024 異世界水族館
日曜日、しかも雨ということもあり、水族館の中はかなりの人でごった返していた。
この水族館、ドラゴンが離着陸する飛行場に隣接する建物の中にあるのだが、元の世界の水族館とは少し作りが違い、横ではなく縦に伸びている。まあ建物の中にあるからなんだけど、4フロアにまたがって作られた空間は、思っていた以上に広い。
「結構広いけど、回りきれるかな?」
「何言ってんの、太陽!全部回るに決まってるじゃん。里穂姉の分まで楽しむんだから。ほら、早く!!」
テンションマックスの幼なじみ。パンフレットをブンブン振り、早く行こうと急かしてくる。
「若葉は可愛いですね。」
「あいつは好きなものに一直線のタイプなんだ。ところで、マーレは水族館は初めてなのか?」
海斗兄がマーレとはぐれないよう右後ろを歩きながら問いかける。マーレは首を縦にふる。
自分の家から徒歩圏内にあるのだから、行ったことあるだろうと思ったが、意外にもこれが初体験らしい。
お姫様だし、あんまり遊びとか旅行とかしないのかな。でもそれってちょっと辛いよな。王族には王族なりの苦労があるってことか。
「なので、とっても楽しみで、昨日はよく寝られませんでした。お魚は私にとっては食べ物なので、すごく興味があります。」
魚は食べ物って……確かにそうだけど。
この世界は、あまり生きた魚を見る機会がないのかな?
5分後。
「とても……綺麗です。感動しました。私、ずっとここにいられます。」
色とりどり、色々な形のゼリーが上に下に、左に右にゆらゆらと泳ぐ姿を、水槽から1mmまで顔を近付けてうっとりした顔で眺めるマーレ。
ここはクラゲ水槽。入り口から階段を登ってすぐの展示だが、完全に心を奪われ立ち尽くしている。
一方で、テンションマックス少女は、様々な水槽に高速で移動し、
「チンアナゴだよ!ビョーンだよ!」
とか、
「ネコザメだよ!猫に似てるのかな!?」
とか、とにかく思ったことをバンバン発しながら動き回っている。
一緒に回ると、全くもって説明文が読めない。
この世界の魚のこと、知りたいんだけどなぁ。
そんなことは一切お構いなしだ。若葉らしいけど。
水槽はどれもガラス製で、特に変わった様子はない。クラゲの水槽が魔法で浮かんでいて幻想的な空間を作っているが、それ以外は元の世界の水族館と同じだ。
しかも泳いでいる魚も、チンアナゴはもちろん、キイロハギやカクレクマノミ、ミズクラゲと、ほとんど俺も知っているものばかりだった。
本当に異世界なのか?
と思ってしまうくらい、俺の知っているまんまの水族館。
「なぁ若葉、マーレと海斗兄置いてきちゃってるからさ、一回ここで待たないか?」
「うわ、ホントだ。2人ともいつの間にかいない!!……分かった、じゃあチンアナゴとニシキアナゴ見て待ってる!!」
ちなみにチンアナゴといえば、その愛らしい姿で元の世界でも最近ブームなのだが、有名なオレンジと白のしましまの方はチンアナゴではなくニシキアナゴなのだ。絶対にしましまの方をチンアナゴだと思ってる人いるよな。
そんなことを考えながら、ようやく説明コーナーの前で一時停止。幼なじみはチンアナゴとニシキアナゴが伸びたり縮んだりするところをキョロキョロ見ているので、今がチャンスだ。
チンアナゴ
Spotted garden-eel
Heteroconger hassi
上のは英語名で下のは……なんだろう。まぁとりあえず文の長さ的に説明ではなさそう。
「若葉、そういえば、さっきパンフレットとは別に何か入り口で買ってなかったか?」
ふっふっふっ、と不気味な笑い。
いや、予想はついてるんだよ。だからそんなにためなくていいんだけど……楽しそうだから付き合ってやろうと大人な俺。
「ジャジャーン、お魚図鑑です!!やっぱり、知らない魚がいたら調べたいじゃん?でも携帯は使えないしと思って買ってみた。こんな小さいんだけど、開くとね……」
ヴゥンとページの上に魚が立体的に映し出される。
おぉ、確かにこれはすごい!
でも、この映像、魔法だよな?なんで若葉が触ってるのに、魔法が発動してるんだろう。
まっ、細かいことはいいか。
「ちなみに、チンアナゴ載ってる?」
「もちろん載ってるけど……太陽、実物がそこにいるんだから、図鑑で見なくてもいいんじゃないの?ほら、こんなに可愛いよ!」
興味が水槽に帰っていった若葉は置いといて、借りた図鑑をめくり、チンアナゴのページを開く。ヴゥンと体全体をさらけ出しニョロニョロ泳ぐレアなチンアナゴが図鑑の上に映し出されるが、そっちには目もくれず、説明文を読む。
チンアナゴ
ウナギ目アナゴ科に属する魚の一種。 チンアナゴという名前は、顔が狆という犬に似ていることが由来。
うーん……普通だ。ごく普通の解説文。
元の世界でどうやって説明されているかは分からないが、そんなに変わらないような気がする。
この世界って、本当になんなんだろうか。
このことは、あとで元気になった里穂姉に伝えて考えてみるか。
少しすると、後ろからマーレが海斗兄に若干引きずられながら現れる。
「海斗、私もっとあのクラゲという生き物を見ていたかったのですが。」
少し不満顔のお姫様。クラゲが相当気に入ったんだな。そんな彼女を海斗兄が必死に諭している。
「マーレ、水族館にはまだまだいろんな魚がいるんだ。全部見てそれでもクラゲが見たいなら戻ってこようぜ。せっかく来たんだから、色々見ないともったいないからな。」
渋々引き下がるマーレを見て、俺と若葉は顔を見合わせクスッと笑う。
マーレを誘って良かった。




