034 貴族の心
練習開始から5時間後、時刻は23時を回ったところ。
店主さんもミサちゃんも疲れて眠っちゃったみたい。ミーナは太陽と海斗と一緒に明日の氷作りの真っ最中。
「とりゃ!」
バキーン!
もう何度目か分からないくらい氷作り。海斗の掛け声と共にできた氷は……めちゃくちゃ小さい。無属性の魔力が桁外れな海斗は、圧力をかけすぎてしまっているようだ。小さいのに重いという、なんか金属みたいな氷がたくさん作られている。
「これはこれで新しい魔法かもしれないわね。使い道はなさそうだけど。」
「里穂ちゃん、なかなかひどいね。」
私の率直な感想に苦笑いのミーナ。対する海斗は「あー!!」と声を上げ地団駄を踏む。
「なんでミーナはあんなに簡単そうにできんだ!不公平だ!」
そりゃ練習量も経験も月とすっぽんの差があるからね。そんなすぐにできるわけないよ。と怒れる男子の様子を見ながら私が思っていたら……
パキーン!
隣からきれいな破裂音が聞こえてきた。
「なぁ、ちょっとマシになってきてない?」
昼間に比べて遥かに透明度の増した氷を持って笑顔を浮かべる太陽。海斗と違って器用だからね。
笑顔の太陽に対し、怒れる男子が無言でスタスタと近づいていく。そして……
「とぉー!!」
バキン!!
年下の男の子の作った力作を、強化された右腕のチョップで粉砕した。
「海斗兄ー!!何すんだよー!!」
「海斗!!大人げないでしょ!!」
「だってさー、太陽が自慢してくるのが悪くね?」
全く悪びれる様子のない海斗に、今度は太陽が蹴りを入れる。
もぅ、男子ってなんでいつもこうなのかなぁ。
「ふふ、里穂ちゃんも大変ね。」
くすくす笑いながら肩をたたくミーナに、もう知らないと私はため息をついた。
「みんなー、そろそろ休憩しよー!お茶が入ったよー。」
ニコニコしながら隣の部屋からエプロンをつけてお茶を運ぶわかちゃん。
男どもが喧嘩するカオスな状況は、天使の一声によって一瞬で解消された。やれやれ、ほんと男って。
「それにしても、こんな遅くまで付き合ってもらってごめんね。」
お茶を飲み一服しながらミーナが私達に手を合わせる。
「全然大丈夫だよ。明日は土曜日で学校休みだしね!あと俺と海斗兄の魔法の練習にも付き合ってもらってるし。」
2人とも魔力コントロールはミーナの足元にも及ばないが、それでもこの練習はとてもあっているみたいで、始める前と比べ確実に魔力をコントロールできている。
あっ、ちなみに私は無色透明とまではいかなかったものの、ほぼ透明な氷をつくることができました。さすがでしょ?
それからお茶を飲みながら、私達が別の世界の人間だとバレない程度にお互いの素性を話す。そこで私は、思い切って気になっていることを聞くことにした。
「ねぇミーナひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
実は名前を聞いた時から気になってたことがあるんだよね。他3人は全く気付いてないけど、ミーナと私達には多分接点がある。
「うん。」と頷く少女に、私は直球で質問をぶつけた。
「あのさ、ミーナってこの間までハイラスマーレ魔導高等学院の1年生じゃなかった?」
「「「えっ!?!?」」」
幼なじみの3人組、声がハモってますよ。そしてやっぱり気付いてなかったのね。
対してミーナはというと、顔色を変えずにニコニコしている。
「そういうあなた達は、ハイラスマーレ魔導高等学院の4人組転入生だよね。」
「「「えっ!?!?!?」」」
二度目のハモり。さすが長年の付き合い、あなた達息ピッタリね。
同名って可能性も考えていたけど、ミーナのこの反応を見る限り間違い無いだろう。私は入学初日に貴族達が言っていた名前を覚えていたのだ。(周りの3人はきれいさっぱり忘れていたみたいだけど。)
「私達のことは、アンナから聞いたの?」
コクリと頷く。そして、意を決したように話し出すミーナ。
「改めまして、私の名前はミーナ。高等学院のアンナの親友で、学院を途中で退学したのは私です。」
「貴族達に追い出されたクラスメイトがミーナさん!?」
わかちゃんの言葉に複雑な表情を見せるミーナ。それに気付いたみたいで口を押さえてアワアワする。
「若葉ちゃん、大丈夫よ。退学の件についてはもう気にしていないから。現に、退学してなかったらこのお店、もっと早く潰れてただろうから。今となってはむしろ良かったと思ってるの。」
けれど、複雑な表情は変わらない。
「でも、何か気になってることがあるのね?
もちろん、会ったばかりの私達に話すのは気がひけるかもしれないけど……もし良かったら話してくれない?」
ミーナの心の引っ掛かりが、何かこれからの出来事に大きく関係しそうな気がして、思わず聞いてしまう。
彼女は「うーん…」と大きく首を傾げた後、決心したように私達全員の顔を見据えた。
「みんなとは今日初めて会ったとは思えないくらい、一緒にいると落ち着くんだよね。
うん、4人には話したいと思う。聞いてもらってもいいかな?」
大きく深呼吸をした後、ミーナはゆっくりと過去を探りながら話し始めた。
「私と貴族達……ロンヌ、ルリット、メガロ、ハウゲンは、実は幼なじみなの。」
ミーナの母親はルリットの父の妹であり、その関係もあってミーナと貴族達は小さい頃から兄弟姉妹のように育った。5人はとても仲が良く、この辺では知らない人はいないくらいだった。
人気店とはいえ、かき氷屋の売り上げでは私立の魔法学校に通うだけの学費を払うことは難しかった。けれど、魔法の才があったミーナは、その力が認められ学費免除という形で貴族達と同じ学校に通うことができた。
そこでメキメキと頭角を現し、結果としてハイラスマーレ魔導高等学院に推薦で合格することができたのであった。
「ただ、推薦が決まった直後に、ウォーデン国との戦争が始まってしまったの。
とは言え国が直接攻められることはなかったし、私達には関係のない話だと思ってたんだけど……その1ヶ月後、幼なじみ達が急に別人のように変わってしまったの。」
そもそもハイラスマーレ国とウォーデン国は友好関係を結んでおり、互いに何かあれば助け合う関係であった。
そんな友好国との戦争は去年の9月、ウォーデン国による一方的な宣戦布告と、外交官達の監禁から始まった。要求は全面降伏とハイラスマーレ国の資源全ての権利の譲渡。あまりに理不尽な要求。当然飲めるわけもなく、2国は戦争状態となった。
とは言え、自由地区(国が所有していない地区。自由に資源を採取することができる)では小競り合いが起きたことはあるものの、互いの本土への直接攻撃は行われていない。
ただ、直接攻撃はしなくとも、戦争となれば魔導師部隊は24時間警戒体制や偵察任務に赴かなければならず、当然これまでより多くの税を貴族は市民から取らざるを得なくなった。そこからルリット達……いや、貴族全体が変わってしまったらしい。
今まで市民と手を取り合い協力してやってきた貴族達は、急に力や権力を誇示し、圧力をかけるようになった。中には法外な税を取り、私服を肥やす者まで現れた。
「私のお母さんは、貴族でありながら市民と結婚した不届き者と後ろ指を刺されて、嫌がらせを受けるようになった。それまで本当に家族のように仲良くしてた人達からよ。それで体調を崩してしまって、帰らぬ人になってしまったの。
私はどうしても信じられなくて、ルリット達に抗議したの。そしたら……」
「学校を辞めなければいけないほどのいじめにあったのね。」
ミーナは目にいっぱいの涙を浮かべながら、静かに頷いた。
「目の前の店も、多分私への嫌がらせの一つだと思う。お父さんやお母さん、ミサを傷つけたあの人達のことはもちろん許せない。
でもね……私は貴族達が優しくて、紳士的で、市民のことを第一に考えてくれていた時のことも知ってる。そんな大人を見て、ルリット達が正義感に溢れ、曲がったことを許さなかった姿も見てるんだ。
だから、たくさんの人達から悪く言われている今の様子を見て、とても複雑な気持ちなの。どちらの姿が本当のものなのか、私には分からないの。」
確かに今の話を聞く限り、辻褄が合わないことがたくさんある。中でも1番気になったのは、家族ぐるみの付き合いをしていたミーナ達に急に手のひらを返したこと。
戦争で税を取らなければいけないことと、この行為は矛盾している。だって、こじらせた方が遥かに税を徴収し辛くなる。現に嫌がらせの結果、今回フローズンフローズンから税を徴収することができなかったわけだし。
緊急時だからこそ、手を取り合う必要があるはずなのに、貴族達は真逆の方向に進んでしまっている。
「じゃあさ、ちょっと俺達で貴族達のこと調べてみようぜ!」
黙って聞いていた海斗が急に声を上げた。
「確かに!私達だったら、貴族とか関係なく自由に動けるもんね!この国にはお世話になってるし、少しくらい役に立てるかもだし!」
危険だと私とミーナが言う前に、わかちゃんが続いた。
もう、なんでこの子達はいつもこうなの!?
確かに私だって貴族達のことは気になるし、ミーナ達の役に立ちたい。
でも……今回の件の裏側には、巨大な何かが蠢いているような気がする。現実世界では死ぬまで直面することのないような、とてつもなく危険な何かが。
私達が手を出していいことじゃないと、心の声が言う。
わかちゃんと海斗が2人で盛り上がる中、太陽が私の肩に手を置き、静かな口調で話しかけてくる。
「里穂姉の気持ちはちゃんと分かってる。俺も今回の件については、さすがに手に負えるものじゃないと思う。」
「太陽……」
こういう時、冷静に考えられるのが彼のいいところだと思う。
でも、同時に熱い気持ちも持ってるから……多分この話、これで終わらない。
太陽はわかちゃんと海斗と同じやる気に満ちた顔をして、こう言った。
「でも、やっぱり見て見ぬ振りはできねーよ!だって今までだってそうしてきただろ。
なっ!里穂姉!俺達も魔法を使えるようになってきたし、注意してやればきっと大丈夫!!」
はぁ、やっぱりそうきたかぁ……
もぉ、仕方ないなぁ……
心配そうな顔で見つめるミーナに、安心してと手を振る。
「ミーナ、心配しないで。危険なことはしないしさせないから。
いい?3人とも、絶対に私の言うことを聞くこと。ちょっとでも危険だと思ったら、やめるからね。」
「「「はーい!」」」
思えば、私の中にも奢りがあったのだと思う。魔導学校に入学してから、あまりに順調に時が過ぎてしまった。
初日にあんな恐ろしい目にあったというのに……たった1ヶ月で、あの恐怖が風化してしまっていた。
そしてそれはみんなも同じ。1人でも強く止める人がいれば、きっともっと冷静に考えられたと思う。
この浅はかな選択を、後に私達は激しく後悔するのだった。




