100 enemy and friend
それからは、今日の出来事をお互いに報告し合う時間となった。
とは言え、魔法陣の制限時間が迫っているのでできる限り簡単に。
マーレの報告の後、私も今日あったことを伝える。
ウォーデン国について、かき氷屋さんについて、リースとの話について。
もちろんリースがウォーデン王の娘だということは伏せる。重要な情報だとは分かっていたが、それがこの国からの脱出には大きく関わらないと思ったし、何よりリースとの約束だから。
「それでね、リースが私に魔法を教えてくれるって言ってくれたの。リースの魔法と私の魔法はとっても似てるんだって!!だから、もっと色んなことができるようになるって!!」
リースからの申し出。それは魔法を教えてくれるということ。とても魅力的な申し出であった。
だって、消却魔法だけでなく、他にも色々なことができるようになれば、みんなの力になれるかもしれない。どんどん進んでいく海斗兄や太陽、里穂姉に追いつけるかもしれない。
「だから、明日から私も…その……。」
あれ?
なんだか2人の顔が曇ってる。
心配そうな、不安そうな、ちょっと怒っているような……
海斗兄はコーヒーをぐいっと飲み干し、少しマーレと顔を合わせた後、またこちらに視線を戻す。
「あの……私、何か悪いことしちゃった?
変なこと言ったかな?」
2人の様子にさっきまでのワクワク気分は薄れ、不安な気持ちでいっぱいになる。
だって、もっと喜んで、背中を押してくれると思っていたから。
「若葉、あの女……リースと仲良くするのはやめた方がいい。」
えっ?どういうこと??
海斗兄の言葉がよく分からない?
マーレが続ける。
「実は……フィミールからリースとはあまり近づきすぎないようにと言われているんです。」
フィミールが言うには、リースはここ最近……ハイラスマーレ国での一件があった後、急に表舞台に姿を表し、王の側近に任命されたらしい。それまで王を支えていた人達を押し退けてだ。
それなのに、国中の人達はそれを当たり前かのように受け入れ、まるで昔から知っているかのように接しているのだという。
たしかにかき氷屋さんでも、店員のお姉さんに親しげに話しかけられていた。
ううん、それだけじゃない。洋服屋さんでも、カフェでもそうだった。
でも……
「それはフィミールさんが知らなかっただけで……」
「いや、それはおかしい。フィミールは3年前からウォーデン国に潜入して2年前には王直属部隊に所属している。王の近くに長くいたフィミールが一度も会ったことがないんだぞ?」
確かにそれはおかしな話だけど……でも…
「私達は若葉が心配なんです。あの人の素性がわかるまでは、近づかない方が良いと私も思います。」
「それっていつになるの?」
「……」
2人ともそれ以上は答えない。ううん、たぶん答えられないんだ。
だって、3年間もこの国に潜入し続けているフィミールさんだって分からないんだもん。
それに、分かったとしても……
ウォーデン王の娘だって知ったら、それこそ絶対に会わせてもらえなくなる。
「リースは絶対に私のことを傷つけたりしないよ!!リースは他の人たちとは違うって2人も……海斗兄は特に感じてるでしょ!?」
「それはリースが新見さんに似てるからじゃないのか?」
「そんなことない!!似てるけど、それで仲良くしたいなんて思ってないもん!!」
思わず立ち上がり、海斗兄を睨みつける。
一番言われたくなかった言葉。
それはきっと私の中に同じような気持ちがあり、必死で違うと言い聞かせていたから。
確信をつかれたようで、心を見透かされたようで……
海斗兄は私から目を逸らすことなく、さらに追い討ちをかける。
「あいつは敵国の人間だ。仲良くすること自体間違ってる。」
「国同士は争っていても、1人1人が争ってるわけじゃない!!なんで……なんで…わかってくれな……い…の?」
最後の方はほとんど言葉になっていなかった。
海斗兄とマーレの言ってることの方が正しいのは分かってる。私を心配してくれてることも。
分かってるけど……
リースと一緒にいたい。
色んなことを教えてもらいたい。
みんなの力になりたい。
そして……みんなに早く追いつきたい。
2人の顔が涙でぼやける。
そんな姿を見られたくなくて、私は踵を返しドアへ走り出す。
ガシャン!
私がテーブルにぶつかった衝撃で2人のマグカップが床に落ち、割れる。中身は入っていなかったものの、破片が床に散らばった。
でも、私は振り向かない。
魔法陣は私が触れたことで跡形もなく消え去り、後に残ったのは床の模様だけ。
「おい、若葉!!」
「若葉、待って!!」
聞こえない。聞かない。聞きたくない!!
勢いよく扉を開くと、廊下を駆け出す。すれ違った清掃係の人に訝しげに見られたが、そんなこと気にしない。
「お客様!館内では走らないでください!!」
フロントのホテルマンの言葉にも耳を貸さず、私は勢いのまま外に出た。
そして……
ドン!!
「いってーな!!なんだこいつ?」
誰かとぶつかってしまったらしい。
恐る恐る顔を上げると、そこにはフリードほどは大きくないけれど、2メートルはありそうなスキンヘッドの強面の男の人が立っていた。
腕には刺青がしてあり、もう夕方だというのに真っ黒いサングラスをしている。
「ご、ごめんなさい。」
1、2歩後ずさった私をじっと見ると、ニヤリと笑う男。
「あれ、泣いてんの?お嬢ちゃん、なかなか可愛いね。俺が慰めてやろうか。」
その笑顔、その言葉にフリードの姿が重なる。
身体が震える。涙が止まらない。
ホテルの入り口はウォーデン国のメインストリートに面しているので、たくさんの人が行き交う。だけど、こちらに気づいても見てみぬふりで誰も助けてくれそうにない。
パッと一斉に街灯が点灯する。煌びやかな景色と、男の顔があまりにも対照的で、その恐ろしさが際立つ。
どうしよう……怖い………
「私の友達に何をしているのですか?」
あれ?この声……
男から目線を右に移すと、そこに立っていたのは親友と瓜二つの顔をした少女。
しかし、その表情は今まで見たことのない……もとの世界でも見たことのないようなもの。
「あ、あなたは……」
男はリースの存在に気づき、うろたえる。その顔には、先ほどの下劣な表情は見えず、怯えしかない。
「すぐにここから立ち去り、二度とこの子の前に現れないでください。もし現れたら……」
「すみませんでした!!」
大男は、一目散に駆け出し、人混みの中に消えていった。
私は体の力が抜け、その場にへたり込む。
「わか、大丈夫?けがはない?」
言葉が出てこなくて、代わりに頷くと「よかった。」と手を差し出し、引っ張り上げてくれた。
「この辺は夜になるとああいう奴も出てくるから、気をつけて。って、えっ!?」
思わず抱きついてしまった私に戸惑いを隠せないリース。私はリースの白いローブに顔を押し付ける。
やっぱりリースはひかりにそっくりだ。
この勇気も、優しさも、みんなそっくり。
『ひかりに似てるから。』
海斗兄、その通りだよ。
でもね、だからこそ信頼できるんだ。
そんな私を、リースは何も聞かず、黙って抱きしめてくれたのだった。




