116 vs. darkness⑤
巨大なクレーターに、爆風と熱線でひしゃげたタンク群。その歪さはある意味美術品のようで。
眼下には教科書の写真でしか見たことのない、まるで空襲を受けたような光景が広がっている。
これを海斗兄が1人でやったんだよね……
分厚い雲の合間から時折見える太陽が、だいぶ低い位置にある。
夜が近づいてる。
闇の魔法は陽が落ちれば落ちるほど力を発揮する。早く決着をつけないと。
「フィミールは左から、私は右から攻めます。姫様とわかはバックアップを。特にわかは、フィミールが魔力を吸われた際、すぐに魔力を譲渡できるように真下で待ち構えておいてください。」
「俺の命、若葉さんに預けるっす。頼んだっすよ。」
正直今の海斗兄にミドル(中距離)〜ロング(長距離)レンジで戦うのは無理がある。となると先程活路を見出したクロス(近距離)レンジしかない。ただ、そうなると私のフィールドからは出ることになる。
海斗兄は私を近づかせてはくれない。リースとは違って、私の吸収魔法は触ることができれば一瞬で魔力を全て吸収できる。
触れられたらそこで戦いは終わり。
それを察しているのだろう。
だから、フィミールさんはきっと魔力を奪われてしまう。そうすれば飛べなくなり落ちてしまうのは必然だ。その時、下でフィミールさんを受け止め、魔力を譲渡し再び戦線に上げる。それが私の1番の役割。
もちろん攻撃、防御もするけれど、それは私より遥かに場数を踏んでいる3人に任せた方がいいのは明白である。
海斗兄が再び移動を始める。そして、目的地もはっきりし出した。
進行方向にそびえ立つは、4つの四角い建物。汚染水を作る施設。
ウォーデン国の先進的な魔法文化を支える根幹となる施設。
なんでそこに向かっているのかはわからないけど、いずれにせよあそこが破壊されれば、ウォーデン国は未曾有の危機に陥るだろう。
戦争中だけど、一般の人達に罪はない。その人達が困る姿は見たくない。
だから止めなければ。
「それでは、作戦開始!!」
リースの号令で、2人は左右から一気に攻め込む。
私もグッと距離を詰めてみたが、予想通り海斗兄も距離を大きくとる。
やっぱりダメか。
私のスピードじゃ、これ以上距離は詰められない。
作戦に徹しよう。
私は高度を下げ、戦場の真下を陣取った。
戦闘はどんどんスピードを上げていく。海斗兄はフィミールさんとリースの猛烈な打撃をギリギリで捌いている状態。
フィミールさんは蹴り主体、リースは空手にも似た正拳突きや掌底打ちで攻撃を加える。
海斗兄もフィミールさんと同じく蹴り技が主体だ。でも、蹴り技は威力が大きい分隙が大きい。その隙を狙ってリースが細かい連打を打ち込んでいく
『若葉、バレットを撃ち込みましょう。ダメージは小さいですが、コントロールしやすく、2人のフォローができるはずです。』
『分かった!』
念話による指示に同意し、光属性の魔力弾を放つ。確かにマーレの言う通り、バレット(魔力弾)は威力が小さい。でも、私のバレットには、高位魔法クラスの魔力が込められている。当たればそれなりに効果はあるはず。
海斗兄は2人相手の打撃戦、そして迫る魔法弾に分が悪いと判断したのだろう。闇の禁術で一気に周囲の魔力を奪う。
「ちっ、やられたっす。」
バレットはかき消され、悔しそうなフィミールが地上へと落下し始める。
けれど、闇の禁術は発動までには至らなかった。リースが海斗兄の右腕を中段の回し蹴りで蹴り飛ばし、魔法を中断させたのだ。
リース、すごすぎる。やっぱりただものじゃない。
フィミールが展開した私のフィールドに入った(落ちてきた)ところを逃さず、浮遊魔法で落下を止め魔力を譲渡する。
魔力が戻った坊主頭は、すぐさま戦線に復帰した。
私とマーレは引き続きバレットや砲撃魔法で援護する。
ちなみに、砲撃魔法とは、魔法弾とは違い、コントロールのできない直線系の中遠距離攻撃魔法のことである。その分威力はバレットより数段高い。
直線系の魔法のため、このような混戦では使い所が限られるのだが(味方に当たってしまうことがあるため)、射線が味方と重ならない一瞬のチャンスを逃さず的確に撃ち込んでいく。
私達の遠距離魔法、リーストフィミールの近距離戦闘は、確実に幼なじみの体力を奪っていく。
『徐々にダメージは与えられていますが、油断は禁物ですよ。闇の禁術は、一発まともに食らうだけで致命傷ですからね。」
リースの言う通りだ。戦局は私達に優位な方向に傾きつつあるが、まだ予断を許さない。
それに、少しずつだけど確実に汚染水精製工場に近づいていることも気になる。
海斗兄が何をしたいのかはわからないけど、とにかくあそこに行かせてはいけない。
最後まで気を引き締めていくぞ!!
と心の中で呟いたその時だった。
「きゃっ!」「しまった!」「動けない……」
なんと私以外の3人が黒い触手のようなもので拘束されてしまったのだ。出所はもちろん幼なじみの身体。
誰1人として全く気付けなかった。いつ伸びてきたの!?
あれ、待って……これって…
西の方角に目を移すと、既に太陽は山の影に姿を隠している。そして東の方角……海からは満月が半分顔を出しこちらを覗いている。
目を凝らせばクレーターすら見えそうなほどの赤黒い巨大な月。
まだ山の裏側から若干太陽の光を感じるが、いつの間にか主役は月に入れ替わっていたのだ。
夜。
海斗兄の周りに纏う黒い魔力。
さっきまでの魔力もすごかった。けど、それを軽く上回る尋常じゃない魔力。
夜こそ闇の魔力の真骨頂が発揮されるのだ。
額から冷たい汗が流れる。
あの状態の幼なじみを、どうやったら止められるの?
でも、そもそも闇の魔力が夜になればより強大になることは知ってたはずなのに、どうしてフィミールさんはこんな時間から修行を始めたのだろう。
もっと早い時間からやれば、こんなことにはならなかったのに。
いや今はそんなこと考えている場合じゃない。リースが触手を消すことができないということは、彼女の吸収魔法の容量をこえているこということ。
3人共あの手この手で脱出を試みているが、徐々に動きが鈍ってきている。
あの触手、ただの拘束魔法ではなく、魔力を抑制し、奪う力があるみたい。
こうなったらもう私がなんとかするしかない。
「ファイヤボール!!」
巨大な火の玉を海斗兄に飛ばす。本来こめるべき魔力の3倍増し。火属性の魔法は速度に難があるけど、余剰の魔力で速度と威力にブーストをかける。
しかし、この程度の魔法はなんの意味もなさないだろう。この魔法は真っ直ぐにしか飛ばない。かわすのは容易だ。
予想通り、3人を触手で拘束したまま横にスライドし回避される。
私は構わず何発もファイヤボールを撃ち続ける。
そして……
「やぁあああ!!」
無数のファイヤボールで作った死角から急に目の前に現れた私。
対して海斗兄は驚きの表情を隠せない。
触れば勝ち!!
ここまで接近すれば手を触れなくても吸収することはできる。
でも、今の海斗兄の魔力だと、全ての闇の魔力を吸収するのに時間がかかりすぎる。そして、好機を逃せばマーレ達の魔力や汚染水の魔力を吸収してすぐに復活してしまうだろう。
決めるなら一撃で。それが私の出した結論だった。
今できる私の全力。
海斗兄まであと30センチ、20センチ、10センチ……
私の手は幼なじみに……
ほんの少し届かなかった。
「カーストランスポーション」
海斗兄は自身と触手、そして拘束した3人を連れて目の前から姿を消す。
敗因は焦り。あと少し、あと少しファイヤボールが海斗兄に近づくまでジャンプ(空間転移)するのを我慢できていれば……
そして、海斗兄が次に姿を現した場所は巨大な満月の目の前。
真下には4つの四角い建物。
不気味に光る赤い満月に照らされ、古びた建物の上でゆらゆらと浮遊する姿はゲームやアニメでよく見るラスボスの姿そのもの。
この後どんな展開になるか……見ている側ならドキドキ、ワクワク、ハラハラする瞬間。
けれどいざ当事者となってみればそんな感情は一切ない。
あるのは絶望感だけ。
ゲームやアニメの主人公達も、今の私と同じ心情だったに違いない。
海斗兄が両手を上げる。その瞬間、3人の魔力も含めた周囲の魔力が吸収され、収束される。
あの魔法……建物を跡形もなく吹き飛ばすつもりだ。
海斗兄と建物の間に転移して、あの魔法を止めることは多分できる。
でも、その後は?
それに、あの魔法を止めても、海斗兄は攻撃を止めない。そしたら、吸収され続けているリース達の魔力がもたない……
「わか……お願い、あの建物を…守って……
あそこだけは、壊されては……いけないの。」
「でも、そんなことしたらみんなが!!」
魔力には2つの種類がある。表層の魔力と深層の魔力。表層の魔力は枯渇しても1日休めばすぐに元に戻る。けれど、深層の魔力まで奪われてしまったら、そう簡単には戻らない。
下手すれば命にも関わる。深層の魔力は生命力とも結びついているから。そして闇の禁術は深層の魔力すら奪うことができる。
それでもリースの……友達の悲痛な願いに応えようと心と体に鞭を打つ。
あの魔法を止めなければ……
その一心で転移しようとするが……やっぱりできない。
私には……みんなを犠牲にすることなんてできないよ。
海斗兄が作り出した魔力の塊は、夜の闇よりなお深い黒。その見た目、大きさからも、やばさが伝わってくる。
「カースオブミッドナイト」
放たれた魔法はスピードこそないものの、真っ直ぐ四角い建物に落ちていく。まだ当たっていないにも関わらず、その余波で建物の屋上部分のコンクリートが消失していく。
もうだめだ、今から行っても間に合わない。
私には建物が崩れていく様子と、それを見たリースの悲痛な叫びを聞きながら、その場で立ち尽くすことしかできなかった。




