129 Highlastmare vs. Warden⑦
太陽は転移することも考えた。
胸の中でガタガタ震える私の様子を見て、このままではまずいと本能が警鐘を鳴らしていたのだ。
が、そこで幼なじみは気付いたのである。
魔法が使えない。
いつの間にか体に纏っていた雷の魔力は消え去り、いざという時に身を守るための多重障壁やガーディアンの魔法も消えている。
よくよく考えて見ればおかしかったのだ。これだけの血が防御魔法を抜けて自分達の体に付着している時点で。
これはドールのせいなのか?それとも……
いや、ドールのせいじゃない。もしドールのせいなら、まず発動できなくなるのは俺より遥かにドール達に近い魔導師達の防御魔法のはずだ。それがちゃんと発動されているということは……
若葉が魔法のコントロールを失ってるんだ。
若葉はウォーデン国に捕えられている間に消却魔法改め、吸収魔法のコントロールを覚えたと言っていた。
そのコントロールが心の乱れ、たびかさなる心へのダメージによって失われてしまったのだろう。
焦る太陽。これではドラゴン等の足がないと、この場から退避することができない。
「太陽、わかちゃん!大丈夫!?」
戦場になびく黒髪。私はこの時、里穂姉の存在に全く気付くことができなかったのだが、太陽は頼れる姉貴分の登場に胸を撫で下ろす。
戦場で魔力を使えないことは致命的。でも、今の状態の私を離すわけにはいかない。
周囲の様子は地獄だ。血で染まった大地、そこら中に転がる肉片。絶対に見せられない。
そんなジレンマから解放してくれる存在。太陽は里穂姉に状況を説明する。
「そういうことね。だから私の念話も繋がらなかったんだ。でも良かった、やられたわけじゃなくて……本当に心配したんだから。」
よれたローブや乱れた髪から、どれだけ急いでここまで飛んできたのかが分かる。
転移魔法も使おうと考えたみたいだが、ターゲットとなる私と太陽が見つからなかったせいで、跳べなかったらしい。
「わかちゃん、聞こえてる?里穂だよ?」
いつもの優しい声色で話しかけてくれる里穂姉。でも、私には届かない。太陽の胸の中でガタガタ震え、一切の音を遮断する。それでも、先程の破裂音と、血が飛び散る音が何度も何度も頭の中でループしていた。
「確かにこれはまずいかも……とりあえずマーレに頼んでドラゴンを呼んでもらってるから、来るまでは私が2人を守るね!
太陽は引き続きわかちゃんに声をかけ続けて。」
「分かった、頼む。」
何度も何度も声をかける太陽。
私が傷つきやすいことを知っているから……ずっと隣で見てきたからこそ、ここまで傷ついている幼なじみに対し大きな不安を感じていた。
と同時に、卑劣な作戦を考えたウォーデン王、そしてひかりと同じ姿をしたリース……人形の女神に猛烈な怒りを覚える。
こいつら絶対に許さねぇ。
「このためにわざわざ娘の骸をいじり、娘と瓜二つのドールを作ったというのか。」
「わざわざとは心外ですね。これはあなたの計画を頓挫させるための重要なファクターですよ。」
「わざわざじゃよ、本当に。こんなことをしなければ、お主の娘だってあの残酷な末路から救ってやることができるのにのぉ。」
「あなたの身勝手な思想によって救われることなど、私も娘も望んではいませんよ。」
互いの拘束魔法にて、身動きが取れなくなる王。
その間にドール達とショーンさんが熾烈な戦いを繰り広げている。ハイラスマーレ国最強の魔導師がここまでドールを倒し切れていないのには理由があった。
ここにいる4人……戦闘開始時には7人いたのだが、そのドール達は特別だった。完全に意思を共有し、まるで一つの生き物かのように戦闘を行う。と同時に、隙さえあれば王達の戦いに参戦し、命を狙う。
双方向からの火炎魔法を障壁で退け、微妙にタイミングをずらした岩石弾の軌道を雷の矢で逸らす。
「ちっ、本当に厄介だな。」
体感的には太陽と海斗を同時に相手した時の感じに似ている。
激しい戦闘の最中、横目でもう一つの戦場を確認する。ドール達の自爆特攻によって、地獄のような状況に陥っている戦場。
「無事でいてくれ。」
そう呟くと、ショーンは自分の敵である4人のドールに集中するのであった。
暗い、寒い、怖い……
私は無意識の内に外部からの一切の刺激を拒絶していた。太陽や里穂姉の声すら聞こえない。
自分の心を守るための防衛機制。
それでも、未だに破裂音と血が飛び散る音、身体に降り注ぐ感覚は自分の中でループしているけれど。
どうしてこんなことになってしまったんだろう……
私はただ、大切な幼なじみ達と、仲良しの友達と一緒に、平凡な毎日を過ごせれば良かったのに。
それは現実世界であっても、異世界であっても。
なぜみんな戦うの?話し合いでは解決できないの?
大切な人達が傷つくのはもう嫌だ……
『それなら、全部消しちゃえばいいんじゃないの?』
どこからか聞こえてくる声。
『消しちゃうって、どういうこと?』
私はその誰ともしれない声に疑問を投げかける。
『その言葉の通りだよ、若葉。あなたが望めば叶うこと。』
私が望めば叶うこと?
『それをすればこの戦い……戦争は終わるの?』
『もちろん。だって、この戦いの原因をあなたが全て消してしまえばいいのだから。』
戦いの原因……それはウォーデン王のこと?
『そんな一人の人間を見てはダメ。誰かがいなくなれば、また次の誰かが後を引き継ぐだけなのだから。もっと深いところを見て。』
深いところ……
そして私の中で何かがはまる音がした。
そっか、そういうことか。
『魔法だ。魔法があるから人は戦う。魔法があるから、大切な人達が傷つくんだ。』
『そうだよ、魔法が悪いんだよ。そして若葉、あなたならその魔法を消すことができる。』
でも、どうやって?
私の力では、近くの魔力を吸収することが精一杯。戦場の魔力を全て吸収し尽くすなんて……
『力を解放すればできるよ。あなたの力は無限大。
あなたが望めば、叶うことだよ。』
力を解放する。
別に今まで手を抜いていたわけではない。ただ、その先があることにも気づいてた。
気づいてたけどコントロールする自信がなかったの。
『コントロールなんて、しなくていいよ。だって、敵も味方も関係なく、全部奪っちゃえばいいんだから。』
そっか……そうだよね。
難しいことは考えなくていいんだ。どちらかの魔力を残せば、結局は残っていない方を蹂躙してしまうだろう。
私はもうそんなことは望まない。
私が望むのは戦争の終結だ。
どちらも勝たせなければいいんだ。
私の意識の中に、扉が現れる。きっとこれは幻想。きっと私が力を解放しやすいように作り出されたイメージなのだろう。
『さぁ、決心はついたみたいだね。
望んで。この世界から魔力を消し去りたいと。』
私はこの戦争を止める。
もう大切な人達が傷つくのは嫌だ。
そのために、原因となる全ての魔力を消し去りたい。
意識の中の扉に手をかけると、そのまま勢いよくこじ開けた。




