138 女神の物語③
残りは海沿いのエリアのみ。そして、そこが1番魔力濃度が高い。
4つの四角い建物。
どの建物もぼろぼろで、上部は金属製の骨組みが露出してしまっており、天井はない。今にも倒れそうだけど、下の方はしっかりしているようで、中に釜?のような物がある。
その釜の中の魔力が尋常じゃない程高いのだ。
ここさえなんとかすれば。
なんせこの釜から発せられた魔力のせいで、明らかにこの国の魔力量が高いのだから。
私は集中して最後にして最も重要な行程に移る。
集中しろ、自分を強く保つんだ。
大丈夫。私ならできる。
集中力を増していく私。けれど、そのせいで私は気付かなかったんだ。
悪意がすぐそこまで迫っているということに。
最初に異変に気付いたのはママだった。
密閉された部屋の中で、空気の流れを感じた。それは魔力病が進行し身体の感覚が過敏になっているママだからこそ気付いたわずかな変化。
「ねぇ、あなた……」
不安を伝えようとパパに話しかける。
しかし、その時にはもう遅かった。
私の背後に1人の男が現れた。『ハッ、ハッ』という息遣いでようやくその存在を察知したのだが、その手に持っている物を見て恐怖で身体が固まる。
ナイフ。
そのナイフは、私の心臓を目がけて一直線に迫ってきた。
刃がスローモーションに見える。
でも、動けない。
楽しかった思い出がフッと脳裏を駆け巡る。
これが走馬灯?
あぁ、私は死ぬんだ。
血飛沫が上がる。
いた……くない?なんで?
なんと間一髪のところで、パパの手がナイフを掴んでいたのだ。血飛沫はパパの手のひらから流れるもの。
でも、パパは痛みを堪え、ナイフを離さない。
ママとわたしが悲鳴をあげる。
その声に焦った男はパパを強引に蹴り飛ばし、左足に仕込んでいたもう一本のナイフを取り出す。
「お前達がこんなことをしなければ……お前達が悪いんだ!!死ね!!」
再びナイフが迫るが、私はマーレ・オブ・マギを中断し、マジックバーストで男を吹き飛ばそうとする。
しかし、今までとは比べものにならない量の魔力を吸収した私の身体は、いつものそれではなかった。男と一緒に私も吹き飛んでしまう。そのままママのベッドに激突した。
ボキッ
骨の折れる音。私の左足があらぬ方向を向いている。同時に感じるは灼熱感。今まで感じたことのない痛みに思わず叫び、涙を流してしまう。
痛い、痛い、痛い……
その痛みに、男が再び接近していることに気付くことができなかった。
私のマジックバーストは、コントロールを失っていたことで男にはあまりダメージを与えられていなかった。だから、すぐに立ち上がり、私に向かってきていたのだ。
気付いた時には、私のすぐ目の前で三度ナイフを振り上げる男の姿があった。
折れた足は動かない。今度こそダメだ……
三度目の正直。
もはや命運も尽きたと私は大人しく目をつぶった。
ピチョン、ピチョン、ピチョン……
生暖かい液体が私の頬を濡らす……
……頬??なんで??
私は今、刺されたはずだ。なのに、なんで上から……血?
閉じていた瞼をゆっくり押し上げる。そこに映ったのは……地獄絵図だった。
私の身体に覆いかぶさるように、ママの身体があった。
生まれた時からいつも見てきた小さい……だけど私から見たら大きく見える身体。
ただ、いつもと違うところが一点。それは、腹部からナイフが飛び出していること。
そこから真っ赤な雫が私の頬に流れ落ちる。
なんで……なんでママが………
信じられない……ううん、信じたくなかった。
こんな現実、受け入れたくない……
この時の私は錯乱していた。顔は真っ青で、ぶるぶると震える。
視界が歪む……自分を保てない。
このままじゃまずいことは分かってた。マーレ・オブ・マギは精神状態……心がのありようが物を言う。
でも、どうしようもなかった。だって、世界で1番大事な人の命が、私のせいで消えかけているのだから。
そんな私の異変を察したのか、ママは私の頬に優しく手を添えた。
「大丈夫?……怪我は…ない?
私は……大丈夫よ。私の……大事な宝物………あなたが元気に生きて……いてくれれば…それで……
だから……自分を…責めないで……自分を…見失わないで…………」
そして……笑顔。今までで1番優しい笑顔だった。
苦しくて痛くて、辛いはずなのに、なんでそんな笑顔を向けてくれたのか、その時の私には理解できなかった。
そのままゆっくり……腕の支えを失い、私の上に倒れ込むママ。
心臓の音が、『ドクン、ドクン…トクン……トクン………ト…クン』と小さく、なっていく。
そして……止まった。
こうして私の大切な人……ママは死んだ。
私を守って。
ゴゴゴゴ
許せない…
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
なんでママが死ななきゃいけなかったの?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
私の……私の大切な人を返してよ。
身体の中の魔力が渦を巻く。男への憎しみ。何もできなかった自分への怒りで胸がいっぱいになる。
もう抑えきれない。絶対にこの男を……
殺してやる。
『それなら、全部消しちゃえばいいんじゃないの?』
どこからか聞こえてくる声。
『もちろん消すよ。あの男は絶対に許さない。』
私はその誰ともしれない声に自分の気持ちを吐き出す。けれど、声の主の返答は、私の意図したものとは違っていた。
『そんな一人の人間を見てはダメ。誰かがいなくなれば、また次の誰かが同じことをして、あなたと同じように傷つくだけなのだから。もっと深いところを見て。』
後から分かった話なのだが、この男は魔法の恩恵を受け豊かさを得た他国のスパイであった。確かに魔法によって発展した国があるのも事実。
いや、むしろそのような国の方が多い。魔力病さえ克服できれば、こんなに効率の良いエネルギーはないのだもの。
そのような国からしたら、私達が実験していること、取り組んでいることなど害悪でしかない。
だからこそ……だからこそ、今回はウォーデン国の魔力だけを吸収し尽くし、その結果を伝えていこうと思っていたのに……
他の国には、迷惑なんて何一つかけていないのに……
『もっと深いところ……』
そっか、そういうことか。
確かにこうなったのは全てあれのせい。
ママや同級生のみんなが体調を崩したのも、長く生きられないのも、この男が私達を襲ったのも、パパが怪我をしたのも、みんなみんな……
『魔法だ。魔法……魔力があるから、大切な人達が苦しむんだ……死んじゃうんだ。』
『そうだよ、魔力があるから世界は平和にならない、幸せにならないんだよ。そして、あなたならその魔法を消すことができる。』
でも、どうやって?
今の私の力では、この国の魔力を吸収することが精一杯。この世界の魔力を全て吸収し尽くすなんて……
『力を解放すればできるよ。あなたの力は無限大。
あなたが望めば、叶うことだよ。』
力を解放する。
別に今まで手を抜いていたわけではない。ただ、その先があることにも気づいてた。
気づいてたけどコントロールする自信がなかったの。
『コントロールなんて、しなくていいよ。だって、全部奪っちゃえばいいんだから。』
そっか……そうだよね。
難しいことは考えなくていいんだ。全部吸収すればいいんだから。
そう考えると、途端に気持ちが軽くなる。ウォーデン国の魔力だけを吸収しようとしたから難しかったんだ。
私が望むのは忌々しき魔法の終焉、魔力の根絶。
私の意識の中に、扉が現れる。きっとこれは幻想。きっと私が力を解放しやすいように作り出されたイメージなのだろう。
『さぁ、決心はついたみたいだね。
望んで。この世界から魔力を消し去りたいと。』
私はこの世界を変える。
もう大切な人達が苦しむのは……失うのは嫌だ。
そのために、原因となる全ての魔力を消し去りたい。
意識の中の扉に手をかけると、そのまま勢いよくこじ開けた。




