120 人形の女神
大勢の魔導師達が作り出した灯りは、場を煌々と照らす。
夜とは思えないほどに明るい。地面の石一つ一つがはっきりと見えるほどに。
けれど、それだけの人数がこの場にいることが信じられないくらいの不気味な静寂。
この静けさは嵐の前の静けさ。そのことはこの場にいる誰もが分かっていた。
私達の密かなやり取りが終わってから数秒後、ウォーデン王は再度口を開く。
「では、私の言うことが妄言ではないことを証明しましょうか。」
ブツブツと何か呪文のようなものを呟く。彼ほどの魔導師が詠唱を必要とする魔法って……
そして、この場にいる全ての人間に聞こえる声で、高らかに言い放った。
「プロジェクトF、始動。」
次の瞬間、リースの体から凄まじい魔力が噴き出す。吹き出した魔力は、彼女の後ろにある4つの建物に吸い込まれていった。
再びの静寂。
何も起こらない?
「何が起きるかと思ったら、こけおどしかよ。俺、もう我慢できないっす。兄貴の仇!!」
「まて!!」
待つことに痺れを切らした魔導師の1人が、ショーンさんの言葉を無視しウォーデン王とリースに突っ込んでいく。
今までもタイミングはあったと思う。それこそここについた瞬間に全員で奇襲をかければあっけなくこの戦いは終わったのではないか?
でも、戦いとはそんなに甘いものじゃない。
無策に勢いだけで相手の懐に飛び込むということは……しかも相手がこちらのことを認め、警戒している場合は自殺行為だ。
だって、罠はもちろんのこと、こちらの動きに合わせて対処することができるのだから。
勢いよく飛び込んでいった魔導師さんは、左手に火属性の魔力を収束させる。
「バーンアウト!!」
バーンアウト。0距離で相手にぶつけ、爆炎で相手を焼き尽くす中位魔法。まともに食らえば並の魔導師なら一撃で戦闘不能にできる。
彼の左手はウォーデン王を直接捉えたかに見えた。
が、爆炎は上がらなかった。
「お、おまえは、誰だ!?」
魔導師さんとウォーデン王の間に誰かいる。
ううん、違う。ウォーデン王の後ろにも、たくさん……
10人や20人ではない……100人近くいる。
全員が白いローブを着て、顔をフードで隠している。
けど、私にはその正体がすぐに分かった。
あれは……
「ドールですね。それもこんなにたくさん……」
マーレの言葉にエリーン先生が目を見開く。
「あれが全てドールですって?それは穏やかではありませんねぇ。」
名前も知らない魔導師さんの魔法は、ドールに触れられたことで跡形もなくかき消されていた。
ううん、違う。かき消されたんじゃない。吸収されたんだ。
私の魔法……リースと同じ魔法。
それだけで、顔が見えなくても彼女達がドールだということは明らかだった。
「早く離れて!!その人達に半端な魔法は通用しません!!」
彼が危ない!!
咄嗟に私は叫んだが、魔法を跡形もなく消却され呆然とする男はすぐに動くことはできなかった。
「バーンアウト。」
ドールの左手が輝く。そして……
ゴゥ……ゴゴゴゴゴゴ!
轟音とともに、爆炎が彼を包み込んだ。本来であれば障壁を体に纏っているはずなので致命傷は避けられるはずだけど、それすらもドールの前では吸収されてしまう。
生身の体で爆炎を受けた彼は、全身に大火傷を負う。痛みに絶叫し、震え、そして動かなくなった。
ひどい……
私はまた何もできなかった。
拳を握りしめ、ウォーデン王を睨みつける。
私達が思っているほど悪い人じゃないと思っていたのに……
「若葉さん、みなさんもそんな目で見ないでください。彼が先に攻撃してきたのですよ。私達の行いは正当防衛です。」
確かにその通りだけど……殺す必要はなかったのではないか。
「うっ…うぅう……」
うめき声。ふと視線を移すと、ドールの後ろに隠れていたリースの様子がおかしい。
目は虚ろで涙と涎を流し、小刻みに震えながら地面に跪いている。
「ウォーデン王、リースに何をしたの!?」
苦しそう……リースに何が起きてるの?
「リースには、このドール達全員を制御してもらっているのだよ。彼女は『マーレ・オブ・ドール』、人形の女神だからね。」
「マーレ・オブ・ドール?」
人形の女神……じゃあ、魔導師さんを燃やしたのも、全部リースの指示ってこと?
そんな……人を傷つけるのを嫌うリースが、どうして……
ウォーデン王はあえて説明をしてくれているようだ。その方が私達……私が困惑するから。
この時はまだ気づいていなかったけれど、私という存在は、ウォーデン王にとって最も重要なものだったのだ。
「さて、お待たせしました。
この子達がウォーデン国特旗隊第0部隊、別名ドールアーミーです。この子達は長距離行軍には向いていないので、ここまで連れてきてくれて助かりましたよ。最高の状況というのはそういうことです。」
ギリッ。唇を強く噛むフィミールさん。
完全有利な状況に持ち込んだつもりが、敵の最高戦力を敵の目標である王の前に呼び寄せてしまうなんて……という後悔が滲み出てる。
この状況はウォーデン王が意図して作ったものなの?
真偽は分からないが、もしそうなのだとしたらとんでもない人だ。
「そこまで自信があるというのであれば、ここで負ければ潔く死ぬということで間違いないのじゃな?」
フィミールさんの肩を叩き労う王様。『お主のせいではない。よくやってくれた。』そんな言葉が聞こえてくるようで。
王様の言葉に、ウォーデン王も返答する。
「その言葉、そのままお返ししますよ。あなたの計画は、絶対に私が阻止します。」
そう言ってウォーデン王とその娘は空中に浮かび上がる。リースが機械のような抑揚のない声でドール達に指示をだす。
「第一執行対象、ハイラスマーレ王。それを阻むものも執行対象です。殲滅してください。例外として若葉様は捕獲対象となります。無傷の捕獲が望ましいですが、抵抗する場合は攻撃を許可します。が、絶対に殺してはいけません。」
周りの目線が一斉に私に向いたのが分かった。中には疑いの目線、感情を向けてくる人もいる。
なんで私だけ捕獲対象なの?
みんなもそう思ってるんだろうけど、私にだって分からないよ。
そんな私の不安な気持ちを察したのか、王様が念話が頭の中で響く。
『皆の衆、うろたえるでない。欲しいと言われてみすみす渡す馬鹿はおらん。若葉を死守するのじゃ。若葉はわしらの大切な仲間じゃ。』
王様の言葉に、みんな頷き、疑いの目線を向けていた人達もばつが悪そうに俯く。
太陽や海斗兄が厳しい視線を送っていたのもあるんだろうけど。
『なんか文句あんのか?』的な。
『さて、この後のことじゃが……わしとショーンは直接ウォーデン王を狙う。さすれば当然ドール達の攻撃を受けるじゃろう。皆はその攻撃を妨害しながらドールの数を減らしてほしい。』
一騎討ちなら、ハイラスマーレ王は負けない。
今はどうか分からないけど、以前の私達では4人がかりでも厳しかった。ショーンさんと互角にやり合う太陽と海斗兄がいてもだ。
ただ、ドールは厄介だ。あれだけの人数がいれば、いくら王様の魔法でも、吸収されてしまうだろう。
ドールの数を減らす。それが最善の手であり、私達にできること。
リースの姿をしたドール達を倒すのは気が引ける。でも……こればっかりは仕方ない。
彼女達は人形なんだ、生きてないんだ。
そう何度も頭の中で唱える。
「皆、死んではならんぞ。生き残り、全員で祝杯をあげるのじゃ。」
最後の言葉は念話ではなく実際の言葉。みんながその言葉に答え、武器が掲げられ、自分達を鼓舞するように雄叫びが上がる。
「では始めましょうか。これからの未来をかけた戦いを。」
「殲滅開始。」
リースの言葉と共に、ドール達が一斉に王様に向かって飛び出した。




