142 自分勝手なお願い
「さぁ、聞きたいことは聞けたかな?
そしたら、そろそろマーレ・オブ・マギのコントロール権を奪い返そうか。
ここでの時間の進みは、向こうに比べればとっても遅いけれど、それでも、早いに越したことはないからね。」
「はい!頑張ります!」
「おっ、良い返事だね!わかちゃん、ちゃんと覚えてるね?大事なのは……」
「大好きな人を思う気持ち、ですよね!」
ちょっと驚き、『うんうん』と、大きく頷くリースさん。これなら大丈夫だと安心してくれたみたい。
私はグッとファイティングポーズをとり、その場に構える。
別に戦うわけじゃないんだけど、私なりに気合を入れたくて。
まだ死ねない。死にたくない。
太陽に会って気持ちを伝えるんだ。
大丈夫、この気持ちは本物だ。間違いなく。
「マーレ・オブ・マギさん。若葉です。
お願いです!私に、マーレ・オブ・マギのコントロール権を返してください。私を生き返らせてください!!」
しかし、何も返答はない。焦る私に対して、リースさんが叫ぶ。
「わかちゃん、諦めないで!大切なのは生きたいっていう気持ちだよ!!」
そうだ。ちゃんと言葉にして気持ちを伝えなくっちゃ。
「私はまだ死にたくない……生きて伝えなきゃいけないことがあるの!!
大切な人に……太陽に『好き』って伝えたいの!!
だからお願い、マーレ・オブ・マギ!!」
『好き』という気持ちをこんなにはっきりと形にしたのは初めて。
恥ずかしい……けど、なんだかスッキリした感じもある。
これが本人の前だったら、どんな気持ちになるんだろう。
1秒、2秒と沈黙が続く……
これがダメなら後がない。でも、今回は多分……
その予想は当たっていた。
空間を満たす山吹色の光が変化する。
最初は目を凝らさなきゃ分からないくらいの変化。色彩が濃くなったり、薄くなったりを繰り返す。徐々にはっきりと、心臓の鼓動のようにドクン、ドクンと脈打つ。
この空間は生きている……
そうとしか思えない光景だった。
リースさんもその場で「綺麗。」と呟き、うっとりしながら天井を眺めている。
「マスター、あなたの気持ちは分かった。あなたはここから出て、生きたい。そして、大切な人に自分の気持ちをちゃんと伝えたいんだね。」
あの声だ。
私とリースさんに力の解放を促した声。男性とも女性とも言えない、強く、優しい声。
というか、マスターって……
けど、良かった!私の気持ち伝わったんだ!!
思わずリースさんにVサインを送ってしまい、恥ずかしくてすぐに引っ込める。
そんな私に、リースさんはやったねと微笑んでくれた。
でも、そう簡単に話は進まなかった。
一度願ったことには、責任が伴うのだ。
「でも、本当にいいの?魔力を全て吸収し尽くし、戦争を終わらせるというマスターの願いは達成できなくなるよ?
みんなの願いをほったらかして、自分の思いを優先させちゃって本当にいいの?」
……確かに。マーレ・オブ・マギの言う通りだ。
『太陽に気持ちを伝えたいから私は生きたい。』
それはとっても独りよがりな願い。本来であれば、それよりみんなの気持ちを……世界を優先すべきだ。
小学校でも、中学校でもよく言われる言葉。
『みんなのために。』
そして、私はそれをいつも実践してきた。困っている人がいたら見捨てなかった。みんなのために、嫌なことも我慢して笑顔でやった。そんな経験ばかりだ。
だからこそ、たくさんの友達から『若葉はいい奴だ。』って言われてきた。一目置かれてきた。
『できるか分からないけど、このまま世界中の魔力を吸い尽くした方がみんなのためになるんじゃないの?』
良い子の私が心の中で呟く。
……でも、私は……
その時、昔の映像が頭をよぎる。
小学校6年生のミニバス大会。
私は部長として周りの友達を生かすことに徹していた。自分でシュートにいけるところも、わざとパスを出して味方の引き立て役に回っていた。
それが私に求められていた役割だったから。
決勝戦。残りワンプレーを残してのタイムアウト。1点差で負けていたけど、ワンゴールで逆転。
私はいつも通り友達にパスを回そうと思ってた。
それで負けても悔いはない。私は部長なんだから、みんなを生かさないと、と。
その時、私の頭をぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でてきたのが富士先生だった。
「わか、お前このままでいいのか?今のままで楽しいか?」
ドキッとした。
心の中を見透かされたようで。
俯き、何も言わない私に対し、富士先生は軽く肩をポンと叩くと一言だけ。
「お前らしくな。」
タイムアウト明け、ラストワンプレーで私が選んだのはドリブル突破からのレイアップ。
4年生の頃から、休み時間も、太陽の家のゴールでも、ずっと練習してきたプレーだった。
結局、シュートは相手のエースの指先に触れられてしまい、ゴールとはならなかった。
そして、そのまま試合終了。
私は泣いた。
周りのことも考えず、声を上げて。
でも、不思議と悔いはなかった。
確かにみんなのことを考えるのは大切だ。
小学校低学年の子達だって知ってること。
けど、それだけではダメなんだ。
私は、後悔したくない。
だから……
「私はそれでも……大切な人にもう一度会いたい。大切な人に思いを伝えたい。
自分勝手なお願いなのは分かってる。
でも、戦争は私の力でなんとかする。止めてみせる。だから、お願い!!」
自分で言っててなんだけど、無茶苦茶だ。
戦争を止めるほどの力が本当に私にあるのかなんて分からない。
私が自分勝手に願ったせいで、これから先も悲しむ人、辛い思いをする人がいるかもしれない。それが原因で後ろ指を指されるかもしれない。
でも、それでも私は……私が後悔しない道を選ぶよ。
「そう、それほどまでにあの男の子に会いたいんだ……覚悟はできてるみたいだね。」
静かに、決意を込めてゆっくり頷く。
山吹色の光が一瞬微笑んだような気がしたのは、気のせいだろうか。
「そして、その気持ちはあの男の子も同じみたい。意識のないあなたを抱きしめ、名前を呼び続けているからね。」
やっぱり、そうだったんだ。
なんだか、ずっと心があったかい気がしてたんだ。太陽の光に包まれているような。
ずっと抱きしめて、側にいてくれたんだね。
ありがとう、太陽。
「分かったよ。その心に免じて、今回は返してあげる。
でも、忘れないで。次はないからね。」
「分かった。忘れないようにする。ありがとう、マーレ・オブ・マギ。」
お礼に対する返答はなかった。
代わりに、山吹色の光がどんどん強くなっていく。
それが元の体の意識の覚醒と関係していることは明白だった。徐々にこの空間での意識が薄れ始めたことに気付いたから。
「やったね。言ったでしょ?大事なのは……」
「大好きな人を思う気持ち。だよね!本当だった!!」
「私は嘘はつかないよ。茶化したりすることはあるけどね。」
そして、2回目のハグ。お別れのハグだ。
私もそれを悟り、ギュッと力一杯抱きしめ返す。
「わかちゃん、会えて良かった。お別れだね。」
「うん……でも、また会えるよね?」
にっこり笑い、首を縦に振る。だって、リースさんは、いつもリースを通して私を見てる。
それに、それだけじゃない。私に宿るマーレ・オブ・マギにも存在しているのだから。
私の身体を光が包み込む。意識がどんどん遠のいていく。リースさんの笑顔も、だんだんぼやけていく。
「わかちゃん……最後に一つ……お願い事してもいいかな?」
「なに?」
「パパは難しいかもしれないけど……リースは……あの子のことは許してあげてほしいの。できることなら……そのまま……友達で………」
言葉が切れ切れになる。
でもお願い事、ちゃんと伝わったよ。
私を包む光が激しく瞬く。もう声は出せないから、代わりに……
私はポンポンと背中を軽く叩いた。
それでちゃんと伝わったかな?……
うん、ちゃんと伝わったね。だって、リースさん今までで一番の表情をしてるもん。
私は絶対にリースを見捨てないから。
だから心配しないで!!
たくさんの決意を胸に、私の意識はマーレ・オブ・マギの中から、自分の体へと戻ったのであった。




