144 身代わり
『ありがとう。それじゃあ、よろしく頼む。』
念話が切れたと同時に、動いたのはマーレ。エリーンが握る手を一方的に振り払い、再びよろよろと前へ進む。
「マーレ、いい加減にしなさい!!あなたは王女なのですよ!これ以上の勝手は許せませんねぇ。」
止めようとする先生を制したのはフィミールだった。そのままマーレの前へ出る。
「マーレ、エリーン先生の言う通りっす。あなたが死んだら誰がこの国を引っ張るっすか?
……とは言え、このままにはできないっすよね。だから、俺が行くっす。俺ならいなくなってもさほど困らないっすからね。」
そう言って自虐的に笑う。
フィミールは自分の立ち位置を理解していた。4賢者の中で唯一国民に存在が知られておらず、殺されたところでそこまで影響は出ない。
マーレがやられればハイラスマーレ国は文字通り終わる。エリーンがやられれば国の立て直しや後世の育成に甚大な影響を与えるだろう。そのくらいエリーンの指導力は凄まじい。
マーレがどうしても引き下がらないのであれば、エリーンが身代わりを申し出ることは予想できた。それはだめだ。だから俺が出るんだ。
当然姫様は納得はしないだろうけどね。
だから必要なことだけ伝え、王様達のもとへ歩みを進める。
後ろから声が聞こえる気がするけど、そんなことは気にしない。
「フィミールよ、裏切り者が何のようだ?」
冷たい目。
ウォーデン王は特段フィミールに恨みを抱いているわけではない。むしろこの状況はフィミールのおかげだと感謝すらしている。
まあ、そうなるように仕向けたのは他でもないウォーデン王なのだが。
けれど、裏切ったのも事実。
気付いていたとはいえ、気持ちの良いことではない。
だからこその冷徹な対応。
対して、フィミールは手を地面につき、頭を地面に擦り付ける……土下座。
自分のできる最大限の誠意を込める。
「ウォーデン王、ハイル様……裏切った張本人である俺があなたの慈悲にすがるなど、おこがましいことは百も承知っす。
それでも、お願いします……俺の命で、ハイラスマーレ王とショーンの命を助けて欲しいっす。」
ウォーデン王は、最初何を言われているのか分からなかった。
そんなこと、できるはずもないのだ。
なぜ、こいつの命一つで手打ちにしなければいけないのか。
意味がわからない……そのせいで思考が停止し、結果リースの魔法剣が動きを止める。
そう、ウォーデン王が指示を出し、その指示を聞いてリースが動いているように見せていたのだが、実際にはリースの精神とウォーデン王の精神はリンクしていたのだ。
まさに操り人形。
マーレ・オブ・ドール……人形の女神は、ドール達を操る奏者であり、自分の父親に操られる人形でもあった。
ちなみに、なぜこの2人が魔法を使うことができるのか。
魔法とは、自分の中の魔力と、自然界の魔力を組み合わせて使うもの。どちらか一方では使うことができない。
若葉が自然界の魔力と個々人の魔力を全て吸い尽くしたことにより、当然魔法は使えない。が、マーレ・オブ・マギを使えるリースの魔力は吸うことができないので、そのまま彼女の中に残っている。
その魔力を精神リンク……精神の繋がりから王に送り、王は魔力を得ていた。それに加え、リースが2人の周囲にだけ魔力を放出することによって魔法を使うことができるようにしていたのだった。
魔力譲渡も、範囲指定の魔力放出も、とんでもない集中力と特殊な才能が必要な高次元の魔法だ。それらを王とリース、それぞれの力によって可能にしていた。
振り上げられたまま止まった剣先が、ウォーデン王の思考タイムを示している。
彼は一度状況を整理する。
別にフィミールの申し出など、一蹴することは容易だ。
ただ、せっかくこれだけの魔導師が自分の命を差し出すと言っているのである。有効活用しない手はない。
ウォーデン王は、フィミールが自分のもとで働いていた数年間、常に疑いの目を向けていた。が、同時に有能な人間だとも認識していた。
今回の件で、例え魔法が世界から消え去ったとして、その後どのように発展していくかは分からない。
そうなった時に、このような人間は邪魔になるかもしれない。
そう考えたハイルは、フィミールの申し出を受けることにした。
「良かろう、そこのハイラスマーレ王を庇っている男の代わりに死ぬことを許そう。ただし、王は……父さんは見逃すことはできない。それができないのであれば、この話は無しだ。」
ショーンと言ったか?確かにフィミールに勝るとも劣らない素晴らしい魔導師であったが、もう既に虫の息。例え今解放したところで、助かりはしないだろう。
ウォーデン王の言葉に対し、一瞬考え込むフィミール。土と砂しかない地面をじっと見つめる。
「……それで構わないっす。ショーンの身代わりになるっす。」
フィミールは頷くと、ゆっくり立ち上がる。
そして、そのままショーンと王様のもとへ。
「お前……何考えてんだ……お前まで死んだら………ハイラス…マーレ国は……」
「そうだ。今からでも遅くはない、下がれ。」
しかしフィミールは一切耳をかさない。もう決めたのだ。ショーンを助け、自分が身代わりになることを。
ショーンの傷はかなり深い。血も相当な量を流している。このままでは厳しいだろう。
でも、それでもまだ死んではいない。
もしかしたら……そんな一縷の希望にすがってでも、助けるべき男なのだ、ショーンという人間は。
一歩下がるウォーデン王とリース。
ショーンを移動させるために駆け寄る、マーレと里穂。
「フィ…ミール……ばか……やろう…」
悔しそうに呟くショーン。そんな王国最強の魔導師を一瞥すると、何も答えずにハイラスマーレ王の前に立つフィミール。
「しかし、だいぶ時間がかかってしまったな。この後やらなければいけないことも控えているので……貴様は一刀で首をはねさせてもらう。
命を捧げるということなので、問題はないな?」
「もちろんっす。」
フィミールは空を見上げる。
空は白み始めており、夜明けが近づいてきていることが分かる。
まぁ、俺が再び太陽を目にすることは無さそうだが……
「リース、やれ。」
ヴーンと魔法剣が低音を発する。高密度な魔力を表す音。
「お前達、本当にすまない……」
「いいんっすよ。王のため、友のために死ぬことができて本望っす。」
それは本心であった。自分の死にはちゃんと理由がある。
犬死なんかじゃない。
そう考えるだけで救われた。
フィミールは最後の時を待つ。




