境界線
倉庫には、すでにエルンストとアルドがいた。
私とルーカスは外套を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。
エルンストが卓上の書類を軽く整えた。
「よし、揃ったな。では始める。
まず現段階の進捗だが、魔石の流れと呪文の流れの相性確認は完了した」
淡々とした声が倉庫に響く。
「結果は中央と魔術院へ提出する。
ゆくゆくは、呪文をかける前段階での確認工程として、魔術院側に導入してもらいたい」
ここまで来たのだ。
少しだけ、胸が熱くなる。
「さて、今日は次に取り組む研究を決める。
各自、案を出してくれ」
アルドが先に手を挙げた。
「俺は、詰まりと衝撃の関係を調べるよ。
どの程度の衝撃で詰まりが発生するのか、そこをはっきりさせたいんだ」
エルンストが頷く。
「衝撃による事故は多い。必要な検討だ。
ただし、安全管理は徹底しろ」
「はーい」
返事は相変わらず軽い。
次にルーカスが手を挙げる。
「俺は観察条件の最適化を。沈石粉の量や油の量を、もう少し詰めたい」
「妥当だな」
エルンストがすぐに返す。
「その結果を基準として、中央や魔術院、ギルド、市場へも、沈石粉による詰まり確認を導入できる。早急にまとめて上に上げるべきだな」
研究が、仕組みに変わっていく。
確実に、前に進んでいる。
そして、エルンストがこちらを見た。
「フィーネは、以前に言っていた件か?」
アルドとルーカスの視線も向く。
私は指先を軽く握り、頷いた。
「はい。
魔石の流れを——呪文を使わずに、呪文の流れに近づけられないかを検討します。経年劣化や衝撃で、詰まりが発生しない魔石をつくるために」
一瞬、空気が変わる。
ルーカスが首を傾げる。
「どうやって?」
「まずは、削って流れを観察してみるつもり。
今までの観察で、流れが魔石の形状に沿う部分があったので……形を変えれば、流れも変わる可能性が高いと思うの」
アルドが口笛を吹いた。
「なかなかクレイジーだねえ。
できるかどうかもわからないし、もし成功したら——」
にやりと笑う。
「呪文で流れを変えてる魔法使いたちに、真正面から喧嘩売ることになるよ?」
倉庫の空気が、一瞬静まった。
「そんなつもりは……」
反射的に否定する。
けれど。
胸の奥が、ざわついた。
もし本当に、削るだけで呪文に近い流れを作れたら。
それは、魔法使いだけが担ってきた領域に、踏み込むということ。
知らず知らずのうちに、境界線を越えようとしているのかもしれない。
私は小さく息を吸った。
「でも、確かめたいんです」
静かな声が、倉庫に落ちる。
アルドが肩をすくめる。
「まあ、面白くはある。でも、爆発するかもよ?」
「呪文をかけていない魔石なので、爆発しないはずなんです……理論上は」
言いながら、語尾がわずかに弱くなる。
ルーカスは何も言わない。
ただ、私を見る目だけが、真剣だった。
エルンストが静かに口を開く。
「フィーネの実験には、安全のため魔法使いを一人つけよう」
ルーカスが即座に頷く。
アルドも肩をすくめながら言った。
「まあ、それが妥当だろうね」
その決定が下りた瞬間、
研究はもう、引き返せない場所に踏み出していた。
魔法使いと、そうでない人の領域。
その境界線上へ。




