが分かる。
ギャッ!ガガガ、ズンッ!
風の刃は若葉が、土砂はアンナの水流の魔法で打ち消す。
『その雷魔石とやらは、吸収できる上限とかあるのか?』
『お父さんの話だと、あいつらが持ってる魔石はそこまでいいものじゃないみたいだから、容量はそれほどないと思う。だから……』
『オーケー。そういうことなら!!』
アンナと若葉が踏ん張ってくれているのを横目に見ながら、後方で詠唱を始める。
魔法を吸収するのであれば、手加減する必要はない。俺の使える最大火力の魔法で、ぶち抜いてやる。
とは言え奴らも伊達に貴族を名乗っているわけではない。魔力総動員で、様々な魔法を撃ち込んできており、2人の衣服や露出された素肌に傷がつき始める。
若葉の消却魔法は、魔力に関しては100パーセント無効化することができる。ただし、地面にぶつかった際に飛び散る石や、魔力で射出された物には効果がない。物理的な攻撃に弱いのだ。
それでも2人は必死に歯を食いしばり、耐えている。
詠唱時間は30秒ほど。けれど1秒1秒が異常に長く感じる。
「ごめん!わかちゃん!」
「くっ、痛っ…」
アンナが捌ききれなかった石の弾丸が若葉の右足の脛をとらえ、ガンッという鈍い音を鳴らす。当たった箇所はみるみる内に青紫色になっていく。
思わず駆け寄りそうになるが、若葉は痛みに震えながら首を横に振る。
「太陽、詠唱をやめないで!!集中して!!私は大丈夫だから。」
大丈夫なわけないだろ!
いつもなら捻挫や突き指でも痛くて動けないとか言うくせに。
注射だって怖くて受けたくないって言うくせに。
でも、ギュッと唇を噛みしめながら、痛みに耐える彼女の必死な姿を見て、この頑張りを無駄にしてはいけないと心が叫ぶ。
すぐに助けに行きたいという気持ちを押し殺して、詠唱を続ける。
濃縮された莫大な魔力の影響で、周囲に無数の放電が生じる。電気を帯びた石や砂つぶを空中に押し上げる。
俺の最大火力の魔法。もちろんショーンさんに教えてもらったものだが、他の魔法とは一線を画す。北欧神話に登場する神の名前を与えられた魔法。
「若葉、アンナ、ありがとう。おかげで準備は整った。巻き込まれると危険だから、俺の後ろに下がってくれ。」
「ナイスタイミングだよ、太陽……これ以上は、ちょっときつかったかも……」
足だけでなく、左腕にも青紫色の痛々しいアザが増えている。カタカタと震える体は、限界を示していた。
こんなになるまで……ごめん若葉…
痛みでろくに歩けない若葉にアンナは肩を貸し、ゆっくりと後退する。そんな2人の様子を見逃すわけもなく、ハウゲンとメガロが追撃してくるが、魔法を発動するために出現した俺の魔法陣に全て阻まれる。
「ねぇ、ハウゲン…あれ……」
何かしているのは気付いていたはずだ。だが、雷の魔法というのは分かっていたし、疲労困憊だったため、魔石を打ち破るほどの魔法は使うことができないと予想していたのだろう。
けれど、2人の顔を見れば分かる。空気を震わせ、周囲に無数の雷撃を走らせているこの魔法は……危険だと。
「ハウゲン、メガロ。よくも2人を傷つけてくれたな。何か言い残すことはあるか?」
アンナもだが、何より若葉を傷つけられたことで、俺の怒りメーターは完全に振り切れていた。
いつも元気で太陽のように笑う顔が痛みに歪み、大きな目は涙をいっぱいに溜めている。けれど、俺に心配かけないように、必死に耐えて、震えて……
許さない、こいつらだけは。
「おい、そんな魔法、まさか撃つわけじゃないよな?し、死んじまうぞ。」
「おまえらだって、俺達を殺そうとしていただろ。この期に及んで命乞いとか、醜いにも程があるぞ。」
貴族達の直上に魔法陣が出現し、逃げ道を塞ぐ。必死で何かを叫んでいるが、もう聞こえない。
「でもな、俺はおまえらほど人間終わってねぇ。」
貴族達には聞こえるはずのない一言。
俺は右腕を天に掲げ、地へ振り下ろした。
ガッ!ドンガラガガガガガーン!!!
魔法陣から極太の雷撃が発射され、標的を叩き潰す。その圧倒的な火力は、ビームというよりかはむしろハンマー。
ついた名前は『雷神の槌、トールハンマー』
雷撃は、貴族達に当たる瞬間、雷魔石によって吸収される。だが、ものの数秒で許容量を上回り、ヒビが入る。そして……
パッーーーン!!
2つの魔石は弾け飛んだ。恐らくやつらは死を覚悟しただろう。モロに喰らっていれば、間違いなく即死の一撃。けれど、そうはならなかった。
弾け飛んだ魔石から、大量の魔力が流れ出て、トールハンマーを相殺したのである。2つの膨大な魔力は周りの地面や観客席に跳ね返り(観客席は魔導士達のとっさの魔法障壁によって守られた。これで死者が出てたら洒落にならない。)、一時的に会場全体に雷の魔力が染み込み、青白く光り輝く。
幻想的な光景に、観客も含め誰もが息を呑んだ。
2人の貴族を除いて。
2人の貴族は泡を吹いてその場に倒れている。先程の俺の言葉からおそらく殺されると思ったのだろう。
だが俺はこうなることをアンナから事前に聞いていた。
そして、万が一アンナの予想が外れたとしても、雷が直撃する前に別の場所に誘導してもらうつもりだった。
あの威力の雷撃を直前で誘導することができると言い切るのだから、さすがは雷のアンナだ。二つ名は伊達じゃない。
じゃあなぜあんなことを言ったのか。決まっている。大切な人、絶対に守りたい人を傷つけられたから。
だからあいつらには本当に殺されるのではないかと思わせたかった。その恐怖を感じさせたかった。
そのくらいは許して欲しい。




