146 私にとって、一番大切な気持ち
時は数分前に遡る。
私はマーレ・オブ・マギの精神世界から、現実世界に無事帰還することができたのであった。
マーレ・オブ・マギは……大丈夫だ、止まってる。
急激に体内の魔力量が増大したことで、若干の怠さは感じるものの、それ以外は特に気になることはなかった。
うっすら目を開けると、すぐそこには大好きな男の子の顔。というか、この状況……
お姫様抱っこをされ、強く抱きしめられていることに気付き恥ずかしさが爆発する。
それに加え、太陽の汗の匂いが頭をくらくらさせる……好きな人の匂いってどうして良い匂いに感じるのだろう……私、変態っぽい……
あれ、唇がしょっぱい……これは……
太陽は私ではなく前で起こっている出来事に意識がいっているようなので、もう少し目を開いて太陽の顔を確認する。
両目の下には何かが流れ落ちた跡……
ごめんね……心配かけちゃったよね……
状況はわからないけれど、良くないということだけは確かだ。太陽の表情がそれを物語っている。
何か話し声は聞こえるんだけど、まだ私も本調子じゃないからか、いまいち聞こえが悪い。
『太陽……太陽……』
私は念話を使って太陽に話しかけるのだが、残念ながら反応はない。
そっか、今は魔力がほとんど失われてしまっているから、念話は繋がらないんだ。だったら……
私は体内の魔力を少しだけ解放し、2人の身体を覆う。これだけでは太陽に気づく様子はない。
それから今度は、太陽自身に少しずつ魔力を譲渡していく。驚かないように、ゆっくり、少しずつ……
あれ、なんだか私、魔力のコントロールが上手くなっているような気がする。
それは気のせいではななかった。マーレ・オブ・マギの力を一時的にとはいえ解放した私は、その前と比べて明らかに魔力コントロール、力の制御が精密になっていたのだ。
太陽に魔力を流し込みながら、試しに周囲にも魔力を解放してみる。気づかれないように、慎重に。
やっぱり誰も気づかない。
まあ、他のことに意識がいっているからかもしれないけど……それでも力が向上したのは確かだった。
太陽の身体に魔力が少しずつ満ちていく。
私はもう一度話しかけてみた。
『太陽……聞こえる?』
ビクッと身体が強張るのが、接している腕やお腹から伝わってくる。成功だ。
『驚かせてごめん。あと心配かけて、本当にごめん……』
彼は表情を変えなかった。今の状況で、そうすることはマイナスになってもプラスにはなり得ないと判断したからであろう。
けれど、代わりに身体が震えている。そして、私の唇に雫がこぼれ落ちる。
私が目を開けようとすると、太陽の手のひらがそれを阻んだ。
『よかった……お前が死んじまったら、どうしようかと……』
念話の声も震えている。
私の身勝手な暴走で、いっぱいいっぱい迷惑をかけてしまった。
そこで改めて私は、自分の命は、自分だけのものじゃないことを実感したのであった。
『身体は大丈夫なのか?』
『うん、なんの問題もないよ。元気いっぱい!』
『そっか、それなら良かった。』
安心して一息つく太陽。けれど、すぐに表情を引き締める。
幼なじみとの再会を喜びたい。でも、その前に今の状況をなんとかしなければ。そんな気持ちが窺い知れた。
『太陽、私が眠っている間に、何があったのかを教えて。』
太陽が要点だけまとめて私に教えてくれた。
私が死ぬと言われていたこと。
ウォーデン王がハイラスマーレ王の息子で、マーレの兄だったということ。
マーレの出生の秘密。
ウォーデン王の狙い。
そのためにウォーデン王は王様を殺そうとしており、それを阻んでショーンさんが大怪我を負ったということを。
どれも驚きの内容であり、恐ろしい現実に一瞬固まってしまう。
そして、その恐ろしい現実は私の暴走によって引き起こされたということに申し訳なさが一層増す。
『ごめんなさい……』
太陽に謝ってもどうしようもないのはわかっているのに……謝らずにはいられなかった。
『若葉が謝ることじゃないよ。それに、お前を暴走させることが奴らの計画だったんだから……俺こそ守ってやれずごめんな。
でも、反省は後だ。若葉が起きて、俺達が魔法を使えるようになったことで、この状況を覆すことができるかもしれない。』
その通りだ。このまま落ち込んで反省していても何も変わらない。
今できることをやらなければ。
私はもう一度気を引き締める。
『それで、計画はあるの?』
こういう計画立案は、里穂姉の十八番だ。でも、太陽だって伊達に里穂姉の跡を継いでいない。ここまで言うんだから、何か計画があるのだろう。そう思っていたら……
『もちろん。不意をついてそのままハイラスマーレ王とショーンさんを奪還する。あとは俺がウォーデン王、若葉が人形の女神と戦う。シンプルだろ?』
……シンプルすぎないですか!?
もうこれは作戦でもなんでもないと思うのだけど……
そんな不安そうな私に対し、笑顔を見せる太陽。
『大丈夫だって。俺とお前ならなんとかなるよ。今までだってそうだっただろ?』
そうやって言われると……確かにそうだ。
私と太陽が一緒の目標に向かって進んだ時は、できないことなんてなかった。
太陽ができるって言うんだから、大丈夫だ。
信じて進もう。
私は同意して、下準備を始めた。
下準備はそれほど難しいことではない。気づかれないように私達とウォーデン王の周りを魔力で満たすこと。
ハイラスマーレ王とショーンさんを助け出す人員を確保することだ。
準備は滞りなく進み、あとは隙を見て突撃するだけとなった。
フィミールさんがショーンさんの身代わりを申し出るなど、想定外が多くあったけど、むしろ良い方向に転んでいた。
『人形の女神がフィミールを斬りつけたら、飛び出すぞ。』
『わかった!』
タイミングは一瞬。私は感知魔法によって、そちらを見ずとも位置関係は把握していた。だからあとは飛び出すだけ。
でもその前に……
私は大事なことを済まさなければいけない。
それは、精神世界の中で、リースさんとマーレ・オブ・マギに誓ったこと。
もしかしたらこの戦いでどちらかが死ぬかもしれない。だからこそ、ここで伝えておかなければいけない。
とてもとても大事な……私の気持ち。
『若葉、俺さ……お前のことが好きだ。』
……えっ!?
あまりの不意打ちに目を開いてしまった。
幸いにもウォーデン王、リースを含め、皆フィミールに注目しているため、こちらの変化には誰も気づかない。
気づかないんだけど……
今の言葉って……でも、幼なじみとしてってこと……かな?
そしたら、私が太陽に抱いている『好き』とは違う。
同じ『好き』だけど、全く別物……
『俺さ、今回の一件で若葉のことをどれだけ好きか実感した。中2の分際で何言ってんだって感じだけど……若葉のこと、愛してる。
若葉は俺のこと、幼なじみとしか思ってないかもしんないけど、俺の気持ちはそういうことだから。』
……じゃなかった。
同じ『好き』だったんだ。
すごく嬉しい。やばい、こんな時なのに泣きそう……
マーレ・オブ・マギは、精神の状態がものをいう魔法。だから、この精神状態は非常に良くない。
良くないのだけど……止められないよ。
『太陽……私……嬉しすぎて死にそう……
ずっとそうならいいなって思ってた。でも、もし拒絶されたらと思ったら、どうしても言い出せなくて……うまくいかなくて……』
嬉し涙が止まらない。こんな状況なのに……
ううん、違う。こんな状況だからこそ、太陽はちゃんと伝えてくれたんだ。
この先どうなるかわからない。5分後にはこの世にいないかもしれないからこそ、大切な気持ちは伝えられる時に伝えなきゃいけないんだ。
だから、私も伝えるよ。
『太陽、私もあなたのことが好きです。大好きです。男の子として、あなたのことを愛してます。』
太陽の顔が一瞬驚き、笑顔に変わる。
互いの気持ちが伝わった瞬間だった。
お互いの目線が交わり、言葉を交わしたのはほんの10秒足らず。
でも、その時間はかけがえのないもので……
『ありがとう、わか。この戦いが終わって、元の世界の危機も乗り越えたら……改めてちゃんと言葉で伝えるな。』
わかって呼ばれたの、何年振りだろう。
あだ名で呼んでるのを他の男子にからかわれてからずっと若葉だったから。
それだけで幸せを感じてしまう私は重症だ。
『私も、ちゃんと伝えるよ!!だから絶対に、生きて帰ろう。』
ビュッ!
鋭い風切り音と共に、リースの魔法剣が振り下ろされる。
私と太陽は、同時に前に飛び出した。
大切な人達のために……
そして何より、2人の未来のために……




