神託レビュー一つ星
世界暦一年一月八日。午前七時二分。王都中央広場。
看板が立っていた。昨日も立っていた。一昨日も立っていたかもしれない。確認していない。測定する手段もない。ただし今日は、読んだ。
「神託レビューサイト」。
九文字。白地に黒字。枠線が二重である。内側の線の太さが外側より0.3ミリ細い。誰かが測ったのか、自分が測ったのか、どちらでもよい。
広場の石畳の上に、四角い板が三枚置かれている。一枚には「評価」の文字。もう一枚には星の形が五つ並んでいる。一番目が満たされている。残り四つは空である。最後の一枚には、書き込み欄がある。
筆が一本、横たわっている。
誰も触っていない。あるいは触っていた。確認していない。ただし、墨が乾いていない。三十分以内だ。あるいは一時間以内。測定する手段もない。どちらでもよい。
午前七時四分。王都中央広場。
女が立った。三十代かもしれない。四十代かもしれない。確認していない。ただし見ている。見ているからわかっている。あるいは、見ているふりをしている。
星の一つ目を見た。満たされている。残りの四つは空である。
「……何これ」
声は小さい。広場の風で麦の穂が揺れる音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。彼女は筆を拾った。あるいは拾わなかった。確認していない。ただし、握っている。握っているからわかっている。
書き込み欄に、一字書いた。「仕」。二文字目、「様」。三文字目、「で」。四文字目、「す」。五文字目、「。」。
「仕様です。」
六文字。投稿者欄には何も書かれていない。空白である。あるいは書いてあるが読めない。確認していない。測定する手段もない。どちらでもよい。
彼女は板を置いた。広場を離れた。足音が七つ鳴った。八つで止まった。九つ目は来ない。
午前七時六分。王都中央広場。
男が来た。二十代。あるいは三十代。確認していない。ただし見ている。彼は看板の「神託レビューサイト」を三秒間見た。四秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
星の形を見た。一つ目だけ満たされている。
「……まあ、悪くない」
呟いた。声は小さい。広場の風で上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。彼は書き込み欄に筆を走らせた。「ただし、水曜日は落ちるな。」。九文字。投稿者欄には「王都・匿名」と書いた。あるいは書かなかった。確認していない。どちらでもよい。
午前七時十二分。ミドリ村。北斜面。
トーマスは菜種の種を押していた。指先で土を押し込む。押す。置く。四秒七。五。六。止まる。もう一度。四秒七。五。六。止まる。
ハナが背後に立っていた。腰を屈めている。麦の畝の端にある小さな石を拾い上げた。指先で土を落とす。落とした。もう一度落とす。三回目で止めた。
「王都から来た手紙に、書いてあったんや」
ハナが言った。石をポケットに入れた。あるいは入れなかった。確認していない。どちらでもよい。
「『神託レビューサイト』というもんが、王都の広場にできたらしい」
トーマスは反応しなかった。鍬を地面に突き刺したまま、次の畝を見ていた。麦の殻が彼の肩にかかっている。払い除けない。払い除けても、またかかる。
「星で評価するんや。神さまの仕事ぶりを」
ハナが言った。トーマスは鍬を持ち直し、次の畝へ歩いた。足元の泥が一つ鳴る。二つ。三つ。四十三歳は歳のせいではないかもしれないが、そう思っている。昨日も思った。一昨日も思った。おそらく明日も思う。
「トーマス」
ハナが後ろから呼んだ。彼は一歩だけ足を止めた。振り返らない。
「星一つやったらしい」
トーマスは歩き続けた。麦の殻を肩から払った。一片だけ落ちた。地面に消えた。
「……まあ」
呟いた。声は小さい。風で麦の穂が揺れる音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。彼は次の畝へ歩いた。足元の泥が一つ鳴る。二つ。三つ。四つ。五つで止まる。六つ目は来ない。
午前九時三十分。個室十七番。
神はモニターを見ていた。正確には、見ているふりをしていた。住民データベースのサムネイル一覧が表示されている。ミドリ村のアイコンが一つ。黒曜城のアイコンが一つ。王都のアイコンが一つ。それぞれの四角い枠の中に、小さな文字列がある。「運営中」「医療施設×1」「転移者相談所・待機中」。
タスクバーの時計が九時三十一分を示した。
画面の右下に、小さな通知バッジが点いた。一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。六つ。七つ。八つ。
神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
マウスを握った。絆創膏の端がめくれている。押し戻した。左クリックを押した。
通知一覧が開いた。
[1] 星:1/5 ―「仕様です。」(投稿者:不明) [2] 星:1/5 ―「麦を蒔かせたまえ。」(投稿者:ミドリ村・トーマス) [3] 星:2/5 ―「地盤がわるい。石が浮いた。三メートル先。一瞬。」(投稿者:ミドリ村・ハナ) [4] 星:1/5 ―「明日を削除しないで。」(投稿者:不明) [5] 星:3/5 ―「まあ、悪くない。ただし、水曜日は落ちるな。」(投稿者:王都・匿名) [6] 星:1/5 ―「仕様です。」(投稿者:不明)
神はそれらを七秒間見た。八秒目に視線を外した。昨日より四秒長い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
「……まあ、いいか」
呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。二回だけ。三回目は来ていない。四回目は来ない。
彼はマウスの左クリックを押さなかった。押すものがない。通知一覧を閉じるには右クリックだが、右クリックした瞬間に「プロパティ」が開き、投稿者の内部構造(骨格・魔力回路・隠された動機)が半透明のウィンドウで表示される。見たくない。あるいは見たい。確認していない。どちらでもよい。
緑茶をもう一口飲んだ。底に沈んでいる茶葉が、舌に触れた。苦い。あるいは苦くない。確認していない。どちらでもよい。
窓の外に目をやった。漫画喫茶の駐車場には、トラックが一台止まっている。ヘッドライトが消えている。誰もいない。昨日もいた。一昨日もいたかもしれない。明日も来るかもしれない。来ないかもしれない。どちらでもよい。
午前十一時七分。王都中央広場。
板の上の書き込みが増えている。神は知らない。確認していない。測定する手段もない。ただし、通知バッジは九つになっている。十つ目もあるかもしれない。確認していない。
新しい投稿が一つ、一覧の最下部に追加されている。
[9] 星:1/5 ―「昨日の月、四角だったよ。」(投稿者:ミドリ村・南端・海辺り)
九歳かもしれない。十歳かもしれない。確認していない。ただし、名前はない。住所はある。海辺り。
神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
「……まあ」
呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。一回だけ。二回目はまだ来ていない。三回目はもっと先だろう。四回目は来ない。これは仕様である。
午後一時五分。王都中央広場。
午後の光が板の表面を白く浮かべている。書き込みは十二件になっている。星一つが八つ。星二つが二つ。星三つが一つ。星四つが一つ。星五つがゼロである。
女がまた立っていた。七時二分にいた女だ。あるいは別の女。確認していない。ただし、同じ指の太さをしている。握り方がある。「仕様です。」と書いた筆圧と同じである。
彼女は板を見ていた。三秒間。四秒目に目を離した。
書き込み欄の前に立った。筆を拾った。あるいは拾わなかった。確認していない。ただし、握っている。
一字も書かなかった。
置いた。広場を離れた。足音が七つ鳴った。八つで止まった。九つ目は来ない。
午後一時六分。個室十七番。
神は通知一覧を閉じようとしていた。右クリックした。「プロパティ」が開いた。投稿者[1]の欄に、空白がある。名前がない。職業がない。レベルがない。ステータス欄には「不明」とある。ただし「不明」の文字が半透明である。消えかけている。あるいは現れかけている。確認していない。どちらでもよい。
神は右クリックした。「プロパティ」を閉じた。もう一度右クリックした。「プロパティ」が開いた。三秒間見た。四秒目に閉じた。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
投稿者[1]の「不明」。投稿者[4]の「明日を削除しないで。」の「不明」。投稿者[9]の海辺りの「九歳か十歳か」。
三者とも、管理画面の住民データベースに存在しない。あるいは存在するが検索できない。確認していない。測定する手段もない。どちらでもよい。
彼は緑茶のペットボトルを机に置いた。残量は底に残っているだけである。正確に何ミリリットルかは知らない。指で触ると冷たい。触らなくても冷たいのはわかっている。確認していないが、冷たい。
「……まあ、いいか」
呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。二回だけ。三回目は来ていない。四回目は来ない。
午後三時四十分。ミドリ村。北斜面。
トーマスは小屋の前に座っていた。パンを食べている。あるいはまだ泥の中に膝を突いたままかもしれない。どちらでもよい。ただし、食べている。食べているからわかっている。
ハナが隣に座った。麦の粉を指先で払った。一片だけ落ちた。地面に消えた。
「星一つやった」
ハナが言った。トーマスはパンをかじった。噛み切った。飲み込んだ。四秒七。五。六。止まる。
「俺は『麦を蒔かせたまえ』と書いたんや」
ハナが言った。トーマスは反応しなかった。次の一口に手を伸ばした。
「……誰が読むねん、それ」
トーマスが答えた。声は小さい。風で麦の穂が揺れる音に上回るほどではないが、ほぼ同じ音量だ。彼はパンをかじった。噛み切った。飲み込んだ。四秒七。五。六。止まる。
「読んどるやろ」
ハナが言った。トーマスは反応しなかった。あるいは反応した。確認していない。どちらでもよい。
小屋の窓の外で、北斜面の麦の畝が静かに並んでいる。風がない。雲が動かない。空は同じ青だ。星は見えない。昼だからだ。四角いものはない。今日は四角くない。
「……明日も蒔く」
トーマスが言った。声は小さい。ハナが聞こえたかどうかは、確認していない。どちらでもよい。
午後三時四十二分。個室十七番。
タスクバーの時計が三時四十三分を示した。あるいは示す。確認していない。
通知バッジが十五になっている。十六目もあるかもしれない。確認していない。測定する手段もない。ただし、見ている。見ているからわかっている。あるいは、見ているふりをしている。
神はマウスを握った。絆創膏の端がまためくれている。押し戻さなかった。左クリックを押した。通知一覧を開いた。
最下部に新しい投稿がある。
[15] 星:1/5 ―「仕様です。」(投稿者:不明)
三回目である。同一の文字列。同一の評価。同一の投稿者欄。空白。半透明の「不明」。
神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。
「……まあ、いいか」
呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。一回だけ。二回目はまだ来ていない。三回目はもっと先だろう。四回目は来ない。これは仕様である。
彼は緑茶のペットボトルを机に置いた。残量は底に残っているだけである。正確に何ミリリットルかは知らない。指で触ると冷たい。触らなくても冷たいのはわかっている。確認していないが、冷たい。
窓の外に目をやった。漫画喫茶の駐車場には、トラックが一台止まっている。ヘッドライトが消えている。誰もいない。昨日もいた。一昨日もいたかもしれない。明日も来るかもしれない。来ないかもしれない。どちらでもよい。
彼は肘をついて目を閉じた。個室十七番の蛍光灯が点滅した。二回だけ。三回目は来なかった。
これは仕様である。
操作ログ(抜粋) 日付:世界暦 1/8 07:02:00 / 王都・広場 / 神託レビューサイト・表示開始 / 登録件数:0 07:04:31 / 投稿受付 #1 / 評価:★1 / 本文:「仕様です。」/ 投稿者ID:null_∞ 09:31:02 / 通知バッジ生成 / 対象:管理者(神)/ 未読件数:8 11:07:44 / 投稿受付 #9 / 評価:★1 / 本文:「昨日の月、四角だったよ。」/ 投稿者ID:ミドリ村_南端_海辺り 15:42:19 / 投稿受付 #15 / 評価:★1 / 本文:「仕様です。」/ 投稿者ID:null_∞ (備考欄:空白。備考が書かれていない。)
利用明細(抜粋) 日付:世界暦 1/8 項目:監視時間……24h 項目:操作回数……0 項目:住民経過時間……7,042名 × 8h = 56,336h 項目:神託レビュー・受信件数……15(予定) *合計料金:……………
(金額欄は空白。計算式が埋め込まれていない。)




