135 王の最期
羊皮紙を前に、ピクリとも動かないハイラスマーレ王に対し、急かす声があちらこちらで上がる。
こんな状況じゃ、例えハイラスマーレ王がサインして、ウォーデン国が降伏したとしても、王様が引き続きこの国を治められるか危うい。
もしかしたら、それも狙いの内なの?
「終戦!」「終戦!」
大合唱が巻き起こる。もう誰もこの流れを止められない。ショーンさん達は「お前ら落ち着け!王を信じろ!!」と声を張り上げているが、もっと大きな意志に飲み込まれる。
私は……果たしてどちらの気持ちなんだろうか。
荒れ狂う想いの渦の中にいながら、なぜか冷静にそんなことを考えていた。
大合唱に背を押される形で、ついに王様が羽根ペンへとゆっくり手を伸ばす。
戦場のボルテージは最高潮。皆が王様の一挙手一投足を見つめ、声を張り上げる。
そして……
羽根ペンを真っ二つに叩き折った。
「いい加減にしろ。
ハイル、今すぐそこの人形達にこの戦場にかけている低俗な錯乱の魔法を解くよう命じろ。今すぐだ。」
その言葉は、魔法を使ったわけじゃないのに、その場にいた全員の鼓膜に突き刺さる。
何度目か分からない静寂が一瞬の内に訪れ、混乱を極めていた空気が嘘のように引き締まる。
月の光がスポットライトのようにハイラスマーレ王とウォーデン王を照らし出す。
表情はこの上なく厳しい。
「気づいていましたか。」
そう言って指をパチンと鳴らすと、数十人の魔導師がその場で倒れ伏す。
倒れていない人達も、我に返ったように口を抑えおののく。
自分達は今まで何をやっていたのだと。
「貴様の常套手段だからな。そうやって民衆の気持ちをコントロールし、自分の思い通りに事を進めようとする。
ウォーデン国を建国した時だってそうだったからな。」
いつもの温厚な王様とは思えない表情、そして口調。
この口調が本来のものなのかは分からないけど……とにかくやばいということだけはわかる。
「辛辣ですね。あの時は本当に私の考えに賛同した者しか連れて行っていませんよ。まぁ、今となってはそれを証明することはできませんがね。あの時代から生き残ったのは私達を含め数人だけですし。」
両者睨み合いが続く。
ハイラスマーレ王は足を縛られ、ろくに動くことができないのは変わらない。
でも、なんでだろう。そんなことを感じさせない雰囲気を王様から感じる。両者の状況が拮抗しているように見えるのは私だけ?
王様はふとこちらに視線を向ける。私達の後ろにいる魔導師達が息を呑む。
「先程の件は、お前達のせいじゃない。奴は人の心を巧みにコントロールし惑わせる。
だが、周りに流されやすいというのはいただけないな。魔導師たるもの、常に自分を強くもつのだ。」
その圧倒的な威圧感に、誰もが頷き猛省する。
「それから、こいつの計画は、この世界から魔力を……魔法を消し去ることだ。しかし、そうなればこの世界はただでは済まない。ここまで魔法に依存した世界で急に魔法が使えなくなったらどうなる?少し考えてみれば分かることだ。」
……そして、忘れては行けないのは、魔法が使えなくなった世界で唯一、ウォーデン王達は魔法が使えるということ。
待っているのは支配される世界。
「父さん、お言葉ですが、この世界は魔力によっておかしくなっているんです。魔力があるから戦いが起きるのです。魔力があるから人は長くは生きられない。
娘も……母さんだって、そのせいで死んでしまったことを忘れたのですか!?」
「だからこそ……」
バキッ!
そこから先の言葉がこの世界に響くことはなかった。なぜなら、息子が父を殴り倒したからだ。
足を縛られた状態の父は、無様に地に這いつくばることとなる。
「もういい……考えを変えるつもりがないのであれば、この場で処刑します。そうすれば、あなたの計画は間違いなく終わる。」
「てめぇ!」と叫びながらショーンさんが駆け寄ろうとするも、リースさんが間に割り込み近づかせない。
「最初からこうすればよかったんだ。父親だからではなく父親だからこそ、その過ちを正すのが子の責務だ。」
私やエリーン先生、マーレも一歩前に出る。でも、それを止めたのは王様だった。
「来るな。お前達に何かあったら困る。私がここで倒れても、お前達がいればハイラスマーレ国は大丈夫だ。だから、ここは堪えるのだ。」
リースの腕から魔力が迸り、レイピアのような細剣が形成される。
彼女は躊躇いもなく、その魔法剣で王様の右腕と右足を切り裂いた。
鮮血が迸り、彼の上腕から先、ふくらはぎから下、そして接している地面を濡らす。
絶叫。
ただそれは切られた本人から発せられたものではない。
ショーンさんやマーレ、私、魔導師達のもの。
「父さん、これでもうあなたは逃げられない。あなたのことだ、もしかしたらこの状況でも何か策を講じている可能性がありますからね。」
明らかに重傷だ。多分元の世界であれば、右手右足は一生使い物にならないだろう。
それでも、私達を心配させないようにと王様は無言で痛みを堪えていた。
治したい、助けたい……でも、魔力のない今、私はただの15歳の少女。どうすることもできない……悔しい…
夥しい流血。このままでも、きっと王様は死んでしまう。
でもそれを待つことはしない。
確実な死をもって終わりにする。
それを示すようにリースは剣をゆっくり、大きく振りかぶった。
「太陽、すまなかった。STORY TELLERのせいで、辛い思いをさせたな。」
王様の弱々しい言葉に対し、歯を食いしばりながら首を横に振る太陽。
「そんなことありません。
確かに辛くないと言ったら嘘になります。
でも、STORY TELLERのおかげで、俺達はどうしようもない運命に抗うことができたのです。
それにまだ俺は諦めてませんよ。この戦いも、若葉のことも。」
最後を悟った王様に対し、再び確固たる決意のもと声を発する太陽。
そんな幼なじみを見て、王様の顔が一瞬綻んだように見えた。
「皆、ここまでよくやってくれた。私がいなくてもお前達ならちゃんとやっていける。
立ち止まるな!運命に抗え!
そうすればきっと未来は変えられる。」
ハイラスマーレ王の言葉が再度、戦場に響き渡る。夜の闇を切り裂く堂々とした声。
それは、偉大な王から配下達への最後の激励。
あれ?
頬に触れると、一筋の涙が指先にこぼれ落ちた。
胸が締め付けられる。まるで自分の一部を奪われるような、そんな感覚が私を襲う。
思い出したのは、スカイキャッスルの部屋での出来事。私が体調を崩して寝込んでしまった時の……
……あの時の紅茶とブドウとマスカット、とても美味しかった。
「遺言はそのくらいでいいですかね。
父さん、父親として俺を育ててくれたこと、本当に感謝しています。だからこそ、あなたを止めます。分かってください……
それでは、さようなら。」
嫌だ、嫌だ、嫌だ……
時が止まってほしい。王様に……死んでほしくない……
しかし、現実はそんなに甘くない。
リースの刃が月の光にて怪しく煌めく。
そして……
ザンッ……
刃は、振り下ろされた。




