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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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最初の客

 次の日の朝。

 今日は、王都の自転車店、開店の日だった。


 店の前には飾り付けがされ、本日開店であることがひと目で分かるようになっている。


 開店前だというのに、店の前にはすでに何人か人が集まっていた。


 せっかくなので、今日は私も店の手伝いをすることにしている。


 やがて開店の時間になった。


 クララが扉の前に立つ。


「本日、開店します」


 そう言って扉を開けた。


 待っていた客が、ぞろぞろと中へ入ってくる。

 みんな、自転車を物珍しそうに見ている。


「これ、本当に乗り物なのか?」


 客の一人が言った。


 クララはにこりと笑う。


「もちろんです。歩くより、断然速く移動できますわ」


「不安定そうだが。こけないのか?」


「最初は少しコツがいりますわね。でも、慣れれば簡単ですよ」


 クララがちらりと私を見る。

 ——実演して、という合図だ。


 私は一台の自転車を持って、店の外へ出た。


 店の中の客だけでなく、通りを歩いていた人たちの視線も集まる。


 いつもより慎重に、自転車にまたがる。


 クララが説明する。


「このように、ペダルに足をかけて、漕いで進んでいきます」


 私はペダルに足をかけた。


 体を前に傾ける。


 足が地面から離れる。


 前へ、すーっと進んだ。


 ——乗りやすい道だ。思った通り。


 きちんと整備された王都の石畳は、抵抗なく自転車を進ませてくれる。


「おおー」


 周りから声が上がった。

 ぱちぱちと拍手まで起きる。


 少し照れくさい。


「すごいな、こりゃあ」


「速いぞ」


 それをきっかけに、店の前はさらに人が集まり始めた。


 スタッフが総出で客の対応をしている。


 私は今日は実演役だ。

 なので、その様子を少し離れたところから見ていた。


 そのとき。


 店の前で立ち止まり、中を覗いている人がいることに気づいた。


 気になっているようだけれど、中には入りづらそうにしている。


「良かったら、中へどうぞ。近くで見ていってください」


 私は声をかけた。


 声をかけられた人物は、ビクッとして振り向く。


「すっ、すみません。勝手にのぞいて。

あの……ここって、何のお店なんですか?」


 振り向いたのは、まだ若い青年だった。


 大きな鞄を背負っている。


 黒いジャケットに帽子。帽子には小さなバッジがついていた。


 そして何より——


 熊みたいに大きい体格。


 私は思わず見上げる。


「自転車っていう、乗り物のお店です」


「自転車?」


 私は手に持っていた自転車を見せた。


「二輪で、足で漕いで進む乗り物なんです。走るより速く移動できます」


「へえ、面白そうだなあ」


 私は自転車を差し出す。


「よかったら、試してみます?」


「え?! いいんですか?」


 青年は慌てて鞄を下ろし、自転車を受け取った。


 私は後ろで支える位置に立つ。


 ——大きい。


 私よりずっと体格がいい。


 支えきれるだろうか、と少し不安になる。


「まず、跨ってサドルに座ります」


 指で示しながら説明する。


「片足をペダルに乗せて……もう片方の足をペダルに乗せると同時に、漕ぎ始めてください」


 青年は恐る恐る跨った。


 ペダルに足をかける。

 もう一方の足を地面から離す。


 ゆっくり漕ごうとした。


 しかし——


 スピードに乗らず、自転車がふらふらと揺れる。


「あ、あれ……?」


 青年の体が大きく傾いた。


「うっわあっ!」


 私は慌てて支えようとする。


 だが、同時に青年の体がこちらへ倒れてきた。


 ——重い。


 支えきれない。


 そう思った瞬間。


 ——どしん!


 自転車と青年と一緒に地面に倒れた。

 私を下敷きにして。


「す、すみません! 大丈夫ですか?!」


 青年は飛び上がるように起き上がり、私を引き起こす。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 体は少し痛んだが、普通に立てた。


 店の中にいたクララや客たちも外へ出てくる。


「やっぱり乗るの大変そうじゃねえか」


 そんな声も聞こえる。


 クララが前に出てにこりと笑った。


「それが面白いんですよ」


 それだけで、否定的な声はすっと引いた。


 青年はしゅんとしていた。


「すみません……僕、不器用で運動音痴なんです」


 熊みたいに大きな体を丸めて、小さくなっている。


「やっぱり僕には難しかったみたいです」


 自転車を返そうとする。


「本当にごめんなさい。僕のせいで、売り上げが落ちたらどうしよう」


 周りの目を気にしているのか、どんどん声が小さくなっていく。


 私は言った。


「あの、もう一度だけ試してみませんか?」


 青年は驚いた顔をする。


「大丈夫です。最初は失敗するものです。

練習すれば、きっと乗れるようになります」


 私も、最初は失敗した。


 だから、自分が大事だと思ったことを伝える。


「目線は、これから進む道だけ見てください」


 私は指で前を示した。


「足元は見なくていいです。姿勢はまっすぐ。体を丸めるとバランスが悪くなります」


 そして、一番大事なこと。


「最初の漕ぎ出しは思いきり。スピードに乗ることが大事です」


 私は胸を軽く叩いた。


「大丈夫です。もしまた転びそうになったら……」


 少し笑う。


「また私が下敷きになりますから」


 それを聞いて、青年が思わず笑った。


「いえ、それはもう勘弁してください」


 それから、こくりと頷く。


「……もう一度、乗ってみます」


 青年はもう一度、自転車に跨った。


 ペダルに足を乗せる。


 前を見る。


 漕ぐ。力強く。


 今度は迷いがなかった。


 自転車が、すっと進んだ。


「おお!」


 周りから声が上がる。


 青年はそのまま少し進み、ゆっくり止まった。


 目を丸くしている。


「乗れた……」


 それから、少し照れたように笑った。


 それを見て、周りの客たちも興味を持ったらしい。


「俺もやってみたい」

「試していいのか?」


 次々に声が上がり、他の自転車も試乗され始める。


 青年がこちらを見た。


「僕、王都の郵便配達をしてるんです」


 背負っていた大きな鞄を軽く叩く。


「朝のうちに配り終えないといけないんですが……」


 恥ずかしそうに頭をかく。


「足が遅くて、いつも時間ぎりぎりで」


 それから、自転車を見た。


「これ、ください」


 クララが少し驚いた顔をする。


 青年は言った。


「これなら、街を回るのが早くなりそうだ」


 ——王都で、最初の客だった。


 そして、自転車がこの街で走り始めた瞬間だった。

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