134 蜘蛛の糸
「俺は絶対に死ぬという状況から、生き残る道を示してもらったことに感謝してる。
もちろんまだ若葉のことは諦めてないし、もし元の世界に戻れたら……そして死の運命を覆す手段が見つからなかった時には………
その時は、若葉と2人だけでも地の果てまで逃げ切ってやる。
絶対に俺達は死なない。」
さっきまで絶望に打ちひしがれて涙を流していた姿からは想像できない決意を込めた眼差し。
そんな視線を受け、今日何度目かわからないため息。
「そうなるからこそ、ここで関若葉さんだけでも確実に息の根を止める必要があるんだよ。
運命は絶対だ。そんな個人的な感情で変えていいものじゃない。分からないかな?」
あれ、怒ってる?
ウォーデン王の最後の言葉には、珍しくはっきりとした感情……憤りを感じる。
太陽もそのことには気づいてる。でも、気づいた上で、「どうするかは俺達が決める。お前に指図される言われはない。」と全否定。
「ふぅ、もういい。何度も言うけれど、その状態になったらもう助からない。これは決定事項だ。
それから戦争のことだけれど、これについては前にも話しましたよね、マーレ。
私は、父さんが考えを改めてくれれば、和解の道もあると考えているよ。いや、和解じゃなくてもいい。ウォーデン国の全面降伏で戦争を終結させるのでもいい。そうなれば喜んでハイラスマーレ国の軍門に降ろう。もちろん国民には私の方できちんと話はつけるよ。」
この状況でそこまで言うなんて。
全ての魔法が封じられた今、人数が少なかろうが魔法を使えるウォーデン国側の方が圧倒的に有利だ。リースはいつも通りに、ドール達もウォーデン王の言い分だと少しは魔法を使えるようだし。
加えて王様とショーンさんを人質に取られている状態。
勝利はほぼ確定的。それなのに……
一体ウォーデン王がハイラスマーレ王に求めている内容……そこまでして止めたい計画とは、なんなのだろうか。
この場にいる人達は、皆ハイラスマーレ王の計画を知らない。だからこそ、こんな戦争を続けるくらいなら……負けるくらいなら王様が考えを変えるくらい良いだろうと思う人達もいるだろう。
この戦争では、人が死にすぎた。
肉親や友を失い、心に傷を負った人達もたくさんいる。もうこれ以上大切なものを失いたくない。
そんな人達からすれば、ウォーデン王の言葉は地獄に落とされた一本の蜘蛛の糸のようにも思えるはずだ。
そんな複雑な空気が戦場に広がる中、ハイルが言葉を重ねる。
「もちろん、口約束は許されない。誓いの魔法にてちゃんと縛らせてもらいますよ。
ただ、それだけです。それだけ守っていただければ、戦争は終わるのです。
あなた達は何も差し出す必要はない。だって、あなた達は悪くないのだから。」
ざわざわ。
ついに戦場がざわめき出す。様々な考えが飛び交う中、「戦争を終わりにしたい。」「王様、お願いします。」「もういいじゃないですか。条件を飲んでください!」とウォーデン王に賛同する声が大きくなっていく。
この空気を良しと思わないショーンさんやフィミールさん、数人の王様に付き従う魔導師達が「皆、落ち着け!」と声を上げるも、魔法を介さない数人の声など、多数の声によってかき消されてしまう。
こんなはずではなかったのに……と握り拳を震わせ唇を噛みしめるマーレ。
ただ戦争を止めたい。ただ大切な人達を守りたい。その一心で放った言葉が、結果的に父親を追い込んでしまった……
「父さん、これがあなたが守るべき国民の本当の気持ちですよ。
私だって実の父を殺したいなど思っていない。また昔みたいに仲良く、この世界をより良くしていきましょうよ。」
「「「うぉー!!!」」」
魔法で増幅された声に同意を示す一同。ある者は手に持つ剣を掲げ、ある者は盾をガンガン叩き、ある者はもう戦わないくて良いと不毛の大地に杖を突き立てる。中には亡くなった大切な人の名前を呟き涙を流す人もいる。
先程までには考えられなかった光景。
戦場は、完全にウォーデン王に支配されてしまった。
当の本人はそんな様子を満面の笑みで讃え、そして両手を振り落ち着かせる。
「それでどうですか、父さん。この申し出、受けてくれますよね?」
ハラリとハイラスマーレ王の前に一枚の羊皮紙が現れる。その横には血のように真っ赤に染まった羽根ペン。
『誓いの魔法』
エリーン先生から聞いたことがある。
特殊な魔法で作られた羊皮紙に条件を記し、その羊皮紙の作成者の血によって作られた筆記具にて対象者にサインさせることで永遠の誓いを立てさせるという魔法。もし誓いを破った場合は、即座に死が訪れる。
「でも、今はあなたも魔法を使えない。誓いの魔法は使えないはずよ。」
「そんなことは百も承知ですよ、木崎里穂さん。当然この羊皮紙、そして血の羽根ペンの作成者はリースです。」
そうだろうとは思ってたけど……
なんて用意周到なんだ……こうなることが全部分かっていたってことよね。




