112 vs. darkness①
「じゃあ始めるっす。」
事前に打ち合わせをしていたのか、海斗兄は上半身裸になる。朝から晩までサッカー三昧の身体にはほどよく筋肉がついており、腹筋は6つに割れている。
きっと現実世界の海斗兄ファン達がこの姿を見たら、気絶ものだろう。私はもう見慣れているけど。
フィミールは海斗兄の臍の上に手をそえ、ブツブツ呟き始める。
「あれは封印を解いているのですよ。」
去年私達がかけた封印。正確には里穂姉がかけたのだけど、あの封印魔法を解除するなんて、やっぱりフィミールさんは相当な魔導師だ。
徐々に身体の中から黒いモヤのようなものが湧き出てくる。今の私ならそれがなんだか一目でわかる。
魔力だ。しかもかなり濃く、強力な。
「そろそろ開くっす!!」
「海斗兄、絶対大丈夫だよ!!自分を強くもって!!」
「海斗、あなたは強い人です。その力を制御して、戻ってきてください。」
苦しそうな顔。見ているこっちも辛くなる。
でも、海斗兄は親指を上げる。
ドウ!!ドドドド!!
大きな音と共に、凄まじい量の魔力が溢れ出した。あまりの量に気圧され、その場から2、3歩後退する。
けど……絶対に負けない!!
マーレの手を握ると前に出る。そして、何度も名前を呼びかける。
海斗兄、頑張れ!!闇の魔力なんかに負けちゃダメ!!
黒い魔力に覆われた幼なじみは、胸を掻きむしり、目を充血させ、身体を大きく震わせる。
目を背けたくなるような光景。
涙が出てしまう。
違う、私が泣いていいわけない。
辛いのは海斗兄。私にできることをやるんだ。
そう自分に言い聞かせ、声を張り上げる。
「海斗兄!戻ってきて!!」
黒い魔力が渦を巻く。その渦は砂を巻き上げ、海斗兄を中心に円形の跡を残す。
その様子はさながら、春から初夏にかけて校庭で巻き起こるつむじ風。
そして……
フッと闇の魔力が消えた。
震えがおさまり、眠るように穏やかに瞼が閉じられる。
先程と対照的すぎて、私もマーレも一瞬固まってしまう。
成功したの?
ゴゴゴゴォ!!
なっ、何が起きてるの!?
視界が真っ黒に染まる。
海斗兄の身体から、先程とは桁違いの量のドス黒い魔力が一気に溢れ出したのだ。
あまりの圧力に、地面に抑えつけられるような感覚に陥る。
「マーレ、拘束魔法っす!!早く!!」
フィミールさんは既に光り輝く鎖を手から射出している。コンマ数秒遅れて、マーレも同じ魔法を放つ。
けれど、このコンマ数秒が勝負を分けることとなった。
フィミールさんの拘束魔法は海斗兄の右腕をがっちり拘束したのだが、それだけでは不十分。
マーレの拘束魔法が到達する前に、闇の魔力を凝縮し纏った左手でいとも簡単に鎖を一刀両断する。そして……
「消えた!?」
と同時に、マーレとフィミールさんが地面に膝をつく。よく見ると、2人の魔力が極端に小さくなっている。
「こ、これは……まさか…」
「そのまさかっす……」
頭上を見ると海斗兄が浮かんでおり、こちらを見下ろしている。
他人の魔力を吸収し、瞬間移動する……私はこの魔法を見たことがある。
「カーストランスポーション……」
私の言葉に、フィミールが頷く。
間髪入れず、海斗兄が右手を突き出した。
周りの魔力を吸収している様子が今度ははっきり見える。
くる!!
私は咄嗟に右手を突き出す。
「カースブラスト。」
闇の弾丸が撃ち出される。魔法弾のような小さな弾丸。けれど、そこに内包された魔力は凄まじい。
きっと着弾した瞬間炸裂するタイプの魔法。
でも、私には関係ない。
5メートルほどまで迫ったところで、吸収魔法が発動し、跡形もなく弾丸は消え去る。
そのままの勢いで吸収の範囲を広げるが、海斗兄は私の魔法を察したようで、届かない距離まで上昇する。
しまった、間合いを見切られた。
リースとの修行で私の吸収魔法は触れたもの以外の魔力も吸収できるようになった。効果範囲は半径約10メートル。
触れた時とは違い一気に吸収することはできないけれど、それでも数秒あれば大抵の魔力は全て吸収することができる。
安易に吸収魔法で終わらせようとしたことを後悔する。
もっと決定的な場面で使うべきだった。
でも、反省はあとだ!今できることをやるしかない!
「2人とも、今から魔力を分けるから!」
魔力を奪われうずくまる2人に対し、私は自分の魔力を分け与える。
実はこれが私の魔法のもう一つの秘密。
吸収魔法、吸収した魔力を活用した通常魔法、そしてこの譲渡魔法。
私は任意の対象に魔力を譲り渡すことができるのだ。
2人とも魔力を回復し、みるみる内に生気を取り戻す。
「ありがとう、若葉。素晴らしい魔法です。」
「どういたしまして。吸収されても、使い果たしちゃっても、私がいくらでも魔力を分けるから安心して。」
あの無数のタンクが汚染水……魔力を貯めるものならば、私はその超上位互換だ。だって、いくらでも魔力を貯めることができ、いつでも使ったり分け与えたりすることができるんだから。
それはさながら人間タンク……
自分で言っててちょっと悲しい気持ちになったので、もう言わない。




