026 叶わぬ恋
「今日はありがとな、遊びに付き合ってくれて。」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございます。本当に楽しい日曜日になりました。」
ここは2階のクラゲ展示の目の前に設置されたベンチ。ブルージェリーフィッシュと呼ばれる色とりどりのクラゲが水槽の中でふわりふわりと浮かんでいる。
幻想的な水槽を見上げる銀髪の美女。女子というものにあまり興味がなく、恋愛よりサッカーだ!という人生を送ってきた俺ですら、美しいと思ってしまう。
「太陽と若葉は、結婚……は元の世界ではまだできないんですよね。付き合ってないんですか?とっても仲良しですよね。」
若葉のもう一周したいという望みを叶えるため、太陽は引率係として付いていったのだが。
やれやれとか言いつつも、ちゃんとついていくあたりが太陽だよな。
「生まれた時からずっと一緒にいるからな。仲がいいのは間違いないけど、それが恋愛的な好きって言われると……」
どうなんだろう。あんまり考えたことなかったな。
「海斗と里穂は……」
「それはないよ。里穂は俺にとって本当に大切な人だけど、どちらかと言えば家族って感じだな。
それに、里穂には好きな人がいるから。」
富士先生もきっと俺達がいなくなったことにもう気付いているだろう。教え子のことは自分の子どものように大切にする先生のことだ。きっと心配しているに違いない。しかも里穂に至っては中学校に行ってからも毎月会いに行ってたからな。
初めは里穂の好きも、大人の男性に対する憧れとかそういうのかと思っていたが、どうも見ているとそうではないらしい。
教え子と先生。難しい関係だが、里穂ならもしかしたら……とも思ってしまう。
いずれにせよ随分先の話だろう。
そもそも元の世界に戻れるか分からないし。
「そうなんですね。じゃあ、海斗には好きな人とかいないんですか?」
元の世界のことを考えていたら、ずいっとマーレが顔を寄せてきてビックリする。
近い近い、それになんかいい香りもするし。さすがの俺もドキドキしてしまう。
「い、いや、いないよ。俺は元の世界ではサッカー……体を動かすことばっかりやってたからな。
恋とか、あんまりよく分かんねーよ。」
あとは、里穂と若葉、綺麗と可愛いの最上級に囲まれて育ったから、目が肥えてしまっているのかもしれない。
「そうですか……でも、恋って素敵なことですよ。海斗にもわかる日がくるといいですね!」
「なんかちょっと上から目線だな。」
「だって、私の方が年上ですし。」
2歳しか変わらないだろー。
とか言いつつも、2歳って、学生の間は結構大きな差だよな。中1の時、中3の先輩とか、随分大人に見えたし。もっと年齢が上がれば気にならないんだろうけど。
「そんなこと言うマーレは、好きな人とかいないのか?」
マーレの顔が明らかにシュンとなるのを見て、しまった!と後悔する。
こんな感じで普通に話しているが。マーレはお姫様だ。恋愛とか、かなり複雑な事情があるのだろう。
「ごめん、姫様がそんな簡単に恋愛とかできないよな。」
デリカシーのないことを聞いてしまったと謝罪するが、違うんですと俯くマーレ。
「恋愛に関しては、お父様からも自由にしていいと言われています。結婚も同様です。
お父様はそもそも後継者に関してはあまりこだわりがないのです。
もちろん血縁者にいれば越したことはないですが、いなければ信頼できる誰かに任せると昔から言っていますしね。」
跡継ぎを作らなければいけないとか、男性じゃなきゃいけないとか、そういうことをよく元の世界ではニュースで聞いていたが、そういうのは王様によって全然違うんだなと彼女の話を聞いて思った。
でも、じゃあなんでそんなに落ち込んでいるんだ?
「私にも好きな人はいます。昔から一緒にいて、強くて、少しぶっきらぼうで、けれど優しくて。
でも、彼には恋愛よりももっと大切なものがあるのです。王の右腕として、この国を守るという使命が。」
「それって……」
「はい、ショーンです。
私は大好きなんですけどね。叶わぬ恋というやつです。」
きっと長い間片想いをしてきたのだろう。哀しそうに微笑むマーレに胸がざわつく。
ショーンのこと、俺は嫌いだ。でも、一本筋の通ったいいやつだというのは分かる。
俺がここにいられるのも、一応あいつのおかげだし。
でも、なんだかモヤモヤするのは何故だろう。
しかし、俺の気持ちとは裏腹に、思ってもない言葉をかけてしまう。
「じゃあさ、今度はショーンも誘って遊ぼうぜ。その時にちょっと気持ちを伝えてみればいいじゃん。お膳立てするからさ!
伝えたい気持ち、伝えないなんてもったいねーよ。人生あんま長くないんだろ?」
「海斗って、ショーンとそんなに仲良しでしたっけ?
でも、ありがとうございます。勝手に諦めてちゃダメですよね。」
再び水槽を見上げる顔に、少し元気が戻ったようで安心する。
けれど、俺の気持ちは水の中を泳ぐクラゲのようにふわふわしたままであった。




