王都
馬車が、丘を越えたときだった。
視界が一気に開ける。
その先に——王都があった。
高い城壁が、街をぐるりと囲んでいる。
その向こうには、石造りの建物がぎっしりと並んでいた。
いくつもの塔が空に突き出している。
——高い。
思わず息をのむ。
私の住んでいた街では、こんな高い建物は見たことがない。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
馬車はそのまま坂を下り、王都の門へと向かった。
大きな門をくぐった瞬間、世界が変わる。
人の声。
馬のいななき。
荷車のきしむ音。
いくつもの音が重なり合い、通りを満たしていた。
人が多い。
商人、旅人、職人、兵士。
さまざまな服の人たちが、絶え間なく行き交っている。
私は御者台から辺りを見回した。
通りには馬車も多い。
石畳がきれいに整えられている。
——走りやすそう。
ふと、そんなことを思った。
自転車なら、きっと気持ちよく走れる。
そのとき、馬車がゆっくりと止まった。
どうしたのだろうと思った瞬間、目の前を若い集団が横切っていく。
黒い制服を着た少年少女たちだった。
揃いの外套。
胸には見たことのない紋章がついている。
私は御者台の方を見る。
バルトロが説明した。
「魔法学園の生徒だ」
少し顎をしゃくる。
「魔法使いには、なるべく道を譲る決まりになってる」
魔法使い。
王都でも、やはり特別なのだろうか。
その生徒たちは、当然のように通りを歩いていく。
その中に、一人だけ足を止めた生徒がいた。
私の方を見ている。
気のせいだろうか。
目が合った気がした。
でも、その生徒はすぐに視線を外して、仲間たちの後を追っていった。
……誰だったんだろう。
やがて道が空き、馬車は再び動き出した。
しばらく進んだところで、馬車が止まる。
クララが馬車の中から降りてきた。
私は御者台から、またバルトロに手を借りて地面へ降りる。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、バルトロは軽く手を振った。
馬車がゆっくりと走り去っていく。
それを見送ってから、私は振り返った。
目の前の建物を見上げる。
クララの商会の支店だ。
店はまだ開いていない。
だが扉は開いていて、中では何人かが作業している。
そして——
店の奥に、並べられていた。
木製の自転車。
私が作ったもの。
そして、オリバーが作った鉄製の自転車も。
通行人が、物珍しそうに自転車をのぞいている。
「何あれ?」
「変わった形だな」
クララがそれをみて満足そうに言う。
「王都でも、自転車は目を惹きそうね」
そう、ここは王都だ。
その王都に、自転車が並んでいる。
まるで夢のような光景だった。
クララが言った。
「この店ね」
少し笑う。
「自転車専門の店にしようと思ってるの」
一拍。
「うちの商会、本当はいろいろ扱ってるんだけど」
「ありがとうございます」
私は思わずそう言った。
クララは肩をすくめる。
「こちらこそよ」
そして、クララは店の中へ入っていく。
私はついていく前に一度、辺りを見渡した。
住んでいる街とは違う匂い。空気。
——遠くへ行ってみたかった。
ただ、それだけだった。
計画してここまで来たわけじゃない。
でも。
気がつけば、私はここにいる。
王都に。
私が作った自転車と一緒に。
ここから、何が始まるんだろう。




