手
魔法使いの区画を抜け、もう一度露店の並ぶ通りへ戻る。
さらにしばらく自転車を走らせると、周囲の家屋が少なくなってきた。
代わりに、ひとつひとつの建物が大きくなる。通りも広い。
ルーカスが自転車を止めた。
「ここが最初の目的地。王立植物園だよ」
街灯に自転車をつなぎ、門をくぐる。
中へ足を踏み入れた瞬間、視界が開けた。
広い庭園。
手入れの行き届いた芝の上に、色とりどりの花が整然と並んでいる。
低く刈り込まれた生け垣が道を縁取り、その先へ視線を導いていた。
「……きれい」
思わず声が漏れる。
花の間をゆっくり歩いていく。
奥に、大きな建物が見えた。
高い屋根。
壁も、扉も——すべてガラスでできている。
中に、濃い緑が見えた。
「すごい……屋根も壁も、全部ガラスだ」
「この建物は、最近できたらしいよ。最新の技術が使われてるって」
ルーカスが言う。
扉を押して、中に入る。
——思わず、足が止まった。
室内に、滝があった。
岩壁がせり出し、その高い位置から水が落ちている。
白い水しぶきが空気を震わせていた。
「……どうやって作ってるんだろ。魔法かな」
思わず呟く。
隣でルーカスが笑った。
「フィーネらしいな。仕組みが気になるの」
少しだけ恥ずかしくなる。
ルーカスは滝の横を覗き込む。
「でも、これは魔法じゃなさそうだな。ほらここ、裏、回れそう」
ルーカスの視線を追い、私も覗き込む。
人目につきにくい細い道。
石は不揃いで、足元がぬかるんでいる。
一歩踏み出す。
そのとき。
ずるっと、足が滑った。
体が傾く。
その瞬間、手首を掴まれた。
「危ない」
ルーカスの声。
「……こっち、足場悪いから」
そのまま、手を取られる。
指が絡む。
どくん、と胸が大きく跳ねた。
「転んだら、大変だし」
「……うん。ありがとう」
ルーカスの手は骨ばっていて、温かい。
触れているところだけ、妙に意識が引き寄せられる。
——だめだ。集中しなきゃ、転ぶ。
意識を引き剥がして足元に集中する。
しばらくして、滝の裏側に出た。
水の音が、さっきより近い。
目の前を、水が落ちていく。
少し離れたところに、大きな装置が見えた。
歯車が回り、水を汲み上げている。
「……ほんとだ。魔法じゃない」
思わず見入る。
規則的に回る歯車。
自転車と同じ仕組みが、ここでも動いている。
不思議と、落ち着く。
しばらく眺めたあと、裏道を抜けて整えられた通路に戻った。
だけど、手は、繋がれたまま。
気づいてないのか、それとも——
歩きながら、ルーカスを見上げる。
視線が合う。
少し間があってから、ルーカスが口を開いた。
「……もうちょっと。このまま繋がせて」
それから、付け足すように。
「足場、また悪くなるかもしれないし」
指に、わずかに力がこもる。
「……うん」
また、心臓の音がうるさくなる。
植物を見ているのに、そっちに意識が向かない。
手が汗ばんでいないだろうか。
変なところばかり気になる。
そのまま歩いていると——
ルーカスの肩が、横の植物に触れた。
「あっ」
細い蔓が腕に絡まる。
「大丈夫?」
手を離して近づき、絡まった蔓をほどく。
「…ありがとう」
少しの間。
ルーカスが額に手を当てる。
「……なんか、今の、格好悪いな」
苦笑する。
「珍しいね」
思わず言う。
ルーカスが何かにぶつかるのを、初めて見た。
「……ちょっと、緊張してて」
その言葉に、少し驚く。
「そうなんだ」
私は、なんだか緊張が解けた気がした。
「……私も、さっきまでずっと緊張してた」
気づけば、口に出していた。
ルーカスがこちらを見る。
「…そうなの?」
「うん。……こんなふうに手を繋ぐの、初めてだから」
空を飛ぶ時にエルンストと手は繋いだが、あれは——
一瞬、ルーカスの表情が止まる。
それから、少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃあさ」
手を差し出す。
「もう一回、繋ごう」
指を取られる。
「どう?」
「……緊張する」
「俺も」
一瞬、顔を見合わせて——
どちらからともなく、笑った。




