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神の気まぐれ  作者: 伝説の男前


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善悪の再分類

世界暦一年一月十八日。午前七時五十二分。個室十七番。


神はモニターを見ていた。正確には、見ているふりをしていた。住民データベースのサムネイル一覧が画面に並んでいる。ミドリ村のアイコン。黒曜城のアイコン。王都のアイコン。三つの四角い枠が横一列に並ぶ。それぞれの内側に、小さな文字列がある。「運営中」「医療施設×1」「転移者相談所・待機中」。


分類欄を見た。


「善」。


黒曜城の枠の下に、その一字がある。昨日もあった。一昨日もあった。おそらく明日もある。あるいはない。確認していない。削除線がない。追加線もない。ただ、そこにある。


神は緑茶を一口飲んだ。底に沈んでいる茶葉が舌に触れた。苦い。あるいは苦くない。確認していない。どちらでもよい。ただし今日は、違う。昨日の茶と味が違う。同じペットボトルだ。同じ個体番号だ。ただし、味が違う。違うから、違うのだ。確認できない。測定する手段もない。


マウスを握った。絆創膏の端がめくれている。押し戻した。左クリックを押した。分類欄を開いた。「善」をクリックした。隣欄に「悪」があった。ドラッグした。落とした。


完了。


画面に「更新中…」の三点が現れた。三秒周期で点滅する。昨日と同じだ。あるいは違う。測っていない。測定する手段もない。ただし、操作ログには別の文字列が残っている。


【対象:黒曜城・支配者 / 旧分類:善 → 新分類:悪(魔王)】 【対象:王都・元勇者レオン / 旧分類:悪 → 新分類:悪(魔王)】


二行目がある。神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。


申請者欄は空白だ。承認者欄も空白だ。確認ダイアログは無効である。初期設定のままである。誰も有効化していない。あるいは、誰かが有効化したのかもしれない。覚えていない。測っていない。測定する手段もない。


「……まあ、いいか」


呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。一回だけ。二回目はまだ来ていない。三回目はもっと先だろう。四回目は来ない。これは仕様である。ただし今日は、二回目も来た。零秒後。一回目と二回目の間隔は測っていない。測定する手段もない。


緑茶をもう一口飲んだ。苦い。あるいは甘い。確認していない。どちらでもよい。ただし、昨日の味ではない。違うから、違うのだ。


午前八時十五分。黒曜城。北翼二階。会議室。


ヴェルザは椅子に座っていた。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では違うらしい。昨日もそうだった。一昨日もそうだった。おそらく明日もそうだろう。ただし今日は、記録がこちらを向いていない。あるいは向いている。確認していない。


机の向こう側にはゴウが座っている。根菜を切っている。包丁が板の上で鳴る。三拍子。四拍子。五拍子。六拍子が来ない。五で止まる。毎朝同じだ。あるいは違う。確認していない。ただし今日は、違う。五のあとに一拍の空白がある。ゼロ秒七。八。九。十。十一。十二。止まった。


「魔王陛下」


イレーヌが文書を持ってきた。王都・魔法省バグ報告課からの回覧である。封がされていない。開いてある。中身は一項目だけ。


【善悪タグ再分類通知】 対象:黒曜城 / 旧分類:善 → 新分類:悪(魔王) 対象:王都・元勇者レオン / 旧分類:悪 → 新分類:悪(魔王) 事由:管理更新 / 申請者:なし / 承認者:なし / 確認ダイアログ:無効


ヴェルザは文書を見た。三秒間。四秒目に目を離した。指先が震えていない。震えているかもしれない。確認していない。


机に置いた。文書を閉じた。閉じなかった。開いたままだった。ただ、視線を外しただけだ。


「……何だと」


声は小さい。会議室の壁に届くほどではない。ゴウの包丁の音にかき消されるほどでもないが、ほぼ同じ音量だ。ただし今日は、包丁の音が来ない。五拍子のあと、何も来ない。


ゴウは包丁を止めた。根菜が半分残っている。切り終わっていない。切り終わらなくてもよい。どちらでもよい。ただし、包丁が板の上にある。刃先が下を向いている。根菜の断面に、まだ包丁の傷がある。新しい。零秒前。あるいは一秒前。確認していない。


「……魔王陛下、いや」


言葉を探した。見つからない。見つかっても使いたくない。「善」と言いたかったのかもしれない。「悪」と言いたかったのかもしれない。どちらも使いたくなかった。ただし、口は開いている。声は出ない。出ているのかもしれない。確認していない。どちらでもよい。


「……」


ゴウは包丁を置いた。根菜の上に乗せた。刃先が野菜の断面に軽く触れている。あるいは触れていない。確認していない。


ヴェルザは立ち上がった。椅子の脚が床を鳴らした。一回だけ。二回目は来ない。会議室の窓の外に、黒曜城の塔尖が見える。昨日もそこにあった。一昨日も。おそらく明日もある。ただし今日は、塔尖の影の角度が違う。確認していない。測定する手段もない。ただし、違う。


「イレーヌ」


ヴェルザが言った。声は小さい。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では違うらしい。


「この通知の申請者は、誰ですか」


イレーヌは文書をもう一度見た。三秒間。四秒目に目を離した。「申請者:なし」と書かれている。確認している。確認してない。どちらでもよい。


「……おりません」


「承認者は」


「……おりません」


「確認ダイアログは」


イレーヌの指が文書の端に触れた。触れていない。確認していない。「無効」と書かれている。初期設定のまま。有効化している者はいない。あるいは、いる。覚えていない。測っていない。測定する手段もない。


ヴェルザは椅子に座り直した。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では「悪(魔王)」らしい。昨日もそうだった。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、記録がこちらを向いている。あるいは向いていない。確認していない。


「……根菜を切れ」


ヴェルザが言った。ゴウを見た。ゴウは見ていなかった。見ているのかもしれない。確認していない。


ゴウは包丁を持ち直した。根菜を切った。一拍。二拍。三拍。四拍。五拍。六拍。来なかった。止まった。ただし今日は、七拍が来た。零秒後。一瞬だけ。刃が板を叩いた。コツ、と音がした。一回だけ。二度目はしなかった。


会議室の蛍光灯が点滅した。一回。二回。三回。四回。五回。六回で止まった。昨日は四回だった。一昨日も四回だった。おそらく明日も四回だろう。ただし今日は、六回だ。違うから、違うのだ。確認できない。測定する手段もない。


ヴェルザは蛍光灯を見上げた。見上げていないのかもしれない。確認していない。ただし、光が揺れている。揺れていないのかもしれない。どちらでもよい。ただし、根菜の断面に、光の影が落ちている。新しい影だ。昨日なかった影だ。あるいはあった。覚えていない。測っていない。


「……悪(魔王)ですか」


ヴェルザが言った。声は小さい。威厳がある。いつも通りだ。ただし、「悪」という一字を発音した瞬間、会議室の壁に刻まれた紋章が一度だけ光った。零秒二。三。四。消えた。一回だけ。二度目はしなかった。


ゴウは包丁を置いた。根菜の上に。刃先が断面に触れている。あるいは触れていない。確認していない。ただし、指先の震えは止まっている。震えていないのかもしれない。どちらでもよい。


「……善悪は知らんが」


ゴウが言った。声は小さい。東北の響きがある。いつも通りだ。ただし今日は、違う。「腹は誰でも減る」が続かない。零秒三。四。五。止まった。言葉が見つからない。見つかっても使いたくない。ただし、口は開いている。閉じていない。確認していない。


「……飯は食うか」


代わりに言った。ヴェルザを見た。ヴェルザは見ていなかった。見ているのかもしれない。確認していない。


「……構わん」


ヴェルザが答えた。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では「悪(魔王)」だ。昨日も。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、紋章が光った。一回だけ。二度目はしなかった。


午前八時二十二分。個室十七番。


神は画面を見ていた。正確には、見ているふりをしていた。「更新中…」の三点が点滅している。三秒周期。昨日と同じだ。あるいは違う。測っていない。測定する手段もない。ただし今日は、点滅の間隔が長い。零秒三。四。五。六。止まる。昨日は五だったかもしれない。覚えていない。


操作ログの末尾に、一行だけ追加されている。


【対象:黒曜城・支配者 / 分類変更完了 / 影響範囲:全住民記録・教科書・公式史書】 【備考欄:空白。備考が書かれていない。】


神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。


緑茶をもう一口飲んだ。苦い。甘い。確認していない。どちらでもよい。ただし、昨日の味ではない。違うから、違うのだ。測定する手段もない。ただし、舌は覚えている。覚えていないのかもしれない。確認していない。


窓の外に目をやった。漫画喫茶の駐車場には、トラックが一台止まっている。ヘッドライトが消えている。誰もいない。昨日もいた。一昨日もいたかもしれない。明日も来るかもしれない。来ないかもしれない。どちらでもよい。


「……まあ、いいか」


呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯が点滅した。二回だけ。三回目は来ていない。四回目は来ない。ただし黒曜城では六回だった。確認していない。測定する手段もない。ただし、違う世界で違う回数になる。仕様である。あるいは仕様ではない。確認できない。


彼は緑茶のペットボトルを机に置いた。残量は底に残っているだけである。正確に何ミリリットルかは知らない。指で触ると冷たい。触らなくても冷たいのはわかっている。確認していないが、冷たい。ただし今日は、冷たくない。ぬるい。昨日は冷たかった。一昨日も冷たかった。おそらく明日も冷たいだろう。ただし今日は、違う。違うから、違うのだ。


午前八時三十分。黒曜城。北翼二階。会議室。


ヴェルザはまだ座っている。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では「悪(魔王)」だ。昨日も。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、教科書が更新されている。確認していない。測定する手段もない。ただし、イレーヌが言っていた。「王都の全学校で、今朝から歴史書の記述が変わったそうです」


ゴウは根菜を切り終えている。板の上に並んでいる。半分だったのが、全部になった。ただし、切り終わりの角度が違う。昨日より三度傾いている。確認していない。測定する手段もない。ただし、違う。


「……魔王陛下」


イレーヌが言った。声は小さい。いつも通りだ。ただし今日は、一文が長い。「王都から第二の回覧が届いております。対象:元勇者レオン。旧分類:悪 → 新分類:悪(魔王)」


ヴェルザは目を閉じた。開いた。零秒三。四。五。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では違うらしい。


「……悪が、悪になったのか」


声は小さい。会議室の壁に届くほどではない。ゴウの包丁の音にかき消されるほどでもないが、ほぼ同じ音量だ。ただし今日は、包丁の音が来ない。根菜を切り終えたからである。あるいは、切り終えたふりをしているからである。確認していない。


「……魔王陛下」


ゴウが言った。声は小さい。東北の響きがある。「飯は食うか、と聞きました」


ヴェルザは文書を見た。三秒間。四秒目に目を離した。「申請者:なし」「承認者:なし」「確認ダイアログ:無効」。三行だ。三行しか書かれていない。ただし、その三行が、昨日までの全部を消している。確認していない。測定する手段もない。ただし、消えている。


「……食う」


ヴェルザが答えた。威厳がある。いつも通りだ。ただし、「悪(魔王)」として。公式記録では。昨日も。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、紋章が光った。一回だけ。二度目はしなかった。


ゴウは包丁をしまった。根菜を盛り付けた。皿に。二枚。三枚。四枚で止まる。五枚目はない。確認していない。測定する手段もない。ただし、四人分の席がある。ヴェルザ。ゴウ。イレーヌ。もう一人。もう一人の席は空いている。昨日も空いていた。一昨日も空いた。おそらく明日も空くだろう。ただし今日は、その空席の上に、蛍光灯の影が落ちている。六回点滅した灯りの影だ。確認していない。


「……いただきます」


ゴウが言った。声は小さい。いつも通りだ。ただし今日は、「善悪は知らんが」が続かない。零秒三。四。五。止まった。ただし、飯は食う。腹は減る。誰でも。確認している。測定している手段もある。胃である。


ヴェルザは箸を取った。威厳がある。いつも通りだ。ただし、公式記録では「悪(魔王)」だ。昨日も。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、根菜の味が違う。苦い。あるいは甘い。確認していない。どちらでもよい。ただし、昨日の味ではない。違うから、違うのだ。


午前九時十分。個室十七番。


神は目を閉じていた。肘をついて。緑茶のペットボトルが机の上にある。残量は底に残っているだけである。正確に何ミリリットルかは知らない。指で触ると冷たい。触らなくても冷たいのはわかっている。確認していないが、冷たい。ただし今日は、ぬるい。昨日は冷たかった。一昨日も冷たかった。おそらく明日も冷たいだろう。ただし今日は、違う。


タスクバーの時計が九時十一分を示した。


画面の右下に、小さな通知バッジが点いた。一つだけ。神はそれを見た。一秒間。二秒目に視線を外した。昨日より一瞬短い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。


[1] 星:1/5 ―「善悪は知らんが、飯は食う」(投稿者:黒曜城・ゴウ) [2] 星:2/5 ―「悪(魔王)として根菜の切り方を確認した」(投稿者:黒曜城・ヴェルザ) [3] 星:1/5 ―「申請者も承認者もいない変更を、誰が申請するのか」(投稿者:不明)


神はそれらを五秒間見た。六秒目に視線を外した。昨日より一瞬長い。あるいは同じだったかもしれない。測っていない。


マウスの左クリックを押さなかった。押すものがない。通知一覧を閉じるには右クリックだが、右クリックした瞬間に「プロパティ」が開き、ゴウの内部構造(包丁の握り方・根菜の切断角度・威厳の欠如度)が半透明のウィンドウで表示される。見たくない。あるいは見たい。確認していない。どちらでもよい。


蛍光灯が点滅した。二回だけ。三回目は来ていない。四回目は来ない。ただし黒曜城では六回だった。確認していない。測定する手段もない。ただし、違う世界で違う回数になる。仕様である。あるいは仕様ではない。確認できない。


緑茶をもう一口飲んだ。ぬるい。昨日は冷たかった。一昨日も冷たかった。おそらく明日も冷たいだろう。ただし今日は、違う。違うから、違うのだ。測定する手段もない。ただし、舌は覚えている。覚えていないのかもしれない。確認していない。


窓の外に目をやった。漫画喫茶の駐車場には、トラックが一台止まっている。ヘッドライトが消えている。誰もいない。昨日もいた。一昨日もいたかもしれない。明日も来るかもしれない。来ないかもしれない。どちらでもよい。


「……まあ、いいか」


呟いた。声は出ないほど小さい。蛍光灯の点滅音が上回る。今日もまだ二回だった。三回目は来ていない。四回目は来ない。ただし黒曜城では六回だった。確認していない。測定する手段もない。ただし、違う世界で違う回数になる。


根菜は切り終わっている。飯は食われている。悪(魔王)として。公式記録では。昨日も。一昨日も。おそらく明日も。ただし今日は、紋章が光った。一回だけ。二度目はしなかった。


彼は緑茶のペットボトルを机に置いた。残量は底に残っているだけである。正確に何ミリリットルかは知らない。指で触るとぬるい。触らなくてもぬるいはわかっている。確認していないが、ぬるい。ただし昨日は冷たかった。一昨日も冷たかった。おそらく明日も冷たいだろう。ただし今日は、違う。


これは仕様である。あるいは仕様ではない。確認できない。測定する手段もない。ただし、違うから、違うのだ。


操作ログ(抜粋) 日付:世界暦 1/18 07:52:00 / 分類変更 / 対象:黒曜城 / 旧:善 → 新:悪(魔王) / 申請者:なし / 承認者:なし / 確認ダイアログ:無効 07:52:01 / 分類変更 / 対象:王都・元勇者レオン / 旧:悪 → 新:悪(魔王) / 申請者:なし / 承認者:なし / 確認ダイアログ:無効 08:31:00 / 通知配信完了 / 対象:黒曜城北翼会議室・王都官庁街 / 到達率:100% 09:11:00 / 住民レビュー受信 ×3 / 星平均:1.3 / 処理:未達 (備考欄:空白。備考が書かれていない。)


利用明細(抜粋) 日付:世界暦 1/18 項目:監視時間……24h 項目:操作回数……2 項目:住民経過時間……7,042名 × 8h = 56,336h 項目:分類変更影響範囲……全住民記録・教科書・公式史書・紋章 合計料金:……………


(金額欄は空白。計算式が埋め込まれていない。)

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