朝の約束
ある日の早朝。
工房の窓から差し込む光は、まだやわらかい。
私は最後の自転車の前で、深く息を吸い、
レンチを握り直した。
規定のトルクまで、静かに締め上げる。
「よし」
小さく呟く。
胸の奥に静かな達成感が広がる。
隣で見ていたルーカスが、頷いた。
今日も朝早くから手伝いに来てくれている。
「問題なし。これで最後だな」
「うん」
王都に支店を出すために必要だった台数。
その、最後の一台。
まだまだ作り続ける必要はある。
でも、クララに言われて、ここまでは必ずやると決めていた数だ。
一区切りだった。
ちょうど今日は、魔石研究メンバーで集まる日だ。
魔石の流れと呪文の流れの相性チェックが終わったので、次に取り組む研究を決める予定になっている。
私とルーカスは出かける準備をして、二人で倉庫に向かう。
並んで歩きながら、私はルーカスに言う。
「ルーカス、本当にありがとう。間に合ったのは、ルーカスのおかげ」
昨日は父にも礼を言った。
ルーカスもほぼ毎日来てくれていた。
二人には感謝してもしきれない。
ルーカスは照れくさそうに笑う。
「いいって。俺も楽しかったし。完成形見るの、結構好きなんだよ」
ルーカスは少しだけ私の方を見る。
「それにさ、本気でものづくりしてるフィーネを見るのも、好きなんだ」
そう言われて、今度は私が照れた。
恥ずかしいけれど、嬉しい。
「ルーカス、何か欲しいものはない? お礼がしたくて」
「欲しいものかあ……」
歩きながら、ルーカスは少し黙って考える。
そして、ぽつり。
「フィーネ…」
「え?」
声が小さくて、私は聞き返した。
「……フィーネの一日、ほしいな」
足が止まりそうになる。
「私の一日?」
「うん。どこか一日、俺にちょうだい。デートしよう」
「でっ?」
思わず声が裏返った。
今度は本当に足が止まる。
デート。
それは、恋人同士がするものではないのだろうか。
私には縁遠い言葉だ。
ルーカスが吹き出す。
「顔、真っ赤。かわいい」
「か、かわっ?!」
思わぬ言葉に、さらに動揺する。
頬に手を当てる。
熱い。本当だ。きっと、真っ赤になっている。
「そんな難しく考えなくていいって。一日一緒に遊ぼうってこと。最近ずっと働き詰めだろ? 息抜きしよう」
息抜き。
そう言われると、確かにその通りだ。
ルーカスはずっと手伝ってくれていた。
私の都合で。
私は頷いた。
「遊ぶのは大丈夫。でも、それでいいの?」
「いいの?! やった!それがいいんだよ!」
ルーカスが思いきりガッツポーズをする。
私は目を瞬かせた。
そんなに嬉しいのか。
忙しい中手伝ってくれて、よほど疲れているのだろう。
やっぱり、息抜きは大事だ。
当日は私が全部奢ろう。
そう決めながら、私は歩き出した。
やがて倉庫が見えてくる。
朝の光が、屋根の上から優しく降り注いでいた。




